「Dystopia Now!!」:第一部「模倣遊戯」

蓮實長治

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第一章:シュミラクラ

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 ジョギングを終えた後、サウナに行くのが私の休日の過ごし方になっていた。
 今の私は、フィクションであれ、ドキュメンタリーであれ、本や映像作品から感動を得る事は出来なくなっていた。
 もし、本当に、かつての私の感情が私の内から湧き上がってきたものでは無かったのなら……かつての私が本や映像作品から得ていた感動は、一体、何だったのか?
 かつて好きだった歌を聴いても……ほんの少しの感情の揺らぎしか無い。自分自身で「単なる条件反射の結果では無いのか?」と云う疑問を抱かざるを得ないほどの……微かで……どう言っていいか判らないが……肉体的刺激に近いような気がする心の揺らぎ。
 こうなる前に感じた事のある「感動」を思い出そうとするが……わからない。
 ある小説を読んで感動して泣いた時の記憶は……今にしてみると肉体的刺激による悦びと、どう区別して良いか私自身にも判らない……ような気がする。いや……あの時の涙さえも、更に過去に感じた「感動」と似たパターンに遭遇した事による条件反射に過ぎないのでは無いのか?
 本当に、元から私は単なる条件反射や肉体的刺激に近い「何か」を「感動」だと勘違いしていたのか?……それとも感情エモーションによる悦びを感じられていた頃の記憶が、早くも薄れ始めているのか?
 今の私は、肉体的な刺激か……自称「レスキュー隊員」に渡された携帯電話ブンコPhoneに入っていた自分の感情を操作するアプリによってしか……何らかの心地良さを感じる事が出来なくなっていた。
 ただ、後者を使用するのは……どこか躊躇ためらわれる。
 サウナの食堂で焼酎入りビールボイラー・メイカーと濃い目の味付けのつまみを口にしながら……とりとめの無い考えを頭に浮かべ続けていた。
 食事の楽しみもそうだ。刺激に強いモノをどんどん好むようになっていく。この調子では……「繊細な味付け」などと云うのは言葉としてしか知らないモノになっていくだろう。
 自称「レスキュー隊員」から説明された事は、どこまで本当なのだろうか?
 何度も自分自身に対して問い続けた答の出ない疑問。
 まさか、この町1つが……私を洗脳する為に用意されたものなのか?
 いや……いくら何でも……。
 それとも昔の映画のように、私が居るのは現実ではなく仮想現実なのか?
 二〇〇一年に2つに分裂する前のアメリカで起きたテロで「精神操作能力者」の存在が明らかになって変ってしまった世界では……と言っても私が生まれる少し前だが……精神操作系の「魔法」や「超能力」によって、人間にリアルな夢を見せる事が出来るかも知れない。
 あるいは、本当に私が脳改造されているなら……頭に埋め込まれた電子機器を通じて、私に幻を見せているのかも……。
 ならば……この1~2ヶ月の間の事は……短時間の間に見ている夢や幻なのか?
 だが……何の為にだ?
 私は地方政治家だったが……自分の会派では若手も若手、一番の下っ端だった。
 政治家の端クレとは言え、代りなどいくらでも居る者……そんな人間を洗脳して、何の意味が有るのか?
 自宅に変える前に、もう一度、湯につかり……体を拭き……更衣室のロッカーを開け……着替え……。
 何故……気付かなかったのか?
 ああ……そうか……あの自分の感情を操作するアプリを使うのを忌避していたせいで……携帯電話ブンコPhoneの画面を見る事自体、必要最小限にしていたのだ。
 携帯電話ブンコPhoneの画面には、通信アプリMeaveに着信が有った事が通知されていた。
『博多で集まりたいのだが、どうする?』
 後は……時間と場所。
 送信相手は、政治家だった頃の同じ会派の先輩。
 その時、ある事に気付いた……。
 そう言えば……今の仕事を世話してもらってから……この新宮市から出ていない。
 いや……新宮市の中でも限られた場所にしか行っていない。
 アパートとその近辺……職場……コンビニ……ジョギングのコース……このサウナ……十に満たない飲食店。
 ひょっとしたら……自分の意志で、どこかに出掛ければ……答の出ない堂々巡りの疑問の解決の糸口が見出せるかも知れない。
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