そんな女のひとりごと

ももくり

文字の大きさ
10 / 21

10.みにくいアヒルのキコ

 
 
 
キスをされた理由は訊かない。

それはきっと飼い犬にするような感じで、なんとなく傍にいたからだろう。…ということにしておく。それで納得しなければ、同居生活は破綻する。私は残り2週間、その責務を果たしたいのだ。

「な、なーんちゃってなッ。どうだ、俺の方が上手いだろ?」
「は?」

どうやらこちらから訊かなくても、課長の方から理由を教えてくれるようだ。何か言えよ、みたいな顔をされたので、仕方なく私は答える。

「上手い、とは?」
「キスに決まってるだろ」

「分かりません。だって生まれて2回しかしたこと無いんですよ。というか何をもって上手いと考えるのか判断基準を教えてください。ご存知ですか?とある生物人類学者の研究によると、キスは相手のDNAや生殖状態を探る手段だと。正確には臭覚で判断するそうなのですが、自分に似た遺伝子では免疫力が弱まるので、それとは異なる相手を求めるものらしく。そうやってより強い子孫を残そうと努力し続けているワケなんですよ」

引いてる。明らかに大松課長は引いている。でも、口が止まらない。だって、恥ずかしいんだも──んッ!!絶対に向こうは軽い気持ちでやったのに、それで心臓バクバクだなんて悟られたくないし。キリッと表情を引き締め、ゴルゴ13ばりの真顔で踏ん張る私。すると大松課長はその指で私の唇をこね回し、再びキスをしてくる。

は、はむっ。

食べられちゃいそうな勢いだ。先程とは趣向を変えたらしい。なんてったって舌がグチュグチュ鳴ってるし。鼻が潰れそうなほど激しく密着している。こんなのズルイ、腰が砕けそうでもう立っていられない。ヘナヘナとしゃがみ込むと、ようやく課長は私を解放してくれた。

「ゴチャゴチャ言ってないで、気持ちいいかどうかで判断しろ。俺と喜三郎、どっちのキスが良かったんだ?」

いったい何のスイッチが入ったのでしょうか。えっと、もしや弟へのライバル意識とか??そんなもののために利用されてるのかな、私。

「か、課長の方が…気持ちイ…かったです」

へろへろになってそう答えると満足気に頷き、課長は笑いながら去って行った。そんなことがあった晩に、喜三郎さんが来訪。私は課長の面倒を見ているというテイなので、今月はこうして師匠の方から来て下さるのだ。リビングで肌チェックを受け、定期的なヘルスチェックなどもして貰う。体重やボディサイズなんかも測るので2人きりにして欲しいのに。何故か課長が居座り、ひたすら私たちをジッと見つめている。ソファでカウンセリングを受けている今も喜三郎さんの横を陣取り、動こうとしない。ひと通り話し終え、私にネイルマッサージをしながら喜三郎さんがふと質問してくるのだ。

「そう言えば、初体験の相手の目途はついた?」
「つ、つきましたよお」

動揺が隠せないのはソレが課長だと、喜三郎さんには言っていないからで。

「ふうん。いつ頃の予定?」
「2…3週間後ですかねえ」

突然、喜三郎さんの手が止まったかと思うといきなり核心をついてくる。

「で、相手は誰?」

だから私は嘘が苦手なんですって。思わず課長の顔を覗き込むと、彼はとても自然に私を無視する。『ど、どう答えればいいですかッ?!』という必死の形相で尚も見つめると、彼は微妙な表情の変化でこう答えてくれた。

>相手が俺ってバラしたらコロス。

そ、そんなあ。だって師匠を騙せる気がしない。この人、なんでもお見通しだからッ。目で会話する私たちを不審に思ったのか、喜三郎さんが鋭く突っ込んでくる。

「ええっ、まさかと思うけど、もしかして?!お兄ィったら随分と趣向を変えたねえ。歴代彼女を知ってるだけに驚きを隠せないよ」
「歴代彼女…」

思わずその言葉を繰り返してしまう。

「うん、そう。キコちゃんには悪いけど、どれもこれもハイクラスな美人でさ。そこにいるだけで絵になるような女性ばかり。…って、いや、別にキコちゃんも素敵だよ。でも、美人というより可愛いというかさ…」

後半、しどろもどろになってるし。気を遣わせて申し訳ないッス、師匠。とにかく向こうの出方を待とうと思い、そのまま無言で笑っていると課長は顔色ひとつ変えずにこう言うのだ。

「ア、アホかッ。俺と小嶋がどうにかなるなんて、考えてみれば分かるだろ?お、俺は美人しか相手にしないからな。それは昔も今も変わらない。こ、小嶋ッ、そ、そういうことだから」

えっと、これってやんわり断られたのかな?よくよく考えたら、お前なんかを抱けるワケ無いって。たぶん、きっとそういう意味だよね。

「…だってさ、キコちゃん。でも本当のところどうなの?若い男女が1つ屋根の下で暮らしていたら、多少なりともお互い意識するんじゃない?お兄ィなんて内心はキコちゃんにベタ惚れだったりして。あはははははッ」

心の底から愉快そうに喜三郎さんは笑うけど、私はちっとも笑えなかった。そっか、やっぱりどんなに頑張っても課長の心の中には入れて貰えないんだな。この人の心の中に入るには、切符が必要で、それは『美人』という名の切符で。

みにくいアヒルの子には一生、手に入れられないものなのだ。

「う、うるさいぞ、喜三郎。こ、小嶋の方が俺を好きだって言うんなら、別に付き合ってやってもいいけどな。ちょ、ちょうど今、そういう相手がいないしさ」

…これはきっと課長なりのフォローなのだ。絶対に私が『好き』と言うはずが無いと、高を括っているに違いない。ええ、もちろん言いませんけどねッ。だって言えるワケないじゃないですか。

認めたくはないけど私、美人じゃないんだもん。

下唇をキュッと噛み、私は根性で笑顔を作る。この場の雰囲気を壊してはいけない。師匠の恩に報いるために、そして残り2週間の責務を果たすために。
 
感想 0

あなたにおすすめの小説

片思いの貴方に何度も告白したけど断られ続けてきた

アリス
恋愛
幼馴染で学生の頃から、ずっと好きだった人。 高校生くらいから何十回も告白した。 全て「好きなの」 「ごめん、断る」 その繰り返しだった。 だけど彼は優しいから、時々、ご飯を食べに行ったり、デートはしてくれる。 紛らわしいと思う。 彼に好きな人がいるわけではない。 まだそれなら諦めがつく。 彼はカイル=クレシア23歳 イケメンでモテる。 私はアリア=ナターシャ20歳 普通で人には可愛い方だと言われた。 そんなある日 私が20歳になった時だった。 両親が見合い話を持ってきた。 最後の告白をしようと思った。 ダメなら見合いをすると言った。 その見合い相手に溺愛される。

余命僅かな大富豪を看取って、円満に未亡人になるはずでした

ぜんだ 夕里
恋愛
傾きかけた家を救うため、私が結んだのはあまりにも不謹慎な契約――余命いくばくもない大富豪の辺境伯様と結婚し、彼の最期を穏やかに看取ることで莫大な遺産を相続する、というものだった。 しかし、人の死を利用して富を得るなど不正義! そう考えた私が立てたのは、前代未聞の計画。 「そうだ、遺産が残らないくらい贅沢の限りを尽くしてもらえば、すべて丸く収まるじゃない!」

遠回りな恋〜私の恋心を弄ぶ悪い男〜

小田恒子
恋愛
瀬川真冬は、高校時代の同級生である一ノ瀬玲央が好きだった。 でも玲央の彼女となる女の子は、いつだって真冬の友人で、真冬は選ばれない。 就活で内定を決めた本命の会社を蹴って、最終的には玲央の父が経営する会社へ就職をする。 そこには玲央がいる。 それなのに、私は玲央に選ばれない…… そんなある日、玲央の出張に付き合うことになり、二人の恋が動き出す。 瀬川真冬 25歳 一ノ瀬玲央 25歳 ベリーズカフェからの作品転載分を若干修正しております。 表紙は簡単表紙メーカーにて作成。 アルファポリス公開日 2024/10/21 作品の無断転載はご遠慮ください。

いちばん好きな人…

麻実
恋愛
夫の裏切りを知った妻は 自分もまた・・・。

お前が愛おしい〜カリスマ美容師の純愛

ラヴ KAZU
恋愛
涼風 凛は過去の恋愛にトラウマがあり、一歩踏み出す勇気が無い。 社長や御曹司とは、二度と恋はしないと決めている。 玉森 廉は玉森コーポレーション御曹司で親の決めたフィアンセがいるが、自分の結婚相手は自分で決めると反抗している。 そんな二人が恋に落ちる。 廉は社長である事を凛に内緒でアタックを開始するが、その事がバレて、凛は距離を置こうとするが・・・ あれから十年、凛は最悪の過去をいまだに引き摺って恋愛に臆病になっている。 そんな凛の前に現れたのが、カリスマ美容師大和颯、凛はある日スマホを拾った、そのスマホの持ち主が颯だった。 二人は惹かれあい恋に落ちた。しかし凛は素直になれない、そんなある日颯からドライブに誘われる、「紹介したい人がいるんだ」そして車から降りてきたのは大和 祐、颯の息子だった。   祐は颯の本当の息子ではない、そして颯にも秘密があった。

ワケあり上司とヒミツの共有

咲良緋芽
恋愛
部署も違う、顔見知りでもない。 でも、社内で有名な津田部長。 ハンサム&クールな出で立ちが、 女子社員のハートを鷲掴みにしている。 接点なんて、何もない。 社内の廊下で、2、3度すれ違った位。 だから、 私が津田部長のヒミツを知ったのは、 偶然。 社内の誰も気が付いていないヒミツを 私は知ってしまった。 「どどど、どうしよう……!!」 私、美園江奈は、このヒミツを守れるの…?

仮面王の花嫁

松雪
恋愛
婚約者を腹違いの妹に奪われ、新しい相手も見つからず修道院に行く覚悟を決めたルチア。修道女となるため髪を切った日の夜、王城から「国王がルチアを妻に望んでいる」という書簡を持った使者がやって来た。 しかし、従兄弟であり恋仲だったニールが国王のせいで死に至った過去を持つルチアは、国王からの求婚を喜べずーー。

隣の夫婦 ~離婚する、離婚しない、身近な夫婦の話

紫さゆり
恋愛
オムニバス形式です。 理解し合って結婚したはずの梓、同級生との再会が思わぬことになる雅美、年下の夫のかつての妻に引け目を感じる千晴、昔の恋の後悔から前向きになれない志織。 大人の女性のストーリーです。