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悪質なクレームと判断して、最も労力が少ない方法で適切に処理しました

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 ニュースだと株価は過去最高値を更新し続けてるそうだが、俺みたいな庶民には不況が続いてるようにしか見えない。
 今年度の人事移動では……良いお報せが1つと、悪いお報せが2つ有った。
 たった1つの良いお報せは……駅長になれた事。それも三十代前半でだ。
 悪いお報せ1つ目は……勤務時間の大半が俺以外に誰も職場に居ない事。
 悪いお報せ2つ目は……給料はほとんど上がらない上に、管理職扱いなので残業手当が出なくなった事。
 それでも、何とか駅の業務を回せてるのは……。
「おい、今日の、客からのクレームは、どんな感じだ?」
『はい。ゼロでは有りませんが、重大なものは皆無と判断して、適切に処理しました』
 そう、業務の大半をAIが肩代わりしてくれてるからだ。
 それも、ほんの数年前まで、人間にしか出来ないと思われてたのに、人間がやると確実に精神をやられてしまう業務までも。
「そうか……」
『あと、当駅に対する誹謗中傷がSNSに書き込まれていますが、これは本社の専門AIが対応しています』
「何だそりゃ? まぁ、俺に火の粉が飛んでこなけりゃ、大助かりだがね……ん?」
『どうしました?』
「何か、この部屋の外から変な音が聞こえてないか?」
『すいません。私の聴覚センサのノイズカット機能が優秀すぎるようで……駅長が言われてる音声は認識出来ません』
「そうか……クレームは何件だったんだ?」
『始業から現在まで一二六件です。全て、事実無根の悪質なクレームと判断しました』
「待て、多過ぎないか? ウチの駅の利用者は1日千人以上千五百人未満だろ?」
『同じ人間が複数回同じクレームを入れてます。それが、事実無根の悪質なクレームと判断した根拠の1つです』
「おい、SNSにUPされてる誹謗中傷って、そのクレームの内容と同じモノか?」
『はい』
「何で、SNSの誹謗中傷も、この駅の客がやってるクレームも、事実無根と判断した?」
『SNSでの誹謗中傷は、私が、この駅の自称「客」がやっている事実無根のクレームと判断したものと同じものである事を根拠に、本社のSNS対応AIが事実無根と判断しました』
「じゃあ、この駅の客がやってるクレームは、どうして事実無根と判断した?」
『はい、本社のSNS対応AIが事実無根のデマと判断した投稿と同じものである事を根拠に、私が事実無根と判断しました』
「おい、待て、それ、話が同じ所をグルグル回っていないか?」
『駅長の只今の発言は悪質なクレームと判断し、適切かつ労力が最小限の方法で対処されていただきます』
「ちょっと待て、何だ、その『適切かつ労力が最小限の方法』ってのは?」
『はい、「口先だけ謝って無視する」です。では、謝罪モード。「貴重な御意見、誠にありがとうございました。本社技術部門に連絡し、適切な改善を行ないます」』
 冗談じゃない。
 嫌な予感しかしなくなって駅長室を出ると……。
「ようやく出て来やがったな。おい、早く何とかしろッ‼」
 そこに居たのは……数えきれない程の客達。
 その1人が怒号をあげ指差す先には……。
 ……この駅の全ての券売機の液晶パネルがブラックアウトしていた。
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