ヴェロニカの結婚

ももくり

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忍び寄る危機

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 ※ここからヴェロニカ視点に戻ります。
 
 
 
 
 …………

「本当に、ほんとおおにっ、心配したんだぞ!」
「ご、ごめんなさい」

 私はレイモンドに謝罪しつつも、ベッドで眠るアンドリューへと視線を移す。ここ最近の癖で自然とその頬を撫でてしまうが、相変わらず反応は無い。微かに胸の辺りが上下していることで呼吸を確認し、その度に感謝する。

 例え意識が無かったとしても、
 生きていてくれて良かったと。

 ──海に沈んでいくアンドリューをどうにか助けたいと、私は必死に願った。そしてひたすら自分の能力を使い続けたのだ。アンドリューごと海水を掬っては、近くの場所に海水だけを捨てる。何度か気を失いかけながらもそれを狂った様に繰り返し、もうこれ以上は無理だ、二人揃って海の藻屑となってしまおうと諦めかけたその時に救われた。

 幸いなことに、孤立した生活を送っていた漁師のダンとロイは私達のことを誰にも漏らさず、そのまま自分達の家へと運び込んでくれたらしい。それから三日三晩眠り続けて漸く目覚めた私は、とにかく無事を知らせねばと、ひたすら焦った。そして自分とアンドリューの身分を明かしたところ、彼等は私が能力を使う場面を見たはずなのに、そこには何も触れずこう呟いたのだ。

『えっ、女神じゃなかったのか?』
『へえ、普通の人間だったんだな』

 見回せば一間だけの家具すら置かれていない家。

 その寝台の1つを私とアンドリューに譲り、目覚める時を心待ちにしていたのだと。朴訥とした笑顔と、こちらから質問しなければ何も語ろうとしない寡黙さは、信じられると思えた。訊けば、医師を呼ばなかったのは元々この村にはいないからで、その存在に頼るという発想すら無かったからだと言う。

 彼等曰く、呼吸をしていれば生きていて、止まっていれば死んでいる。それ以外のことは自分達にはどうにも出来ないし、神様の与えてくれた寿命なのだから抗う必要は無いのだと。まあ、ある意味正論ではあるが、残念ながらそれに同意することは出来ない。早くアンドリューを医師に診せたかった私は、本来秘すべき情報を少しだけ話した。

 ──自分の能力のこと、
 ──アンドリューは婚約者であること、
 ──宮廷舞踏会で火事に遭い、
 それを消そうとして海に落ちたことなどを。

 商人の父を持ち、それなりの教育を受けてきたというダンは頭の回転が非常に速く、すぐ仲買人の元へと向かった。そして仲買人から王城の厨房に出入りしているという業者を紹介して貰い、その業者と共に王城へ潜り込むことに成功したのだ。

 >いやあ、吃驚したよ。
 >厨房から呼び出されて、
 >用件がヴェロニカのことだと言うじゃないか。
 >半信半疑で向かえば、お前が生きていると。
 >ほんと腰が抜けそうになったぞ!

 迎えに来てくれたジェレミーお兄様は、当時の状況を興奮気味にそう話してくれた。そんな苦労の甲斐あって、すぐに王城内の客室へと運び込まれた私達だったが、そこから1週間経過しても未だにアンドリューの意識は戻っていない。

 そして私の方にも、異変が。

 どうやら、水を降らせることが出来なくなってしまったらしい。多分、一晩で一生分の能力を使い切ったのだろう。おずおずとそれを報告したところ、父や宰相から『それならば他国から狙われる危険も無くなって良いではないか!』と言われ、とても拍子抜けした。

 私の能力を必要としていたからこそ、この政略結婚を承諾したはずのローランド家の方でも、当主が直々に『能力の有無は関係無く嫁いで来てくれればいいから』と言ってくれたので、ほっと胸を撫で下ろしている。これで後はアンドリューが無事に意識を取り戻してくれるのを待つだけだが、それが何時になるかは医師ですら分からないと言うのだ。

「ヴェロニカ、よく聞いて欲しいんだ」
「…まあ、なんだか物々しい言い方ね」

 レイモンドの目配せでドア脇に待機していたケヴィンも隣りに並び、急に潜められた声を漏らさず拾おうと私は耳を近付ける。

「明日、エミリーとその父親であるハモンド子爵を捕え、俺を暗殺しようとしたことを白状させる。本来ならば斬首となるところだが、我がガルツィ王国の将軍が全ての黒幕だと証言することと引き換えに助命してやるつもりだ」
「とうとう将軍派を一掃するのね?」

「ああ。残念ながら現在の俺は、宰相殿の言い成り状態だがな。いやあ、この宰相殿が本当に侮れない御仁なんだ。敵を欺くにはまず味方からと言うか、凡庸な男に思わせておいて、実は類稀なるキレ者で。その采配に寄って将軍の側近は既に懐柔済みだし、有力貴族もその殆どがこちら側についている」
「じゃあ、レイモンドが王位を継ぐことで決定?」

 頷いたその顔は、重圧で引き締まっていた。

「そうなるはずだ。未熟な俺だが、宰相殿がサポートしてくれると言うし問題は無いだろう。勿論、将来的には独り立ちさせるつもりらしいがな。…それで、覚悟しておいて欲しいんだ」
「覚悟?」

 ここでレイモンドに代わりケヴィンが口を開く。

 ハモンド子爵を捕えるよりも早く、私とアンドリューの命が狙われる可能性が非常に高いのだと。あの暗殺未遂の現場にいた生き証人の口を封じようと、将軍が任命した影の組織が動くに違いないと言うのだ。
 
 
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