彼らは××が出来ない

庄野 一吹

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〈case2. 春馬 舜介は……〉

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 席替えはいつもドキドキする。

 引いたクジを恐る恐る開くと、青いペンで40と書かれていた。窓側の一番後ろだ、めっちゃ良い席。だが俺は顔をしかめた。ある人物のせいで俺が一番後ろの席になることは絶対ない、つまりこの良席は手放さなければならない運命にあるからだ。

 各々引いた番号の場所へ移動すると、先生が声を掛ける。

「黒板が見えなかったり、何か不都合のある奴はいるか?」

 はい! と元気よく手が挙げられ、先生はまたお前かとうんざりした表情を浮かべた。挙手した奴の席は最前列教卓の真ん前。おいおい嘘だろふざけんな。サァーと血の気が引き、俺は無意識に机に縋りついた。

「……一応聞こう。どうした春馬」

 先生のため息混じりの声を無視し、楽しそうに立ち上がった男はあっけらかんと笑う。

「りゅーちゃんが見えないので席変えてください!」
「冬場ぁ、手挙げろ」

 うわぁ、やっぱり俺か。本当は挙げたくないけど、観念するしかないな。せめてもの抵抗として小さく手を挙げてみる。しかし俺を目敏くみつけた先生は意地悪く口角をつり上げた。

「ほぉ? 良い所に座ってるな。これならお前らを取り替えるだけで済むだろ」

 知ってた。でも一番前かぁ……天国から地獄じゃん。席を変えるため荷物を持って前の方へ移動すると、最前列から元俺の席へ移動する奴とすれ違う。

「ごめんね、りゅーちゃん」

 ソイツは、ちっとも悪いと思っていなそうな顔で謝った。



〈case2. 春馬はるま 舜介しゅんすけは……〉



 クラスの後方に人だかりが出来ている。その人垣を構成しているのは女子が少し多いが男子もいて、中心人物が男女問わず人気を集めていることが伺えた。
 俺はそれをちらりと視界におさめ静かに席を立つ。集団の中心人物に気付かれないようそろりそろりと移動し、教室を出ようとした。
 だが、ドアを開けた所で「りゅーちゃん!」と俺を呼ぶ大きな声に引き止められ、ぐっと強めに腕を掴まれる。

「も~! 置いてかないでって言ってるじゃん!」

 一瞬であの人垣を抜けてきたらしい。中心人物を失い、集まっていた人達は呆気に取られたようにこちらを見ている。彼らよりも俺を選んだという優越感に浸りながら「ごめんごめん」と少し低い位置にある頭を撫でた。


 春馬 舜介、俺の幼なじみその2。同年代の男と比べると小柄な体格に女子顔負けの可愛い顔立ち。天真爛漫な性格で、見知らぬ人ともすぐ仲良くなれるタイプだ。そのため男女共に友達が多く、常に人に囲まれている。
 だがこいつにも彼女がいたことはない。秋穂とはまた別の短所を舜介も持っているから。

「で、どこ行こうとしてたの?」
「ちょっと先生に呼ばれてるんだよ」
「僕も行く!」

 ニコニコと腕を絡めてくる様子は可愛らしいが、案外力強い腕が放してくれる気配はない。意地でも置いて行かせないつもりなのだ。まぁ、舜介のこれはいつもの事なので二人で職員室まで赴くと、先生は俺らを見て苦笑した。

「お前ら本当にいつも一緒にいるな」
「そうなんです! 僕たち、超仲良し!!」

 えへへ~と額が肩に擦り付けられる。隙間ゼロの距離感は普通の友人にしては近い気もする。先生は俺達の様子に頷くと、舜介の首根っこを掴んだ。大きな瞳がぱちくりと瞬く。

「仲良いのは良いがな、俺はこれから冬場と面談をするんだ。春馬は教室に帰れ」

 そう言われた途端舜介の様子が変わった。表情がごそっと抜け落ち、顔から温度が失われていく。いつも豊かな表情を浮かべる舜介だからこそギャップがひどく、異常な様に先生も多少動揺したようだ。俺はそれに気付いていながら先生の背を押した。

「先生早くやっちゃいましょう」
「いや、しかし……」
「いいんです。大丈夫だろ? 舜介」

 舜介が首を横に振る。放すまいと強く握られた俺の制服にはグシャッと皺が寄った。

「嫌だ」
「すぐ終わるから、な」
「無理」

 ため息をつけば舜介の肩がびくりと跳ねる。懸命に俺を掴む手は小刻みに震えていて、大きな瞳は焦点が定まっていない。様子がおかしいのは明白だが、それでも俺は「大丈夫だよな?」と言い聞かせ続けた。やがて舜介がゆっくり頷くのを確認して、俺はサッと腕を振り払って職員室へ入る。ドアを閉める直前、舜介の目から涙がこぼれたのが見えた。
 先生がなんとも言えない視線をこちらに向けているが、俺は苦笑しながら話題を逸らすために面談を急かすのだった。

 時間にして5分かかったかどうか。なるべく早く面談を終わらせたドアを開けると、すぐ近くに膝を抱えてうずくまる舜介を見つけて、急いで駆け寄る。

「舜介!」
「りゅーちゃん……」

 上げられた顔はひどい有様だ。泣き腫らした目は赤く、濡れた頬に乱れた髪の毛がくっついている。たった5分だ。たった5分俺が見えなかっただけで、舜介は可哀想なくらい憔悴していた。しゃがみ込んだ俺を、舜介は力一杯抱きしめる。

「りゅーちゃん、りゅーちゃん!」
「はいはい、悪かったな」
「本当にね! 反省して!」

 めちゃくちゃだ。だがこの言動も全て俺の計画が順調に進んでいる証だと思うと、怒りなんて湧いてこない。むしろ、おかしくて愛おしくて笑ってしまいそうだ。
 舜介の背中を優しく撫でてやると、次第に震えが収まってくる。安心したように息をついた舜介は、ぐりぐりと俺の肩に頭を押し付けて呟いた。

「もう離れないでね」


 出会ってから、俺は舜介とずっと一緒に居た。舜介の両親が共働きなのを免罪符にしょっちゅうお互いの家に泊まり、おはようからおやすみまで共に過ごした。
 そのため、舜介は常に視界に俺がいなければ落ち着かなくなってしまった。俺と離れると途端に情緒が不安定になる。学校では常に一緒だし、家に帰ってからは舜介が寝るまで電話をしてあげなければならない。

 もし舜介と付き合うなら、デートにはもれなく俺が付いていくことになるだろう。第三者がいる空間で甘い雰囲気になれといっても厳しいものがある。それに俺が二人を邪魔することも簡単だ。この問題を直さない限り、ヒロインと舜介が結ばれることはない。


 俺は舜介の背を撫でる手をそのままに、親が子に言い聞かせるよう呟く。

「俺にこんなにベッタリじゃ、彼女が出来ても愛想尽かされるぞ」
「んーーふふっ」

 クスクスと肩に懐く舜介は、いつの間にか花が綻ぶような笑顔を取り戻していた。皆に好かれる笑みが今は俺だけに向けられている。首に腕が回り、ぐっと引き寄せられた至近距離。吐息が掛かるほどの位置で、舜介が断言する。


「りゅーちゃんがいるなら、彼女なんかいらないもん!」



【春馬 舜介は離れられない】


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