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クライベイビー
しおりを挟む一度許すと、カズは会うたび体を求めてきた。
私は兄と2人暮らしなので、逢瀬の場は毎回ホテルだ。よくお金が続くなと思ったが、カズは一応お坊ちゃまなのだ。確か父親が手広く美術品販売を手掛けており、ギャラリーなんかも多数経営していると聞いた。その次男である彼は実家を出て1人で暮らしているはずなのに、なぜかその部屋には招かれたことが無い。
会う間隔は以前より短くなったが、逆に会話は減り。それでも私は安心していたのだ、自分にも人並みに彼氏が出来たということに。そう、彼氏だと思い込んでいた。だから久々に会ったムーさんの言葉に思わず声を失ったのである。
「なんかさ~、カズ、彼女いるんだって」
「……」
それは自分のことでは無いとスグに悟った。
『明恵、このアイス好きだったよな』
『えっ、私?これ初めて食べるけど』
『そう言えば明恵から借りたこの本さあ』
『その本、私のじゃないよ』
ずっと誰かと混同していることは明らかだったが、問い詰めることをしなかったのは自分でも薄々気付いていたからかもしれない。なのに、面倒を避けて臭いものに蓋をした。これは私の責任だ。だから敢えて受けようと思ったのだ、…その罰を。
私は静かにムーさんの言葉に耳を傾ける。
「なんかカズ、根が素直で信じ易かったじゃない?しかもそこそこモテるしさ~。だからかもしれないけど大学でおかしな仲間に目をつけられちゃって、今じゃヤリサーとかに出入りしているみたい。本命の彼女も一応いて、同棲までしてるのに浮気しまくってるらしいよ。アッちゃん、もしかしてカズとまだ会ったりしてる?」
「うん、ちょこちょこと」
本当のことなんて、言えなかった。紹介してくれたのはムーさんだったし、もし真実を伝えれば責任を感じて落込むに決まっているから。
「じゃあもう絶対に会っちゃダメ。あのカズは、昔のカズとは違うから」
「あはは、怖~い」
軽く答えながら、内心では叫びたかった。『なぜ?!どうしてカズは私を平気で裏切ったりしたの?!信じてたのに酷すぎるよ!!』
……
「なんでって、ソレを俺に訊いちゃう?」
「うん、壮ちゃんなら分かるでしょう?」
カズと関係を持ってから、なぜか壮ちゃんに会うのが妙に気恥ずかしくて。この人は私にとって2人目の兄のような存在だったし、身内に自分の変化を感付かれるのが嫌でずっと顔を合わせていなかったのだ。
今日はバイトの無い日だから、猫の世話のため真っ直ぐ帰っていることは分かっていた。連絡も入れずにいきなり訪問したというのに、壮ちゃんは叱りもせず受け入れてくれて。その柔らかい笑顔を見たら自分でも驚くほど包み隠さず全てを話していた。
「ん~。一晩限りじゃなかったってことは、それなりに好きだったと思うよ、アッちゃんのこと。なんかさ、そのカズって子、自分を見失ってるんだと思う。あるんだよねえ、ふわふわして幽体離脱さながらに周囲に流されちゃうことが。何年かして当時の己を悔いるんだろうけど、今は近寄らずにそっとしておく方が正解だろうな」
「そっかあ」
軽く答えるしか無かった。だって、なんとなく流されたのは私も同じだから。
膝を抱えてベッドにもたれる私の隣りで胡坐をかいていた壮ちゃんは、なぜかチラチラとこちらを盗み見る。その態度があまりにも不自然で眉をしかめた。
「…ごめん。なんか子供だと思っていたアッちゃんが、オンナになったんだなあとか思ったら、直視出来なくなっちゃって」
「はあッ?!な、何それ。壮ちゃん、キモイよッ」
「だってっ、無理だろ?男なら普通は考えるって」
「やだやだやだ、壮ちゃんが勝手に私で妄想してる」
…私も、だよ。
何がどう変わってしまったのだろうか?
いつもの部屋にいつもの2人がいるだけなのに。
だけど何かが変わってしまったみたいだ。
カズにこじ開けられた女としての部分が、ジクジクと疼き出す。まるで目の前にいる人を欲しがっているかのように。私の意志とは関係無く、ポッカリと空いたそこを何かで埋めて欲しいと渇望する。
「可哀想に。一度快楽を知っちゃったら、また欲しくなっちゃうよね」
「ち、ちが…、私はそんな女じゃない…よ」
言葉とは裏腹に、体は勝手にカズの愛撫を恋しがる。
「目を見たら分かるよ、大丈夫、おいで」
「壮ちゃ…ん」
そっと私を抱き締めた壮ちゃんは、ただ優しく背中を撫で続け。
そのままベッドに横たわったままの状態で、私達は何もせずに朝を迎えた。
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