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面倒臭い男
しおりを挟む私を見て、明らかに廣瀬さんは固まっている。
まあ、分かるけどね。
だってほぼストーカー状態だったし。
でも、米沢さんに比べたら随分と可愛いモノだと思うんだけどなあ。だって、ある程度やり取りしたら『ハイ、分かりました』とすぐに引き下がったんだもん。自分的には、夏休みのラジオ体操と一緒で続けることに意味が有るというか、その行為自体には余り意味を求めていないというか。
「そうだ!廣瀬さんでいいじゃない」
そう叫んだのは私では無く、いつの間にか彼氏である前田さんから事情を聞かされた千脇さんだ。まったく事情を把握していない廣瀬さんは、オーダーメイドしたというご自慢の牛革製ビジネスバッグを胸に抱きながら怯えている。
「何だよ、千脇さんの提案でしかも太田さん絡みって恐怖しか感じないんだけど」
「まあ失礼な!いいですか、今から事情を説明しますよ」
千脇さんはスラスラと私の状況を説明してくれる。そっか、そうやって話せば良かったんだな。私、言いたいことを全部詰め込んだせいで大河ドラマみたく壮大なスケールになっちゃって、前田さんの貴重な時間を30分も奪ってしまったや。
「…というワケで、太田さんはその米沢さんという男性の待つコーヒースタンドに今から戻って、“彼氏”を紹介しなければならないそうなんですよ」
「あのさあ、太田さん!!」
なんだろう、廣瀬さんの目が怒りに満ちている。ああ、そうか、面倒事を持ち込むなという抗議を今からされてしまうんだな。などとビクビクしていたら、私の返事を待たずに廣瀬さんは話し続ける。
「千脇さんの話に間違いは無いのかな?あれほど分かり易く俺に好意を示しておきながら、本当はチャラ男に報われぬ恋をしていただなんてそう簡単には信じられないんだけど…。あッ!分かったぞ、もしかして新しい作戦か?!俺の気を引きたくて、『今日こそは一緒に食事に行って貰いますよ』というキミ流のいじらしい恋の駆け引きなんだな?!あはは、そっかそっか」
「えっ」
と言ったのは私ではなく、またしても千脇さんだ。これ以上、話をややこしくしてなるものか、だって私はもう帰りたいんだあああっ!!という熱い想いがビンビン伝わってくる。そんな彼女は声量をフルボリュームにして語り出す。
「は?この期に及んでまだ自分が一番モテないと気が済まないんですか?!というか、私が話したことが真実なんですってば!!太田さんにはずっと恋焦がれている男性がいて、その人は絶対に誰のモノにもならないという厄介なタイプで、だから彼を忘れるために頑張って適当な男と付き合おうとしたんですって。…あ、この場合の“適当な男”は廣瀬さんのことですから。廣瀬さんを選んだのは、大好きなその彼が、納得してくれるようなそれなりのスペックで、しかもフリーという条件を満たすのが貴方しかいなかったからですよ。
ここ、重要ですから二度言いますね。それなりのスペックで、フリーなのが廣瀬さんしかいなかったんですって!!」
…なんだろう、千脇さんって何か廣瀬さんに恨みでも有るのかな?嬉々として上司を虐めているようにしか見えないんだけど。腕組しながらウムウムと頷いていた廣瀬さんは急にクワッと目を見開き、それから私の両肩をガシッと掴んだ。
「俺との接点が少なすぎたよね」
「えっ?」
今度はさすがに千脇さんでは無く、私が言った『えっ?』だ。
「太田さんが俺を知るには、余りにも共に過ごす時間が足りなかったと思う」
「はへ?」
斜め上の話過ぎてついて行けない。もう、10キロほど後方に私だけ置き去りにされている感じだ。
「条件を同じにしないとさ、判断は難しいと思う」
「何の条件ですか?」
「そのミナミと俺とをだよ」
「あ、…ああ。正しくはミナトです」
「分かった、とにかく2人でその米田さんに会いに行こう。そして太沢さんにチャンスをあげよう」
「チャンスですか?そしてワザと間違えてますよね?待たせているのは米沢さんだし、私の名前は太田です」
ここで千脇さんが、私に生温い笑顔を向けながら力なく呟いた。
「覚悟しておいてね、太田さん。廣瀬さんって本当に面倒臭い男だから」
※〔ちょこっと補足〕廣瀬さんがアテ馬になって前田と千脇がくっつくお話は『好きですけど、それが何か?』。前頁に名前が出た、営業部の村瀬さんと吉良くんのお話は『おとなロマンス』となっております。
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