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荒木田編

とあるバーでの風景(モブ視点)

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 ※ここからは第三者目線です。
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 [通りすがりの川村拓造]

 盛り上がっているところ、申し訳ない。
 俺の名前は川村拓造。
 今年45歳のオッサンだ。
 
 仕事で嫌なことが有り、それでも家族には悟られぬようにと努めて明るい声でカエルコールをしたのに、そんな俺に妻は冷たく言い放った。
 
 >やだ、こんな時間に帰って来るの?
 >てっきり今日も遅いのかと思って
 >晩御飯、作ってないわよ~。
 
 ああ、分かっていたさ。
 
 俺がいちいち言わないから悪いんだろう?でもな、毎日同じことを報告させられる身にもなってくれよ。…そんな言葉が喉元まで出そうになったが、根性で呑み込む。
 
 侘しい人生だ。
 
 それなりの会社に就職して、それなりの地位まで昇進し、それなりに幸せなはずなのに、誰も俺に興味を持ってくれないなんて。
 
 ふと虚しさが込み上げてきたので、妻の了承を得てお気に入りのバーへと向かうことにした。雑誌でも紹介されたことのある、男の隠れ家的存在のバーだ。シックで高級感が漂うこの店にいることを許されるのは、大人の空気を纏った選ばれし者だけのはず。
 
 カラン。
 
 グラスの中で氷が溶ける音ですら、大きく響く。そんな静かな店内に流れるのはメロウでジャジーなピアノ曲だ。ふう、今日も無事に終わり…
 
 思わず二度見した。
 
 キスしてるぜ、おい。お前ら、場所を選べよ!店内の客、全員ガン見してるしッ。
 
「違います!私が好きなのは滝さんです!」
「だって俺、来年40だぞ?!」
 
 ふうん。
 相手のコは20代前半という感じか?
 
 かなりの年齢差だろう。しかも、すぐ傍にいる同僚らしき若い男の方が、キスしていた男より絶対にモテそうなのに。たぶん100人いれば100人が若い方を選ぶに違いない。なのに、ごくごく普通のその男の方が好きなんですよと彼女は熱く語り始めるのだ。
 
 あんなに可愛いのにな。ほらグラビアアイドルのナントカちゃんにちょっと似てないか?よく見たら胸も大きいし、俺、めっちゃタイプだわ。
  
「そんなこと言わないでくださいッ。私にとって滝さんは世界一素敵なんですから!滝さん、お願いッ、大好きなんですぅ~」
 
 久々に胸がギュウウウッとした。
 そして、羨ましくて仕方なくなる。
 
 あんな可愛いコから、あんな熱烈に愛の告白をされちまうなんてアンタよっぽど前世の行ないが良かったんだろうな。いや、現世でもイイ人っぽいけど。その男に自分の姿を重ねてしまった俺は、急にあの男を応援したくて堪らなくなる。
 
 イケイケ!同志よ!!
 若造なんぞに負けるな!
 
 どうやらそんなことを思ったのは、俺だけでは無かったらしい。まるでシュプレヒコールのように、店内にいた全オッサンが彼にエールを送り始めたのである。

 >たーき!たーき!たーき!
 >たーき!たーき!たーき!

 我らの期待の星である滝浩市よ、
 今こそ立ち上がるのだ!!

 
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 ※川村拓造さんの独白はここで終了です。
 
 
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