広島沖の島

蓮實長治

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広島沖の島

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 久々に広島の繁華街に映画を観に行った帰りに、海が見えるスタバで、ゲラをチェックしていた。
 今度、SF小説関係では老舗であるH社から出す事になった小説だ。
 ふと、スマホに目をやると……。
『だから、野党に政権を取らせるなんて狂気の沙汰ですよ』
『十年前……野党が政権を取ってた頃、あの震災の時に何をやったか覚えてますよね?』
『今の与党が協力を申し出たのに、拒否した結果が、あのグダグダですよ』
 古い知人だが……今となっては付き合いが切れている「リクタコ」こと多古陸さんのtwが、また晒し上げられてた。
 多古さんは、国立大学の中でも上位十五位以内に入るであろう大学の理学部の教授で、あの震災より前は疑似科学批判で有名な人だった。
 しかし……あの震災以後……まぁ、ぶっちゃけた言い方をすれば、おかしくなった。
 お互いに、まだ二十代だった頃からSF大会で良く会い……そして友人付き合いが続いてきたので知っているのだが……多古さんの実家は仙台の海辺だったのだ。
 あの震災の時に……多古さんの実家……そして親御さんに何が起きたかと言えば……そうだ……多分、ここ十年、多古さんがおかしくなっている理由はそれだろう。

 多古さんは「十年前の震災の時、当時の野党だった今の与党が、政府に協力を申し入れたが、当時の政権がそれを蹴った」と言っているが……事実は逆だ。
 当時の政権は、あの国難を乗り切る為に、野党第一党だった今の与党に連立内閣を組む事を申し入れた。
 しかし、その答は……内閣不信任案だった。
 震災対応を話し合うべき国会は……「今やる事か?」と言いたくなる議論で空転した。
 だが……いつしか……いわゆる「ネトウヨ」と化した多古さんは……当時の与党第一党……今の野党第一党を批判する為なら、平気で事実と違う事を言うようになった。
 三十年も付き合いが続いている……まぁ、ここ五年ぐらいは完全に縁が切れてるが……友人の老いてからの醜態を見る羽目になる気分は……小説家のハシクレとしては恥かしながら言い表す言葉も無い。
 いつしか、多古さんとtwitter上でやりとりをしても……まるで……違う歴史を辿った平行世界から来た「別の多古さん」と話をしているような噛み合わない会話が続くようになった。
 ただ……別の事も、はっきり判っるようになっていった……。
 多古さんの方も、僕が「違う歴史を辿った平行世界から来た『別の僕』」と入れ変ったかのように感じている事を……。

 嫌なモノを見てしまった。
 スマホの電源を切って、ゲラのチェックに集中するか……。
 そう思った時、多古さんのtwを晒し上げているtwが何かおかしい事に気付いた。
『十年前の震災って何だよ? 富士の噴火で関東が壊滅したのは七年前だぞ』
『それに、政権取らせるも何も、政府そのものが無くなってるだろ』
『十年前に「震災」って呼べる規模の地震が有ったか?』
『あとさぁ……21世紀になってから、旧政府が壊滅するまで、日本で政権与党が交代した事なんてないぞ』

 どうなってんだ?
 そう思った時、隣の席の僕より少し齢上ぐらいの客が……僕のスマホを不思議そうに見ているのに気付いた。
「あの……それ、どこのメーカーのNフォンですか?」
 Nフォン? 何の事だ?
 ふと……周囲を見る。
 目に見える範囲の人々は……スマホを持っていない。
 その代り……まるで昔の……そうだ……あの震災の頃まで良く見た携帯ゲーム機に似た……。
 まるで……ニンテンドーDSがスマホ的な方向に進化していったなら……そう言った感じの携帯機器をいじっていた。

 その時、上空から……ヘリの飛ぶ音が響いた。
「近隣で異能力者と犯罪組織……そして違法自警団による抗争が発生しました」
 どこからともなく……拡声器ごしらしいその声が響いてきた……。
「間もなく、県警と中四国9県合同軍の避難支援部隊が参ります。皆さんは避難支援部隊の指示・誘導に従い避難を行なって下さい」
 な……何の事だ? 一体……何が起きている?

 やがて……轟音と怒号と悲鳴が耳に入った……。
 まるでファンタジーRPGに出て来る「魔法使い」のような格好をした者達と……これまた、まるで日曜の朝に放映されてる特撮番組に出ている戦隊ヒーローそのものの姿の者達が近くで戦闘を繰り広げていた。
 判らない……。
 何が起きているのか……?
 判っているのは、ただ一つ……。あまりの事態に、僕の脳がマトモに機能していない事だけだった……。
 僕は……言わば「固まった」状態になっていた。
 ふと……海の方に目が行った……。
 沖合には……見慣れぬ巨大な人工の島らしきものが有った。
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