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第四章:Let There Be Carnage

シルバー・ローニン(1)

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殉教者とは、自分以外の何物かをあまりに強く思う結果、自分一個の生命など忘れ去ってしまう人のことである。
これにたいして自殺者は、自分以外の何物にもあまりに関心を持たぬ結果、もうこれ以上何も見たくないと思う人のことである。
一方は何物かが始まることを望み、他方は何もかも終ることを望むのだ。

G・K・チェスタトン「正統とは何か」より

「師匠……貴方は現役の頃……恐れを知らぬ戦士だったと聞いた」
「それで……?」
 その夜……私は法律上の養母である高木瀾の自宅に泊まる事にした。
「貴方の最初の任務の日……貴方は町1つ簡単に滅ぼせるほどの『神の力を持つ者』を自分の命と引き換えに退けた……そんな話も聞いた事が有る……」
「おい、誰からだ?」
「後方支援チームの望月氏と……医療チームの金子氏から」
「あのな……あの2人は、一番、話を盛る癖が有る奴らだぞ。あいつらの言ってる昔話を、うかつに信じるな」
「だが……」
「あの日……あの場に居た連中は……ほとんど居なくなった。死ぬか、この稼業を辞めるか……行方不明か……。師匠の1人は……その年の秋には死んだ。伯父貴も死んだ。姉貴とは疎遠になった。妹も死んだ。で、何が聞きたいんだ?」
「どうすれば、恐怖を克服出来る?」
「無理だ。私には教えられない」
「だが……」
「人間は……苦労し試行錯誤して身に付けたモノは他人に教える事が出来る。だが、持って生まれた才能は人に譲り渡せない」
「では……その……」
「私は、恐怖って感情を欠いて生まれてしまったらしい。だから……助けるべき人々が、どんなタイミングで恐怖を感じ……恐怖を感じた場合に、その心身に何が起きて、どう行動してしまうかを知識としてしか知らない。そして……命を奪わずに済んだ筈の敵を恐怖で暴走させて死なせてしまった事が何度も有る」
 どうやら……私は……恐怖を克服する方法を自分で見付けるしか無いようだ……。
「才能が無い奴の僻みだと思って聞いてくれ。ディズニーあたりの子供向けアニメでよく有るだろ、『人は誰でも努力すれば、成りたいモノになれる』とか……。あれは多分、真実だ……。ただし、1つ補足事項が有る。成りたいモノになるのに障害になるのは、才能の不足じゃなくて、余計な才能だ」
「知識としては理解出来そうだが……実感は湧かないな……」
「お前がうらやましいよ。恐怖を知らない私は……恐怖を武器として使えない」
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