お化け遺伝子

蓮實長治

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お化け遺伝子

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「なるほど、先生の説明はよく理解出来ました。しかし、国民の血税を使った結果がコレでは納得しない方も多いと思いますので、もう一度、御説明いただけませんか?」
 この3時間で7回目のセリフだった。
 タレント上がりの国会議員にも有能な人物は数多居たし、これからも山程出るだろう。
 目の前に居る議員も素晴しい才能を持っている。ただ、問題は、その才能が「演技力」と「面の皮の厚さ」に偏っている事だった。早い話が、この議員は、理解出来ない事を理解したように装う点の関しては……もしくは関して天才的だったのだ。
 主任研究員は同じセリフを2回聞いて不穏なモノを感じ、3回目か4回目で、相手が利口なフリをするしか能が無い馬鹿だと気付き、5回目か6回目で、歌手だった頃の彼の歌が好きだった事を恥じ、今や「国民の血税」などクソ喰らえだ、こんなのを国会議事堂に送り込みやがった国と国民への忠誠など尽き果てたわい、と言いたい気持ちを必死で押えていた。
「例えばです、一見、同じに見える形質・特徴でも、Aと云う遺伝子とBと云う遺伝子が揃った事で発現した場合と、C,D,Eの3つの遺伝子が揃った場合に発現する場合が有ります。で、前者と後者の間に子供が出来ても望んだ形質・特徴が出るとは限りません。むしろ、普通の人間に近付きます」
 独立行政法人「お化け遺伝子保存機構」の主任研究員から説明を受けている政治家は、芸能人だった頃に、国が率先して「お化け遺伝子」を保存しろ、と云う発言で注目を集めた人物だった。
 その提言を受けて十五年前に作られたのが、この「お化け遺伝子保存機構」だ。
「ええっと……つまり……」
「ええ、『お化け』の中でもメジャーなモノほど、我々人間が『良く似ているが、起源が全く違う複数の種族』を混同していたモノだったのです。『鬼』の血を引く父親と母親の間に生まれた子供でも、同系統の『鬼』で無い限りは、『鬼』の特質は発言しません」
 他にも「父親から受け継いだ場合のみ活性化する遺伝子」や「逆に母親から受け継いだ場合のみ活性化する遺伝子」それに「適切な環境でないと発現しない遺伝子が有る」などの更に事態をややこしくする話も有るのだが、それらの説明の後に返ってきた答は全て「なるほど、先生の説明はよく理解出来ました。しかし……」だった。つまり、この議員のこのセリフを、日本語に似て非なる謎の言語から一般的な日本語に翻訳すると「さっぱりわからない」になる。
「なるほど、先生の説明はよく理解出来ました。ところで、何故、『お化け遺伝子』の持ち主同士の間に出来た子供が、普通の人間にしか見えない外見で、『お化け』特有の超能力も無し、他の能力……例えば学校の成績や身体能力なども、普通の人間でも有り得る範囲なのですか?」
 主任研究員は満面に絶望を浮かべて天を仰いだ。。これ以上、どう説明を噛み砕けば良いのか?

 日本政府が絶滅危惧種と化しつつある「お化け」の保護に乗り出し、最初に生まれた「意図的に『お化け』の遺伝子を持つ男女を交配して生まれた最初の世代」が、そろそろ中学を卒業する頃……良かれと思って、いらん事をした人間達のせいで「お化け」の絶滅は更に早まっていた。
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