そんな女のひとりごと

ももくり

文字の大きさ
5 / 21

5.ジャンプーと土下座

しおりを挟む
 
 
 
喜三郎さんとよく似た造形で、後腐れがない関係に慣れていそうな男。

そう、大松課長だ。

仕事帰りにムリヤリ飲みに誘い、しこたま酔った時点で私は話を切り出す。永井さんのこと、喜三郎さんの説教、それから私の初めての相手になって欲しいということも。目のふちを真っ赤にしながら大松課長は答える。

「別にいいけどさ、でもお前、大丈夫か?」
「は?何がですか」

「俺を初めての相手にするとさ、もう他の男じゃ満足出来なくなるぞ」
「うわあ。軽ぅい!」

絶対に断られると思っていたのに。
そしたら冗談で誤魔化そうと思っていたのに。

OKされてしまった…。こ、これはこれで困るような。じゃあ、最初っから言うなよって?だって課長以外に思いつかなかったんだもん。別に浮かれる感じでもなく、まるで某国の機密事項を話し合うみたいに私たちは日程を決める。引き返すなら、今だ。職場の上司とだなんてトラブルの素じゃないか。そんな危険信号が頭の中で点滅するが、それ以上に私の本能が叫ぶのだ。

初めての男は、大松課長がいいと。

私をブス扱いし、絶対好きになってくれない男。憎まれ口を叩きながらも、いつも陰でフォローしてくれる男。ああ、そうか、そうかもしれない。…たぶん私は、大松課長を好きなのだ。『そこそこ』でも『ほどほど』でもなく、『すごくすごく』好きなのだ。たぶんそれは喜三郎さんに対する憧れよりも、限りなく恋に近い感情かもしれない。その想いを自覚したショックで、グイグイとウーロンハイを飲みまくり。

「おい、こら!小嶋ッ、ここで寝るなっつうの。うわ、本気かよ…おーい、おいっ!!」

気付けば大松課長の家で朝を迎えていた。どうやらそこは客間らしく畳の上に布団が敷かれていて、私は行儀良く『気をつけ』の姿勢で寝ており。ボンヤリと戻ってきた意識を拾い集め、やわやわと起きた時点で襖が開く。

「寝坊助、おはよう」
「お、おはようございます課長」

慌ててめくれたスカートの裾を整えると、そんなものは目に入らないと言わんばかりに彼は左手を翳すのだ。

…白い。

それが包帯だと分かるまでに数分を要し、ようやく私は口を開いた。

「ケガでもなさったのでしょうか」
「はあん?!『なさったのか』じゃねえしッ」

ズカズカと入って来て、課長は私の真横でしゃがみ込む。

「昨日の店、2Fに有っただろ?階段を降りようとしたらお前『飛んだ方が早い』とか言って、一番上からジャンプしたんだよ」
「ジャンプー」

「語尾を伸ばすな、正確には『ジャンプ』だ」
「は、はいっ。『ジャンプ』」

口を『ウ』の形にしたまま、私はジワジワと事の重大さに気づき出す。

「それを助けようとした俺が下敷きになって、不幸中の幸いというか、こうして手首を痛めただけで済んだというワケだ。で、全治1カ月な」
「びょ、病院には行きましたか?」

ココで喜三郎さんも顔を出す。

「…うん、俺がキコちゃんをこの家まで運んで、お兄ィは夜間外来で診て貰ったから」
「うわッ、き、喜三郎さんにまでご迷惑を?!本当に申し訳ございません」

秘技ジャンピング土下座ッ。

「いいよいいよ、キコちゃんもう顔を上げて?過ぎたことはもう戻らないんだから。それよりもこの先のことを話し合わないと」
「はいい」

利き腕では無いにせよ、このままでは日常生活に支障が出るだろうと。着替えから始まって洗濯や食事作りなど、誰かがサポートした方が良いという話になる。

「んー、俺がココに泊まって面倒見れればなあ。でも、毎日はちょっと無理かも」
「諸悪の根源はこの小嶋紀子ですから、すべて私がお世話を致しますッ!!」

意を決した私の言葉に、大松課長はこう答えた。

「当然だよな。だって俺、命の恩人だぞ?」
「こらお兄ィ、そんな言い方しちゃダメだよ」

恋心を自覚したばかりで、しかも初めての相手になってくれると約束してくれた男性を…1カ月限定でお世話することに。いったい何の因果なのだろうか。私、前世でかなりの極悪人だったに違ない。そんなことを考えつつも、問題山積みなこの状況に笑うしかなかった。
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

憧れの小説作家は取引先のマネージャーだった

七転び八起き
恋愛
ある夜、傷心の主人公・神谷美鈴がバーで出会った男は、どこか憧れの小説家"翠川雅人"に面影が似ている人だった。 その男と一夜の関係を結んだが、彼は取引先のマネージャーの橘で、憧れの小説家の翠川雅人だと知り、美鈴も本格的に小説家になろうとする。 恋と創作で揺れ動く二人が行き着いた先にあるものは──

カラフル

凛子
恋愛
いつも笑顔の同期のあいつ。

悪役令嬢と氷の騎士兄弟

飴爽かに
恋愛
この国には国民の人気を2分する騎士兄弟がいる。 彼らはその美しい容姿から氷の騎士兄弟と呼ばれていた。 クォーツ帝国。水晶の名にちなんだ綺麗な国で織り成される物語。 悪役令嬢ココ・レイルウェイズとして転生したが美しい物語を守るために彼らと助け合って導いていく。

いちばん好きな人…

麻実
恋愛
夫の裏切りを知った妻は 自分もまた・・・。

【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております

紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。 二年後にはリリスと交代しなければならない。 そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。 普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

ヤンデレにデレてみた

果桃しろくろ
恋愛
母が、ヤンデレな義父と再婚した。 もれなく、ヤンデレな義弟がついてきた。

シンデレラは王子様と離婚することになりました。

及川 桜
恋愛
シンデレラは王子様と結婚して幸せになり・・・ なりませんでした!! 【現代版 シンデレラストーリー】 貧乏OLは、ひょんなことから会社の社長と出会い結婚することになりました。 はたから見れば、王子様に見初められたシンデレラストーリー。 しかしながら、その実態は? 離婚前提の結婚生活。 果たして、シンデレラは無事に王子様と離婚できるのでしょうか。

処理中です...