彼らは××が出来ない

庄野 一吹

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〈case3. 新目 夏輝は……〉

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 目を奪われる。生み出される音色の美しさは勿論だが、それを奏でる男の背にどうしたって惹き付けられた。
 長い指がなめらかに鍵盤の上を疾駆し、厳かで激しい光景に息つく暇もない。真剣な瞳には獣のような獰猛な光が宿っているのに、魂を乗せるようにピアノを弾く姿はどこか神聖ですらある。最後の音の余韻が消えても、暫く誰も言葉を発せなかった。

 演奏者が立ち上がり礼をする。つられるように観客達も立ち上がり、惜しみない拍手と歓声を彼に浴びせた。数多の賞賛に包まれたピアニストは、演奏中の堂々とした姿が嘘のように肩をびくつかせる。

「圧巻の演奏でした! 新目さん、一言頂けますか?」
「あ、えっと……あ、」

 司会の女性からマイクを向けられると、しどろもどろな音声が会場へ届けられた。自分でそれを耳にした奏者は泣きそうになりながら、その場を置き去りに舞台袖へ逃げていく。

「りゅーちゃん!」

 俺は駆け込んできた背の高い男に拍手を送る。すると男は舞台上でのおどおどした態度を一変させ、パァっと表情を輝かせた。

「見ててくれたの?」
「もちろん」
「嬉しい! どうだった、俺の演奏?」
「素人には凄いとしか言えないよ」
「俺はりゅーちゃんに褒められるのが一番嬉しいよ! りゅーちゃんが来てるなら、もっと気合い入れて演奏すれば良かったなぁ」

 どんな著名な者よりも俺に褒められるのが嬉しいのだと語る姿に、密かに心が高揚する。



〈case3. 新目あらため 夏輝なつきは……〉



 ホールへ出るとすぐ人に囲まれた。全員のお目当ては、俺の隣にいるやたらと背の高い男。「素晴らしかった」と絶賛する大人達の中には、音楽に明るくない俺でもテレビで見たことあるような有名な音楽家もいた。
 だが、隣の男の顔色は悪い。絶賛されているというのに、言葉を投げ掛けられる度にどんどん萎縮して小さくなっていってる気がする。終いにはその大きな身体を丸めて俺の背に隠れてしまった。褒めているのに、その相手はまるでいじめを受けているかのように怯え震えている。声を掛けてくれた方々が困惑するのも無理はない。

 俺は背中の存在を庇うように、一歩前に出る。

「すみません、彼は人とコミュニケーションを取るのが苦手なんです。だから、用事や伝えたい事がある方は俺を通して貰えますか?」

 ついでに必死に俺の服を掴む手をポンポンと撫でてやれば、ホッと息をつく音が聞こえた。


 こいつは新目 夏輝。俺の幼なじみその3。先程の光景からもわかる通り、天才高校生ピアニストの名を欲しいままにする話題の男だ。整った見目と圧巻の演奏で人気を博し、ソロコンサートを開催したこともある。
 イケメンな上に現役高校生としてはあり得ないほどの名声を獲得している夏輝だ。彼の恋人の席に立候補する者は多い。だが夏輝には恋人云々の前に、人との関わりにおいて問題があった。

 人混みを抜けると夏輝が深呼吸をする。

「りゅーちゃんごめん、いつも迷惑かけてるね」

 しゅんと項垂れる夏輝の汗をハンカチで拭ってやる。演奏の後よりもびっしょりとかかれた汗は、それだけさっきの状況がストレスだったという事だろう。

「気にするなって、いつものことだろ」
「うん……ふふっ、やっぱりりゅーちゃんは優しいなぁ」
「そうか?」
「そうだよ! 天使みたい」
「なんだそりゃ」

 思わず吹き出すと夏輝もつられるように微笑む。ふと、二人だけの空間へ足音が響いてきた。ヒール特有のコツコツという音に、夏輝の顔が強張る。

「あ! いたいた、新目くん!」

 現れたのは司会をしていた女性だ。彼女が近付くと、夏輝の足が咄嗟に一歩引かれた。それに気付かない女性は更に夏輝との距離を詰める。

「やっぱり貴方の演奏は素晴らしいわ! 私、貴方のファンなの。CDも勿論持ってる。毎日聞いてるのよ」

 せっかく美女からファンだと言われているのに、顔を青くしてうつ向く夏輝にはその言葉の半分も届いていないだろう。

「ねぇ、良かったら連絡先交換しない?」

 返答は無い。やり過ごすことで精一杯で答える余裕がなさそうだ。せっかく拭いた額には、またじわりと汗が滲んでいる。反応の無さに焦れたのか、女性は「ねぇ、聞いてる?」と夏輝の腕を掴もうとした。

「……っ、触るな!」

 パシンッと乾いた音が辺りに響き、女性は呆然と払われた自分の手をみつめる。払い除ける力に容赦はなく、白く華奢な手は少し赤くなっていた。もうここらが限界だろう。

「行こう夏輝」

 俺は女性に頭を下げてから、そっと夏輝の背を押した。



 出会ってから、俺は本人の代わりに夏輝と関わる人達とコミュニケーションを取ってきた。元々人見知りだった夏輝を「俺が話すよ」と甘やかして、悉く人と関わる機会を排除してきた。
 そのせいで夏輝は、家族と幼なじみ以外の人間とはまともに話すことはおろか、目を合わせることも出来ない。触れられたりしたら先程のように過剰反応してしまうこともある。

 夏輝の恋人になりたいなら、まずまともにコミュニケーションを取れるようにならなければならないが、そのためには俺が間を取り持つ必要がある。でも俺がヒロインと夏輝の間を取り持つことはないので、二人が恋人になることも無い。


 背後から抱き締めるような形で、夏輝の頭が肩に置かれる。呼吸を落ち着けるためだろうが、そんな所で深く息をされると少しばかり恥ずかしい。頬に掛かる髪をさらさら撫でながら、拒否されることを期待してこんな言葉を呟いてみた。

「早く夏輝にも、全部受け入れてくれる彼女ができたら良いな」

 ぎゅうっと腹に回る腕に力が籠もる。ゆっくり顔を上げた夏輝は、俺の耳に直接吹き込むようにして囁いた。


「りゅーちゃんだけでいい」



【新目 夏輝はコミュニケーションが取れない】



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