そんな女のひとりごと

ももくり

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6.キスキスキス!

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大松課長はバツイチなので、結婚生活を営んでいた家にそのまま住んでいる。2階建ての中古物件だが前妻の尽力のお陰か非常に使い勝手が良く、隅々まで丁寧に手入れされており。台所用品などもキレイに並べられていた。

「課長の元奥様、物凄く几帳面だったんですね」
「…は?なんで」

お世話開始から1週間が過ぎ、会話のネタも底をついてきたのでなんとなく適当に訊いてみただけなのに。ムッとした表情で彼は答えるのだ。

「几帳面どころか、すっげえズボラだったけど。そのくせ、見かねた俺が部屋を片付けると怒る。洗濯は干しても畳まない、掃除も滅多にしない、たまに作ってくれた料理はクソ不味かったぞ」
「そ、それはきっと仕事で忙しかったからじゃ」

「専業主婦だったがな」
「ええっ、でも、そ、そう、そんな奥様でも愛していたんでしょ?」

「一目惚れ」
「…えっ?あ、ああ、そうなんですか」

「メチャ美人だった…でも取り柄はそれだけだ」
「やだなあ、そういう言い方、怖いですよ」

そこから一気に前妻への愚痴が噴出し始める。

結婚後も数人の男性と交際を続け、課長はATM扱いに格下げされて。ある日、風邪で早退した課長は奥さんが自宅に連れ込んでいた男と鉢合わせし、しかも開き直った彼女にこう言われたそうだ。『だって仕事だからって全然構ってくれないし。アナタが悪いのよ、私を放っておくから。むしろ私に感謝して欲しいわ。こうしてアナタのいない寂しさを他で穴埋めしているんだもの』。

「それを聞いて目が覚めた。こいつ、誰でもイイんだなあ…って」
「じゃあ結婚生活は何年続いたんですか?」

「2年。でも実質一緒に暮らしたのは1年だけ。なんか地獄のような結婚生活でな」
「と、遠い目をしないでくださいっ」

なんだかんだ言ってこの人の中でその前妻の存在は今でも大きく残っていて、だから未だに特定の彼女を作らないのだろう。

「課長、野球中継以外も観せてくださいよ」
「居候のクセして生意気なことを言うな」

「このドラマ、毎週楽しみにしてたんです」
「おい、勝手にチャンネルを変えるなって」

…うっ、気まずい。いきなり主演女優がイケメン俳優とキスしてる。テレビ画面を直視出来ず、それでも課長の動向を探ろうとチラ見すると何故か課長は私をガン見している。

「な、なな何ですか?!」
「いや、新鮮な反応だなと思ってさ。なあ、キスだけでもしてやろうか?」

「バ、バカなこと言わないでくださいよ。というか、やはり例の件は延期ですか?」
「ああ、申し訳ないが延期で頼む。小嶋の初めてだからな、コンディション万全にして挑みたいんだ」

そんな爽やか笑顔で言ってるけど、内容はドエロですからねッ?!キスの申し出は丁重にお断りし、その隙にチャンネルを野球中継へと戻す。まったくもって心臓に悪い。この調子であと3週間、無事に過ごせるのか。そんなことを悩みつつも私は、課長の肩をひたすらモミモミと揉んでいた。



……
さてさて。お世話開始から更に1週間が過ぎ、とうとう折り返し地点である。予想では、嫌がる私をムリヤリ浴室に連れ込み、自分の体を洗わせたり、そこから緩やかに同じベッドに寝るようになって、ドキドキの毎日!…という展開のはずだったのだが、大松課長はとっても紳士だった。

基本、器用な人なので入浴も片手で済ませるし、なんとか全身も拭けるらしい。ドライヤーの段になってようやく私の出番となるも、5分程度で終了。その他の活躍の場は、食器洗いと洗濯だけだ。掃除はダメ出しが多すぎてさせて貰えない。しかし、それでもめげず根性でやるのだが。何というかこの関係は…そう、色っぽさの欠片も無く、まるで父と息子だ。もしかして今にキャッチボールの相手をさせられるのかもしれない。

「…小嶋、何してんだよ」
「洗濯中でございます」

「いや、そうじゃなくて何を持ってんだよ」
「酢ですけど」

歌舞伎の見得みたいな表情をした課長に、私は自慢げに説明するのだ。部屋干しの匂い対策として、いろいろ試しているのだと。匂いの原因は雑菌なので50度の湯で洗ったり、重曹を入れたり、今日は殺菌効果が期待出来る『酢』で実験してみるつもりなんですよと。

「小嶋、瓶に貼ってあるラベルをよく見てみろ」
「え?何でですか?」

「『すし酢』って書いてあるだろうがッ。どアホッ、すし酢にはな砂糖が入ってんだよ。そんなもん入れやがったら絶対に逆効果だッ」

わお!とかなんとか騒いで、私は酢を断念する。

「ったくお前ってヤツはなんで普通に家事が出来ないんだよ。ていうかな、休みの日に外で干せば匂いなんかしなくなるっつうの」
「えっ、週イチしか洗濯しないんですか?私こう見えても綺麗好きなんですけど」

…まあ、それもあるけど、あまりにもすることが無くて。役に立ちますアピールというかですね。

「なんかそういう顔されるとムカつく」
「か、顔のことを言われると反論出来ません」

どんなにメイクを頑張っても、やはりこの人からすれば中の下くらいだろう。いえ、いいんですよ。そんなの自分でも分かってますから。喜三郎さんのアドバイス通り、とにかく笑う。卑屈になっちゃダメだ。どんなときでも笑顔は最高の武器になる。必死で自分の気持ちを立て直そうとしていると、課長が私の顎をクイッと掴む。

「…何ですか?」
「お前さ、きっとキスとかもしたこと無いだろ」

それに対して隠す必要も無いので正直に答えた。喜三郎さんにサービスでして貰いましたよ、と。すると課長は一瞬だけ真顔になり、そのまま距離を縮めてくる。なんだか騒いではいけない気がして私は瞬きを1回してからそっと瞼を閉じた。あまりにも自然に唇が重ねられ、そのまま徐々にそれは深くなっていく。背中に羽根が生えそうなほど、とろけそうに甘ったるいキス。

それは暫く続けられた…。
 
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