時代に追い付けてないヤツ

蓮實長治

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時代に追い付けてないヤツ

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「我が党に所属している議員の秘書が、とんだ真似をやってしまいまして……」
 職場にやって来たのは、国会では少数政党だが、この近隣地域のいくつかの府県を事実上「支配」している政党の大物政治家だった。
「いや、全く、我が党の関係者に、あんな頭の古い男が居たとは、お恥かしい限りです」
「あの……一体、何の御用でしょうか?」
 私が担当している事件の容疑者は、この政党の政治家の秘書だ。上司である政治家の汚職疑惑を調べていたジャーナリストを車で轢き殺した容疑で、起訴の準備も9割方終っていた。
「あの馬鹿が起訴されるのは仕方有りません……。で、容疑は過失致死ですよね?」
「はぁっ? あの……過失致死な訳ないでしょう」
「過失致死ですよね」
 そう言って、その大物政治家は、スマホの画面を私に見せた。
 画面に表示されている写真が何かを理解するまで……1分以上の時間がかかった……と思う。
「えっ……?」
「可愛いお嬢さんですね、検事さん」
「ま……待て……俺の娘に……何を……」
「おい、若造。最近の検事は齢上の相手への口のきき方も教えてもらってないのか? さっきから、俺が、お前の無礼な態度を、どんだけ我慢してたと思ってるんだ?」
「ふ……ふざけ……」
「安心しな。何もしてねぇし、する気もねぇよ。たまたま、お前んの小学生の娘の通学路を知ってしまった……それだけの事だよ」
 おい、「それだけ」の事をするのに、役所が管理している個人情報にどれだけの不正アクセスを……。
「待て……」
「口のきき方に気を付けろ……。判ったか?」
「あ……あの……ですが……もし、明らかに意図的な殺人である事件を過失致死で起訴すれば……その……」
「阿呆か、お前は。ウチの党には、法曹資格持ちも何人も居るんだ。それが狙いに決ってるじゃないか」
 そうだ……。刑事裁判において、裁判官は3種類の判決しか下せない。「無罪」「検察が起訴した罪で有罪」「検察が起訴した罪と同じ系統のより軽い罪で有罪」。
 例えば「殺人」で起訴した被告が、裁判の結果、実は「まさか死ぬとは思っていなかった程度の喧嘩で、たまたま、当たり所が悪かった」「普通なら助かる傷だったのに担ぎ込まれた病院の治療ミスで死亡した」事が判明した場合は、殺人で有罪にする事は出来ないが……「傷害致死」や「殺人未遂」の判決が下されるだろう。
 では……明らかな過失致死を殺人として起訴してしまった場合は……通常は裁判官が検察に起訴理由の変更を命じ、それに検察が応じなかった場合は……裁判官は無罪判決を下さざるを得ない。
 ならば……どう考えても「殺人」である事件を「過失致死」として起訴してしまえば……。
「待って下さい……そんな事をしたら……私の検事としてのキャリアに……」
「安心しな。お前の上司と担当の裁判官にも……似たような事を言ったら『うん』と言ってくれたぜ」
「む……無茶苦茶だ……」
「しかし……全く、あいつも馬鹿な真似をしちまったもんだよ……。これっぽっちも意味の無い殺しだ……。ここまで腐った世の中になった以上、汚職が暴露されても、何のダメージにもならないのに……『口封じ』をやっちまうなんて。本当に考えが古いヤツも居たもんだ」
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