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10.みにくいアヒルのキコ
キスをされた理由は訊かない。
それはきっと飼い犬にするような感じで、なんとなく傍にいたからだろう。…ということにしておく。それで納得しなければ、同居生活は破綻する。私は残り2週間、その責務を果たしたいのだ。
「な、なーんちゃってなッ。どうだ、俺の方が上手いだろ?」
「は?」
どうやらこちらから訊かなくても、課長の方から理由を教えてくれるようだ。何か言えよ、みたいな顔をされたので、仕方なく私は答える。
「上手い、とは?」
「キスに決まってるだろ」
「分かりません。だって生まれて2回しかしたこと無いんですよ。というか何をもって上手いと考えるのか判断基準を教えてください。ご存知ですか?とある生物人類学者の研究によると、キスは相手のDNAや生殖状態を探る手段だと。正確には臭覚で判断するそうなのですが、自分に似た遺伝子では免疫力が弱まるので、それとは異なる相手を求めるものらしく。そうやってより強い子孫を残そうと努力し続けているワケなんですよ」
引いてる。明らかに大松課長は引いている。でも、口が止まらない。だって、恥ずかしいんだも──んッ!!絶対に向こうは軽い気持ちでやったのに、それで心臓バクバクだなんて悟られたくないし。キリッと表情を引き締め、ゴルゴ13ばりの真顔で踏ん張る私。すると大松課長はその指で私の唇をこね回し、再びキスをしてくる。
は、はむっ。
食べられちゃいそうな勢いだ。先程とは趣向を変えたらしい。なんてったって舌がグチュグチュ鳴ってるし。鼻が潰れそうなほど激しく密着している。こんなのズルイ、腰が砕けそうでもう立っていられない。ヘナヘナとしゃがみ込むと、ようやく課長は私を解放してくれた。
「ゴチャゴチャ言ってないで、気持ちいいかどうかで判断しろ。俺と喜三郎、どっちのキスが良かったんだ?」
いったい何のスイッチが入ったのでしょうか。えっと、もしや弟へのライバル意識とか??そんなもののために利用されてるのかな、私。
「か、課長の方が…気持ちイ…かったです」
へろへろになってそう答えると満足気に頷き、課長は笑いながら去って行った。そんなことがあった晩に、喜三郎さんが来訪。私は課長の面倒を見ているというテイなので、今月はこうして師匠の方から来て下さるのだ。リビングで肌チェックを受け、定期的なヘルスチェックなどもして貰う。体重やボディサイズなんかも測るので2人きりにして欲しいのに。何故か課長が居座り、ひたすら私たちをジッと見つめている。ソファでカウンセリングを受けている今も喜三郎さんの横を陣取り、動こうとしない。ひと通り話し終え、私にネイルマッサージをしながら喜三郎さんがふと質問してくるのだ。
「そう言えば、初体験の相手の目途はついた?」
「つ、つきましたよお」
動揺が隠せないのはソレが課長だと、喜三郎さんには言っていないからで。
「ふうん。いつ頃の予定?」
「2…3週間後ですかねえ」
突然、喜三郎さんの手が止まったかと思うといきなり核心をついてくる。
「で、相手は誰?」
だから私は嘘が苦手なんですって。思わず課長の顔を覗き込むと、彼はとても自然に私を無視する。『ど、どう答えればいいですかッ?!』という必死の形相で尚も見つめると、彼は微妙な表情の変化でこう答えてくれた。
>相手が俺ってバラしたらコロス。
そ、そんなあ。だって師匠を騙せる気がしない。この人、なんでもお見通しだからッ。目で会話する私たちを不審に思ったのか、喜三郎さんが鋭く突っ込んでくる。
「ええっ、まさかと思うけど、もしかして?!お兄ィったら随分と趣向を変えたねえ。歴代彼女を知ってるだけに驚きを隠せないよ」
「歴代彼女…」
思わずその言葉を繰り返してしまう。
「うん、そう。キコちゃんには悪いけど、どれもこれもハイクラスな美人でさ。そこにいるだけで絵になるような女性ばかり。…って、いや、別にキコちゃんも素敵だよ。でも、美人というより可愛いというかさ…」
後半、しどろもどろになってるし。気を遣わせて申し訳ないッス、師匠。とにかく向こうの出方を待とうと思い、そのまま無言で笑っていると課長は顔色ひとつ変えずにこう言うのだ。
「ア、アホかッ。俺と小嶋がどうにかなるなんて、考えてみれば分かるだろ?お、俺は美人しか相手にしないからな。それは昔も今も変わらない。こ、小嶋ッ、そ、そういうことだから」
えっと、これってやんわり断られたのかな?よくよく考えたら、お前なんかを抱けるワケ無いって。たぶん、きっとそういう意味だよね。
「…だってさ、キコちゃん。でも本当のところどうなの?若い男女が1つ屋根の下で暮らしていたら、多少なりともお互い意識するんじゃない?お兄ィなんて内心はキコちゃんにベタ惚れだったりして。あはははははッ」
心の底から愉快そうに喜三郎さんは笑うけど、私はちっとも笑えなかった。そっか、やっぱりどんなに頑張っても課長の心の中には入れて貰えないんだな。この人の心の中に入るには、切符が必要で、それは『美人』という名の切符で。
みにくいアヒルの子には一生、手に入れられないものなのだ。
「う、うるさいぞ、喜三郎。こ、小嶋の方が俺を好きだって言うんなら、別に付き合ってやってもいいけどな。ちょ、ちょうど今、そういう相手がいないしさ」
…これはきっと課長なりのフォローなのだ。絶対に私が『好き』と言うはずが無いと、高を括っているに違いない。ええ、もちろん言いませんけどねッ。だって言えるワケないじゃないですか。
認めたくはないけど私、美人じゃないんだもん。
下唇をキュッと噛み、私は根性で笑顔を作る。この場の雰囲気を壊してはいけない。師匠の恩に報いるために、そして残り2週間の責務を果たすために。
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