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幸せの定義
しおりを挟む幸せの定義とは何ぞや?
例えば物凄く喉が渇いていて、目の前にコップ一杯の水を差し出されたとする。そのコップが小さいと思うか、大きいと思うかは本人次第だ。
「は?それはつまり?」
「幸せの測り方は人それぞれだってことですよ」
「まあ、言わんとすることは分かる気がする」
「結論から申し上げると、幸せなんて自分次第っつうことで」
金曜深夜のビヤスタンド…早い話が立ち飲みビールバーだ。高級志向の廣瀬さんにしては珍しい選択だと思ったら、行きつけだったフランス料理店のシェフがオーナーと喧嘩して独立した末に出した店とかで、本格的なレストランを開業するまでの資金稼ぎとして束の間の営業をしているらしい。
前評判どおりに死ぬほど美味しい料理を堪能しながら、私は廣瀬さんに向かって本日の事件を報告しており、その流れで幸福論について熱く語り始めたところだ。何故だか廣瀬さんと2人きりになると、ひたすら話し続けることになってしまう。それは廣瀬さんが自分のことを明け透けに教えてくれるからで、そこまで内面を晒してくれるのならば、こちらも同じ量だけ教えなければいけないと思ってしまうのである。
不思議だ。
そんなに長い付き合いでも無いのに、今ではもう廣瀬さんが自分の中では最も深く結びついている人のように感じる。それは逆に言えば、私の周囲には長い付き合いでもそんなに深く結びついていない人達しかいないということで、己の人間関係の希薄さに漸く気付けたというところだろうか。
「『幸せにしてあげてください』なんて、千脇さんも無責任なことを言うよな」
「そうですよ、私の考える幸せと廣瀬さんの考える幸せは絶対に違いますよね」
「そうそう、互いの意識合わせが必要だよな」
「でもまあ、そこそこ幸せそうですよね、廣瀬さんって」
「うーん、確かに仕事は順調だし職場の人間関係も良好だし体も健康だ。これで可愛い彼女でもいれば…って、太田さんがもういるし。なんだよ俺、もう十分に幸せなんじゃないか?」
「またそんな調子のイイことを」
なんて調子で話していたら、
スマホが鳴ったので慌てて画面をタップした。
いつもならばマナーモードにしているのに、何かの拍子でそれを解除していたらしく、店内に鳴り響いたその切ない系のラブソングに驚いたが故の行動だ。この曲を着信として設定しているのは、たった1人…あの人だけなのに。それに気づいた時にはもう『応答中』の表示になっていた。
「でっ、電話が掛かって来たのでちょっと席を外します」
廣瀬さんの返事を待たず外に出る私。カウンター席が10ほどの小さな店なので丸椅子の真後ろにガラス張りのドアが有り、内と外の境界線はほぼ無い。だから廣瀬さんに聞こえないようにと極力小声で話し出す。
「もしもし、湊?」
「朱里、なんか声が小さいんだけど俺の声、聞こえてるか?」
「聞こえてるけど、今、会社の人と飲んでて」
「どこの店だ?」
「多分知らないと思う。会社の近くにオープンしたビヤスタンドで…」
「あー、森本さんの店か!顔出せって言われてるんだよ、俺も。今から向かうから会社の方は離脱しろ」
相変わらず、なんと我儘な。これはアレだな、『会社の人』なんて曖昧な表現をした自分が悪いのだと思って訂正を試みる。
「それは無理というか、本当は会社の人じゃなくて…彼氏なの」
「あー、前にも会ったあの男だろ?プッ、いいだろ、あんなの放置しても」
どうやら米沢さんだと思われているらしい。
「いや、あの人じゃないよ。とにかく断るから、絶対に来ないで!」
「はいはい、お前、最近ちょっと生意気じゃないか?」
このまま話し続けていると丸め込まれそうな気がしたので、強引に電話を切って店内へと戻る。するとシェフと雑談していた廣瀬さんが、心配そうに私の顔を覗き込んでくる。
「大丈夫か?随分と顔色が悪いけど」
「だ、大丈夫、全然平気ですっ」
…というやり取りをしていた20分後、
いつの間にか湊が私の隣りに座っていた。
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