満員御礼と特別恩赦

蓮實長治

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満員御礼と特別恩赦

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「あの、刑務官せんせい、質問が有ります」
「何だ?」
「いつ散髪出来るんですか? 邪魔で仕方ないんですけど」
 俺は刑務作業が終った後に、刑務官にそう聞いた。
「正式発表は明日の朝だ」
 おい、どう云う事だ? 何で「刑務所内で囚人に、いつ散髪の順番が回ってくるか?」を「正式発表」する必要が有るんだ?

「ここ数ヶ月間、お前たちの散髪を行なってこなかったが……本日から十日間の予定で全員分の散髪を行なう」
 病気のヤツや齢や障害で寝た切りのヤツ以外の囚人は全員、刑務所の講堂に集められ、所長からそう告げられた。
「それと、本日より当分は、全員、毎日、入浴するように。言うまでもなく、髭もちゃんと剃れ」
「ナチスの収容所のシャワー室みたいな事が待ってんじゃないのか……?」
 誰かが、ボソっと呟いた。

 通常は、2日に1回の入浴が毎日になった。……当然ながら……入浴する人間の数が倍になる。
 つまり大混乱だ。
「この野郎、ブッ殺して……」
「うるせぇ、シャワーの順番守んなかったのはテメエ……」
 今日も今日とて、浴場では喧嘩が起きていた。

「おい……何だよ、この髪型?」
 俺は、散髪が終った後、俺の髪を切ったヤツにそう聞いた。
 この刑務所の中で、理髪師の資格を取ろうとしてるヤツだ。
「い……いや……刑務官せんせいから……全員、娑婆に居てもおかしくない髪型にしろって……」
「はぁっ?」
「そ……それと……何か変なんですよ……。ここだけの話なんですが……ここの人達全員分の散髪が終ったら……『外』で散髪の仕事をやるらしくて……」
「何だって?」
 一体全体、何が起きようとしてるんだ?

 そして、その日、ウチの刑務所の囚人は、余程の重罪のヤツや病気・齢・障害のヤツ以外は、ほぼ丸ごと、娑婆に居てもおかしくないような服に着替えさせられた上で、東京のある場所に護送された。
「こ……ここは……?」
「オリンピックの開会式の会場だ」
 俺達をここに連れて来た機動隊員は、そう言った。
「えっ?」
「刑務所の中でも知っちょるだろ? 外では伝染病が流行っとるって……」
 その時、ある事に気付いた……。その機動隊員のしゃべり方には、九州辺りの訛りが有った。
 ちょっと待て、こいつ、どこの県警のヤツなんだ?
「ええ」
「だが、そん中でオリンピックは開催されるこつになった」
「はぁ……」
「しかし、オリンピックのスポンサーであるアメリカのTV局から注文が来た……無観客試合は困ると」
「えっ?」
「おい、よう聞けよ、ロクデナシども……。お前たちは、これから……オリンピックの観客になってもらう」
 はぁっ?
「オリンピックの期間中、何も問題を起こさずに、観客をやり遂げる事が出来て、その後2週間経っても、例の伝染病に感染した兆候が出なかったヤツは……特別恩赦だ」
 い……いや、ちょっと待て。娑婆に戻る日を夢見てきはたが……心の準備が……。

「外人さん……あんた、どっから来たんだ……?」
 俺はうしろの席に居るヤツにそう聞いた。
「牛久の入管の収容所」
 なるほど……そこからも引っ張りだされたのか……。
 しかし……暑い。
 観客のフリをしろ、と言われたは良いが……この炎天下で飲み物1つもらってない。
 前の席には……背後に座ってるのが罪を償い終ってない犯罪者だとは知らず、呑気に日の丸の旗を振ってる小学生。
 どうやら……「無料での招待」と称して、ここに「強制連行」されてきたらしい。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
 横の席の奴が苦しみ出した……。
 刑務所内で、他の囚人からいじめられてるのを助けてやった事が有る奴だ。
「おい……大丈夫か?」
「あ……アニキ……すまねえ……」
「どうした?」
「い……いや……生身の……を見るのは……久し振りなんで……いつまで耐えらるか……自信が……」
「えっ?」
 あ……そうだ……。
 刑務所は、ある意味で男社会だ。
 男らしくないと見做されたヤツはいじめの対象になる。
 ……例えば、性犯罪者……。その中でも……更に「弱い相手」を狙った……。
「でへへへ……」
 奴は……入場してくる選手団ではなく……前の席の子供達を、汗だけではなく、涎と涙を流し続けながら、うっとりと眺め……。

 たのむ……誰か……助けてくれ……。
 この狂った娑婆から……平和な刑務所の中に……俺を戻してくれ……。
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