ずっとこの恋が続きますように

ももくり

文字の大きさ
26 / 31

私はニンジン

しおりを挟む
 

 その翌日。

 神様は上手く采配してくださると言うか、このタイミングで廣瀬さんと会った。『会った』というか、システム開発部の奥の方に資料室が有り、そこへ向かう途中で偶然見掛けただけなのだが。

 数年前に作成された公文書ファイル管理簿を探して来いという上司からの命を受け、手ぶらで歩いていたところ、システム開発部のドアを開けて彼が出て来たのである。

 まあ、素敵。

 蒸し暑いこの時期にピッタリな見た目にも涼しい水色ストライプのシャツと、光沢のあるブラウンのネクタイ。お洒落の上級者であるこの人らしい組み合わせだと思う。久々に見るその姿はキラキラという擬音が聞こえてきそうなほど、輝いていた。しかしこの場所で駆け寄るほど私は浅慮な女では無い。何故ならここには廣瀬さんの敵がウヨウヨいて、勤務中にイチャコラしようものなら何処で何を言われるか分からないからだ。

 なので軽く会釈して立ち去ろうと思ったのに。
 …のにのにのに。

「ちょっと待って」
「え?」

 いきなり手首を掴まれて資料室へと向かい、そして指紋認証でドアを開錠した後はそのまま2人揃って入室する。パタンとドアが閉まる音を聞きながら私はその場で固まってしまう。

「ごめん、なかなか会えなくて。しかも、連絡もしなかった」
「あ…、えと…、いいんですよ、だって忙しいのは分かってるし」

 ギュウギュウと正面から抱き締めながら、廣瀬さんは私の頭頂部に鼻を擦りつけて豪快に匂いを嗅いでいる。

「今の仕事があまりにも膠着状態でさ、社長と副社長に人員補給しろって要求したら『お前なら何とか出来る』と却下されたんだ。でもその代わり毎日、昼休憩の時間には朱里を資料室に寄越してくれるって」
「そっ、そんな公私混同…」

「ここんとこロクに休憩してなかったからな。昼飯もまともに食べて無かったし、周囲からは『死相が出ている』とまで言われているんだ。朱里の投入で俺のモチベーションが上がるのなら、万々歳という考えだろう。というワケで、今日からここで2人仲良くランチしような。コソコソ隠れて会う感じが背徳的で堪らないね」
「はあ…」

 『人員補給はムリだが、毎日彼女と会わせてやるぞ!』って…大丈夫なのか、ウチの会社。社長からして常識に捕らわれない柔軟な考えをお持ちだとは聞いていたけど、これじゃあ私、競走馬の鼻先にぶら下げた人参状態だよね。って、ん?ということは…。

「朱里?どうした、何だか険しい顔になったよ」
「あのう…、もしかして総務部でもこのことは周知されているんですか?」

 ぱあああっ、と明るく笑って廣瀬さんは答える。

「当然だよ!部課長を始め、朱里の課の人間は全員知っている。でもまあ、明日からは昼休憩の時間ピッタリにくればいいから、業務に影響は無いだろう?罪悪感を抱くとすれば、毎日1時間だけ資料室を個人的に使用するということだけかな」
「わお…」

 『アナタはそれでいいでしょうが、私の方は昼休憩のたびにイチャイチャしていることを周囲に知られてしまったんですよ?どんな顔をしていればいいんですか?!』と責めようかとも思ったが、その顔をよく見ると余りにも疲労の色が濃かったので諦めた。

 可哀想に、ギリギリで頑張っているんだな。
 こんな姿を見たら、もう何も言えないよ。

 そんなワケで、私は喜んで人参になることしたのである。

 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

転生令嬢と王子の恋人

ねーさん
恋愛
 ある朝、目覚めたら、侯爵令嬢になっていた件  って、どこのラノベのタイトルなの!?  第二王子の婚約者であるリザは、ある日突然自分の前世が17歳で亡くなった日本人「リサコ」である事を思い出す。  麗しい王太子に端整な第二王子。ここはラノベ?乙女ゲーム?  もしかして、第二王子の婚約者である私は「悪役令嬢」なんでしょうか!?

靴屋の娘と三人のお兄様

こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!? ※小説家になろうにも投稿しています。

課長のケーキは甘い包囲網

花里 美佐
恋愛
田崎すみれ 二十二歳 料亭の娘だが、自分は料理が全くできない負い目がある。            えくぼの見える笑顔が可愛い、ケーキが大好きな女子。 × 沢島 誠司 三十三歳 洋菓子メーカー人事総務課長。笑わない鬼課長だった。             実は四年前まで商品開発担当パティシエだった。 大好きな洋菓子メーカーに就職したすみれ。 面接官だった彼が上司となった。 しかも、彼は面接に来る前からすみれを知っていた。 彼女のいつも買うケーキは、彼にとって重要な意味を持っていたからだ。 心に傷を持つヒーローとコンプレックス持ちのヒロインの恋(。・ω・。)ノ♡

王子が好みじゃなさすぎる

藤田菜
恋愛
魔法使いの呪いによって眠り続けていた私は、王子の手によって眠りから覚めた。けれどこの王子ーー全然私の好みじゃない。この人が私の運命の相手なの……?

エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。 両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

冷徹社長は幼馴染の私にだけ甘い

森本イチカ
恋愛
妹じゃなくて、女として見て欲しい。 14歳年下の凛子は幼馴染の優にずっと片想いしていた。 やっと社会人になり、社長である優と少しでも近づけたと思っていた矢先、優がお見合いをしている事を知る凛子。 女としてみて欲しくて迫るが拒まれてーー ★短編ですが長編に変更可能です。

押しつけられた身代わり婚のはずが、最上級の溺愛生活が待っていました

cheeery
恋愛
名家・御堂家の次女・澪は、一卵性双生の双子の姉・零と常に比較され、冷遇されて育った。社交界で華やかに振る舞う姉とは対照的に、澪は人前に出されることもなく、ひっそりと生きてきた。 そんなある日、姉の零のもとに日本有数の財閥・凰条一真との縁談が舞い込む。しかし凰条一真の悪いウワサを聞きつけた零は、「ブサイクとの結婚なんて嫌」と当日に逃亡。 双子の妹、澪に縁談を押し付ける。 両親はこんな機会を逃すわけにはいかないと、顔が同じ澪に姉の代わりになるよう言って送り出す。 「はじめまして」 そうして出会った凰条一真は、冷徹で金に汚いという噂とは異なり、端正な顔立ちで品位のある落ち着いた物腰の男性だった。 なんてカッコイイ人なの……。 戸惑いながらも、澪は姉の零として振る舞うが……澪は一真を好きになってしまって──。 「澪、キミを探していたんだ」 「キミ以外はいらない」

偽りの愛の終焉〜サレ妻アイナの冷徹な断罪〜

紅葉山参
恋愛
貧しいけれど、愛と笑顔に満ちた生活。それが、私(アイナ)が夫と築き上げた全てだと思っていた。築40年のボロアパートの一室。安いスーパーの食材。それでも、あの人の「愛してる」の言葉一つで、アイナは満たされていた。 しかし、些細な変化が、穏やかな日々にヒビを入れる。 私の配偶者の帰宅時間が遅くなった。仕事のメールだと誤魔化す、頻繁に確認されるスマートフォン。その違和感の正体が、アイナのすぐそばにいた。 近所に住むシンママのユリエ。彼女の愛らしい笑顔の裏に、私の全てを奪う魔女の顔が隠されていた。夫とユリエの、不貞の証拠を握ったアイナの心は、凍てつく怒りに支配される。 泣き崩れるだけの弱々しい妻は、もういない。 私は、彼と彼女が築いた「偽りの愛」を、社会的な地獄へと突き落とす、冷徹な復讐を誓う。一歩ずつ、緻密に、二人からすべてを奪い尽くす、断罪の物語。

処理中です...