ずっとこの恋が続きますように

ももくり

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完膚なきまでにヤッちゃって

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 ………… 

「廣瀬さんは止めた方がいいわ」
「はあ」

「あ、私の忠告なんか聞けませんって感じ?」
「はあ」

「ここだけの話、あの人ねウチの課の千脇ちゃんや営業部の村瀬さんとも付き合ってたんだよ。だけどアッという間に別れちゃった。きっと恋愛なんかより、仕事の方が楽しいんだと思う。太田さんはまだ若いんだから、これ以上時間を無駄にするより早く見切りをつけて次に行った方が正解だと思うよ」
「はあ」

 ハイと答えるワケにもいかず、イイエと返すワケにもいかない。こんな時には『はあ』で濁しておけば何とか凌げる。ええ、肯定も否定もしてませんからね!

 佐々岡マリさんは私と同じ総務部の2年先輩で、所属しているのは廣瀬さんのいる人材開発課だ。この人、仕事は真面目なのに、それ以外で悪目立ちしすぎると言うか、数々の伝説をお持ちなのである。

 同じ人材開発課の宮丸さんと付き合い出したはいいが、どうやら互いに“人生初の彼氏・彼女”だったせいで見事にはっちゃけたらしく、社用車の中でたびたびキスしている姿を見られてしまい(いや、最早アレは見せていると言ってもおかしくないほどの頻度だった)、しかも訊いていないのに仕事そっちのけで惚気始めたり、相手と帰り時間を合わせるため無駄に残業したり。

 『ここは職場なんですけど』という周囲からの声にならない抗議にはスルー・スキルを発動し、とにかくこっちの方が気を遣うわッ…という感じだったのだが、とうとう昼休みに会議室でイチャイチャしているところを、よりにもよって部長に見られてしまったのである。
 
 当然、部長は大激怒だ。──そして1時間ほど懇々と説教された宮丸さんは突然覚醒する。あんなにデロデロ甘々だったのが、『こんなことで出世への道を断たれては堪ったモンじゃない!』と思ったらしく、その場で部長に別れます宣言をしたのだと。

 あんなにキャッキャしていた2人が、
 いきなりのお通夜状態。

 むしろその変わり様が激し過ぎて人間不信に陥りそうというか、だからオフィスラブって怖いよね~、順調な時はいいけど破局した後が悲惨だよね~。
 
 

 …とまあ、とにかくその悲惨な片割である佐々岡さんが、女子トイレの洗面所で手を洗っている私を見て、開口一番に廣瀬さんとの別離を推奨して来たのである。

 余計なお世話と言えたなら、どんなにラクだろうか。

 自分がダメになったからって、他人の恋愛にも口出しする権利が有るとか思ってんなよッ。勝手に人の土俵に上がってくんな!ていうか、こっちは全部知ってるっつうの、千脇さんとのことも村瀬さんとのことも。そんで廣瀬さん本人から、恋愛を拗らせている理由も説明受けているから、佐々岡さんの忠告は的外れなのッ。

 でも一応、佐々岡さんは先輩なので無下にも出来ないと言うか、ニコニコ笑顔で『はあ』を繰り返すしか無いんだな、ちくしょ。

 そっか、これでちょっと分かったかも。人生ってあちこちにフェイクが仕掛けられていて、しかもこんな風に仕掛け人自身はソレを『真実』だと思い込んでいる場合も多いんだ。…正確には『自分に都合の良い部分しか信じないから、間違っていることにすら気付けない』という感じなのだろうが。

 それを暴いて、ありのままの真実を客観的に見れるようにならないと、他人の意見に左右されるフラフラ人間になってしまう。そっか、そう考えると廣瀬さんってブレないよなあ。いつでも己の信念に忠実で、ああいう面は尊敬に値するかも。…なんてことを脳内で考えていたら、手応えを感じなくて飽きてしまったのか佐々岡さんは去って行く。

 それと入れ違いで千脇さんが入って来た。

「ごめんねー、ウチのマリちゃんが」
「えっ?!ああ、千脇さんッ。吃驚したあ」

「あのコ、生きる世界がノミの額みたいに小さいの。だから許してあげてね」
「いえ、許すも何も、ほぼ聞いてませんでしたから。もう華麗にスルーですよ」

「あはは、なかなかの鬼っぷり」
「だって、どれも真実じゃないし。聞くだけ無駄です」

「うん、その調子」
「廣瀬さんを何だと思ってるんですかね、仕事マシーン?本当に何も分かっちゃいないんだな。ああ見えて結構、繊細でカワイイところも有るのに」

 鏡越しで隣りに立つ千脇さんを覗き見ると、心なしか嬉しそうに笑っているような気がする。

「…太田さん」
「はい?」

「廣瀬さんのことを褒めてくれて有難う」
「う、えっ、どういたしまして」

「廣瀬さんのこと、完膚なきまでにヤッちゃって!」
「ど、どういう意味ですか?」

「あの人、幸せになるべきなんだよ。だから完膚なきまでに幸せにしてやって」
「……」


 私は、何故か無言のまま深く頷いていた。

 
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