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第三章:Do the right thing

スカーレット・モンク(4)

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「で……おっちゃんは、どうすんの?」
「私……あっちに妻子が居るんで帰ります。でも……」
「おっちゃんだけ帰ったら、エラい事になるんじゃないの? 何なら……あたし達で、おっちゃんのカミさんと子供も救出しても……」
 結局、あの姉弟の姉の方は……こっちに「亡命」する事を決意した。
 首筋に埋め込まれた発信機は、今、レスキュー隊の医者の手で除去されてる最中。
 あたしと、あの姉弟の保護者の芳本とか言うおっちゃんは、太宰府天満宮の池にかかる橋の1つの上で、池を眺めながら……今後の相談をしていた。
「でもさ……おっちゃんが、あの子達の身の回りの世話とかしてたの? ずっと……」
「あの御二人の御世話をしてたのは、私だけじゃないですけど……まぁ、私が一番、裕子様には信頼されていた……と思います」
「あれ? でも……その……あいつら精神操作能力持ってる訳だから……えっと、信頼も何も……あれ? 良く判んないや、他人の心を操れる連中にとっての……他人への信頼って、一体、何なんだ?」
 よくよく考えたら、そうだ。
 この世界には……起源や由来も強弱も使い勝手も全く違う様々な「特異能力」の持ち主が居る。
 そして……中には、持ってるだけで、あたしらとは世界の見え方が丸で違ってしまうような「特異能力」も有る。
 瀾師匠は……あの姉弟の弟の方は……下手した姉以外の人間を、ずっと……自分の一部、自分の手足のように認識してきた可能性を指摘した。
 だとすれば……姉の方も、弟ほど極端じゃないにせよ……あたしには想像も付かない「世界」を見ている可能性が有る。
 例えば、同じ「信頼」と云う言葉を使っても……あいつとあたしじゃ意味が全然違う可能性だってデカい。
「私……大阪の出身なんですよ」
「えっ? 奇遇だね、あたしもだよ」
「一〇年前、『正義の味方』達が、大阪内の精神操作能力に耐性を持つ人達を『外』に亡命させた時、私も家族と一緒に亡命しました」
 ……何てこった……奇遇続きだ……。でも……。
「じゃあ、何で……その……」
「自由が有る『こっち』じゃなくて、自由の無いTCAに居たか? ですか?」
「うん……」
「どうも……私の精神操作能力への耐性は……生まれ付きの生物学的なモノで、メンタリティや性格のせいじゃないみたいなんです」
「えっ?」
「私には……何でもかんでも自分で考え、自分で判断しなきゃいけない『こっち』よりも……上からの命令に従い、周囲の空気に従う……その方が楽だったんです」
 え……えっと……そ……それって……わからない……言われてみれば、あたしの回りの大人は……ずっと、あたしに「自分で考える」訓練をさせ続けた。
 自分の人生は自分で選べ。その結果、あたしが師匠達の元を離れ、師匠達とは違う道を選んでも、師匠達は笑って送り出すだろう。
 いや……あたしが師匠達と違う道を見つけ出すのを望んでるフシさえ有った。
 だから……わからない。そんな人が……上や周囲に従ってしまう傾向が強い人が居るのは、知識では知ってても……そんな人の気持ちを自分の中でシミュレートする事が出来ない。
「こっちは……たまに来るには心地いいですけど……ずっとは住めません。そして……私の子供も……もう、完全にTCAあっちの人間です。こっちに放り出されて……マトモでいられるとは思えません」
 そ……そんな……。
「こっちは……楽園ですよ。ただし……自由に耐えられる強い人にとってだけの……」
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