11 / 21
11.ブスの反乱
しおりを挟む「私なんかが課長を狙ったりしませんよお。身の程を知っていますからね。だから安心して私にお世話されてください」
シ──ン。
…なんだろうか、この微妙な間は?課長と喜三郎さんが哀し気に私を見つめている。
「ぅあ、当たり前だろうがッ。こ、小嶋なんかと付き合ったら俺の格が下がる」
「ええ、ええ、そうでしょうとも」
シ───ン。
…だから何なの?この沈黙ッ。苦笑いした喜三郎さんが用事が有ると言って早々に立ち去り、そして私は決心するのだ。
課長のことは、とっとと諦めよう。
どうせ憧れに似た気持ちで、付き合えるなんて思っていなかったけど。初体験の相手をしてくれると言ったのに、それもどうやら気が変わったみたいだし。っていうか、やっぱり…ヘコむ。どんなに頑張っても『生きる価値なし』と宣言されてしまった気分だ。…ブスでも生きてていいですか?などと思いながらソファで膝を抱えていると、いつの間にか隣りに大松課長が座っていて。丸くなっている私をそのまま自分の膝の上にひょいと乗せ、背後から抱き締めてくる。
「あ…のな、その、あれだ。喜三郎の手前、調子に乗って言い過ぎた。こ、小嶋はそこまでブスじゃない。というか、むしろ」
なぜかその後の言葉は聞かせて貰えず。課長は私の背中に顔を押し付けて、熱い呼吸を繰り返すばかりだった。
……
それから数日後のランチタイム。私はいつも通り帆花ちゃんと社食にいて、食後にタウン誌なんぞ見ていた。我が社の広告を掲載したので見本誌を貰ったのだが、このタウン誌、お値段高めなのにバカ売れしていてなかなか人気なのだ。
そしてココに登場する一般人は、その殆どが何かに秀でた人たちで、登場すること自体がステータスとなっている。ベタではあるが、街角のお洒落スナップで大学時代の友人を見つけて大騒ぎし。新オープンした飲食店をチェックしながら気になった店をスマホに登録していると…。
「あ、それ大松課長の奥さんだった人だよ」
そう言ったのは、営業部の大沢課長だ。たまたま帆花ちゃんの反対隣りに座っており、気さくな彼は、私たちが大松課長と同じ企画部だと知っていてそう教えてくれたのだろう。
社交的な帆花ちゃんが愛想良く返事する。
「えっ?どれどれ、どの人ですか?」
「えっとね、これ、この女性」
それは不動産会社の社長が2頁ぶち抜きでインタビューを受けていて。その家族写真が不自然なまでに大きく掲載されていた。
「…大松課長と別れた後、その社長と再婚しちゃったんだよね。そんじょそこらの芸能人より美人だからさ、一度見たら忘れられなくなっちゃって」
『家族写真』のはずが、思いっきりその奥さんのドアップで。確かにその姿は恐ろしいほど完璧だ。帆花ちゃんがあどけなく質問する。
「なんで別れちゃったんでしょうか?私だったらこれほどの美人、多少のことは目を瞑っちゃいますけどね」
「うーん、どうなのかなあ。昔、秘書課にその奥さんの友人がいて、『大松課長の束縛が苦しくて別れたい』とか言ってたって聞いたけど、真相は不明だなあ」
原因は奥さんの浮気だと知っていたが、大松課長の名誉のため口を噤んだ。…そっか、やっぱり。あの人って性格なんか二の次なんだな。家事もせずに、自分の非を認めない女でも、顔さえキレイなら他はどうでもイイんだ。だって別れた理由は『こいつ、誰でもイイんだなあと思ったから』とか言ってたし。逆に考えれば、どんなに性格が悪くても美人で自分だけを好きでいてくれれば、恋愛対象になるということで。
ああ、そっか、やっぱり…。
分かっていたはずなのに、その事実は意外なほど私を打ちのめした。だからというワケではないが、婚活パーティーに参加することにしたのである。以前ウチにいた愛利ちゃんの転職先がイベント会社で、とにかく若い女性の参加者が足りないのだと。サクラとして出席して欲しいと声を掛けて貰っていたのだが、ずっと断っていた。
なぜなら容姿に自信が無かったから。自分には誰も言い寄って来ないのではと思い、適当な理由をつけて避けていたのだ。だが、ここにきて気が変わった。あんな外見でしか女を選ばないクソ課長なんか、とっとと見切りをつけようと。この広い世の中には、きっと中身重視で相手を選ぶ殊勝な男性も絶対にいるはずだ。
そう、日本の何処かは分かんないけど私を待ってる男がいる。
…ん?なんか聞いたことのある歌詞みたいだな。い、いや、とにかく私は負けないのだ。『今日』は2度と訪れない。だったらウジウジ下を向いて過ごすよりもピンと背筋を伸ばし、前向きに過ごしたい。
世界で一番幸せなブスになってやる!
「…へ?婚活パーティー…??」
「そうです。なので明日は午後1時から3時間ほど外出させてください。夕方には戻ります」
帰宅早々、大松課長にそう報告すると、彼は相変わらず憎まれ口を叩いてくる。
「止めとけって。ああいうパーティーってさ、イイ男はたいていサクラだぞ?もしそうじゃなくても、小嶋を選ぶかなあ?結局、誰もお前を選ばなくて自尊心を傷つけられてお終いじゃないか」
「大丈夫です。私は不特定多数に気に入られることを目的としていませんし。たった1人の男性と分かり合えれば本望です」
「そ、それなら俺と分かり合ってるじゃないか」
「私は恋愛がしたいんです。課長は私をそういう対象にしていないでしょ?」
ああ、もう本当に悔しい。
こんなクソ課長、見切りをつけようと思うのに、そのくせ『またキスされるかもしれない』とか期待してる自分もいて。唇がプルプルになるようにとオーガニックのリップクリームを買って来たり、毎晩はちみつパックしてマッサージに励んだり。そんな努力をしている自分がやるせない。
「お前、ひょっとして俺のこと…」
「はあ?自惚れないでくださいよッ。どの口がそんなことを言うんですかッ?!」
そういう目で見ないでってば。私、バカだから勘違いしそうになる。
「どの口って、この口だけど…」
そう言ったかと思うと微かに笑いを浮かべ、課長はそのままゆっくりとキスをしてくる。どんなに強がりを言っても一瞬で私はトリコだ。この人の匂いに、この人の感触に、夢中になる。
手遅れになる前に、早くなんとかしなければ…。
0
あなたにおすすめの小説
憧れの小説作家は取引先のマネージャーだった
七転び八起き
恋愛
ある夜、傷心の主人公・神谷美鈴がバーで出会った男は、どこか憧れの小説家"翠川雅人"に面影が似ている人だった。
その男と一夜の関係を結んだが、彼は取引先のマネージャーの橘で、憧れの小説家の翠川雅人だと知り、美鈴も本格的に小説家になろうとする。
恋と創作で揺れ動く二人が行き着いた先にあるものは──
悪役令嬢と氷の騎士兄弟
飴爽かに
恋愛
この国には国民の人気を2分する騎士兄弟がいる。
彼らはその美しい容姿から氷の騎士兄弟と呼ばれていた。
クォーツ帝国。水晶の名にちなんだ綺麗な国で織り成される物語。
悪役令嬢ココ・レイルウェイズとして転生したが美しい物語を守るために彼らと助け合って導いていく。
【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております
紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。
二年後にはリリスと交代しなければならない。
そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。
普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
シンデレラは王子様と離婚することになりました。
及川 桜
恋愛
シンデレラは王子様と結婚して幸せになり・・・
なりませんでした!!
【現代版 シンデレラストーリー】
貧乏OLは、ひょんなことから会社の社長と出会い結婚することになりました。
はたから見れば、王子様に見初められたシンデレラストーリー。
しかしながら、その実態は?
離婚前提の結婚生活。
果たして、シンデレラは無事に王子様と離婚できるのでしょうか。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる