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WHIRLPOOL
しおりを挟む…世の中には理解に苦しむことが多い。
だって本命がいるはずで私は浮気相手だから執着されることは無いと思ったのに、何故かカズに待ち伏せされてしまったのだから。どうして自宅マンションの住所を知っているのか?ここは兄が先で、私はその1年後から住み始めたから、ごく一部の親しい友人しか知らないはずなのに。
他の住人に紛れてオートロックを突破したらしく、エントランスに置いてあるソファに座ってカズは私を出迎えた。そして動揺する私の腕を掴んで隣りに座らせ、矢継早に質問してくるのである。
「どういうことか、理由を説明しろよ」
「え…っ?」
「急に連絡が取れなくなったのはどうしてだ?着拒とかスゲェ傷つくんだけど」
「だって、あの、カズには…」
夕方のこの時間は、仕事帰りのサラリーマンや買い物に向かう主婦など多くの住人が行き交う。その中に兄の姿がありませんようにとひたすら願った。兄にはこんな自分を見られたくない。妹の為にと青春を犠牲にしたというのに、その私がこんな男に引っ掛かってしまったことを絶対に知られてはいけないのだ。
早くココを出なければと焦った私は、真実を知っていると正直に伝えてしまう。
「カズには本命の彼女がいて、同棲もしてるって聞いたよ。なのに浮気ばかりしてヤリサーとかにも関わってるって。浮気相手の私が言うのも変だけどさ、もっとシッカリしないと。彼女をこれ以上、泣かせちゃダメだよ」
「…なあ、それ誰に聞いたんだ?」
「えっ?だ、誰でも別に構わないでしょ」
「バカだな、そんなデマを信じるなよ。俺の本命は明恵だし、他に女なんていない」
この期に及んでまだこの男は嘘を吐き続けるつもりらしい。だが私はこの目でカズと彼女が仲良く手を繋いで歩く姿を見ているのである。たまたま、ほんと偶然に駅でそのツーショットを発見したのだ。もっと派手で遊んでいる感じの子を想像していたから、大人しくて真面目そうなその姿に驚いた。でも多分そんな子だから本命になれたのだし、カズも一緒に暮らそうと思ったのだろう。
「彼女、可哀想に。本当は気付いてると思うよ…カズが浮気してること」
「は?!シツコイなっ、彼女なんていないと言ってるじゃないかッ」
「ごめんね、私は降りる。こんな茶番には付き合えない」
「ちゃ、茶番だとっ、何がだよ?!」
何だか無性に悲しくなった。
どうしてカズはここまで汚れてしまったのか。友達思いでキラキラと輝いていた同級生は、全身泥まみれになっていて、しかもその手で他人も汚せてしまうらしい。
ふと、弱々しい壮ちゃんの笑顔が浮かんだ。
…そっか、壮ちゃんは気付いているのかもしれないな。随分遠いところまで来てしまった自分に。帰りたくても帰れない、そんな自分に。
可哀想に。
そう思った途端、胸がキュウウッと締め付けられるように痛んだ。私には分かる、壮ちゃんはカズとは違って奥の方はまだ綺麗なままなのだ。例えるなら泥の中で清らかに咲く蓮の花のように。
守ってあげたい。
唐突に湧き出たその感情に自分でも戸惑い、そして考えた結果ひとつの答えに辿り着く。
ああ、これで何もかもが腑に落ちた。ずっとずっと長い間、私は恋をしていたのだ。優しくて素敵な兄の親友に。だけど彼は私を、ううん、私だけは女として見ようとしない。それは始まる前から分かっていて、だからその想いを封じ込めた。
何でも無いフリをして、次から次へと付き合う相手を替える彼を揶揄いながら、死ぬほど焦がれていたのだ。
──彼に愛されたいと。
「ごめん、カズ。私、お陰で気づいちゃったみたい」
「な、何を」
「本当に好きなのが誰かを」
「お、おう…」
「壮ちゃんといってね、お兄ちゃんの親友なんだけど。メチャクチャ女にだらしないんだ」
「へ、へえ…」
「無意識に諦めようとしてて、それで他の誰かを好きになろうとして、カズを利用した。ごめん」
「…あのさ、話についていけないんだけど」
「同じ女たらしとして、どうしたら好きになってくれるか教えてよ」
「え、ええっ…?」
真剣に訊いているのに、いきなりソファから立ち上がったカズは小さく首を左右に振り。ヒラヒラと手を振って去って行った。
こうしてようやく私はその想いを自覚したのである。
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