ある工作員の些細な失敗

蓮實長治

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ある工作員の些細な失敗

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 この屈辱に耐える事が出来るだろうか……。
 身寄りが無く、政府と聖上陛下への強固な忠誠心を持ち、何より有能である者。
 その条件で選ばれたのが俺だ。
 だが……政府と聖上陛下を誰よりも敬っている筈の俺が、国賊のフリをして敵国へ「亡命」せねばならないとは……。
 この任務に就く者の条件が「身寄りが無い者」である理由も、そこに有る。
 贋物の「国賊」にして偽りの「亡命者」である事を公表出来ぬ以上、俺に、もし、家族が居たなら……無事では済むまい。

 俺は亡命者達に紛れ、敵国の工作船で海峡を渡り、一端、敵国の同盟国に入った後、そこで、飛行機に乗り換え、敵国に「亡命」する予定だ。
 敵国に入った後、俺は、亡命者どもの組織を内部から崩壊させ……敵国の国内で「亡命者こそが我が国から送り込まれた工作員だ」と云う印象操作を行なう事になっていた。
 だが、その時までは、敵国の連中を信用させないといけない。
 胸の張り裂ける思いだが……やるしかあるまい……。
 予想していたとは言え……罪悪感で体が震える。
 ああ……聖上陛下、総統閣下、お許し下さい。あくまでも、御国の為なのです。
 俺は、廊下に出て、敵国人の乗組員を探し……。

「あの……アメリカ合衆国の聖上陛下の御神影か御彫像はどこでしょうか?」
「は……はぁ?」
「ですので……御神影か御彫像は……」
「えっと……有りませんが……その……」
「では、どうやってアメリカ合衆国の聖上陛下に礼拝をすれば良いのでしょうか?」
「ちょ……ちょっと待って下さい……その……えっと……」
「では、国旗が代りでしょうか? 私はアメリカ合衆国とその聖上陛下に対し、心よりの忠誠を……」
「あの……それは……我が国に着いた後、我が国の市民権を取得される際にでもやって下さい。……いや、貴方が、我が国の市民権の取得を御希望されていればですが……」

 な……なんだ? どうなってる?
 「普通の国」では、日に1回は、国家元首や政治指導者への忠誠を表明するのが当然の筈だ。
 まさか、アメリカは、俺が考えていたよりも……「普通」でない国なのか?
 マズい。怪しまれたのか? ならば……信用を回復させねば……。

「ところで……重要な情報が有るのですが……」
「えっと……何でしょうか?」
「この船に乗っているM……と云う女についてですが……」
「ああ、あの民主化運動のリーダーですね……」
「それは偽りの姿で、実は諜報機関に所属する工作員です」
「そう言われても……証拠は有るのですか?」
「この耳で確かに聞いたんです」
「何をですか?」
「奴は、畏れ多くもアメリカ合衆国の聖上陛下を批判していました。その内容は……」
「ああ……なるほど……判りました。詳しい話を伺いましょう……」

 俺は、机と椅子だけしかない小部屋に案内され……そして、俺を、この部屋に案内した奴は、どこかに去り……。
 あれ?
 この部屋のドアは何か変だぞ……。
 鍵がかかっている。開かない……。なのに……内側からは鍵の解除が出来な……おい、何だ、あの天井に有る監視カメラは?
 どう云う事だ?
 どこで、俺はミスをした?
 小さいミスなら心当りは有るが……決定的なミスはしていない筈だ。
 判らない……どうなってる?
 何故、奴らは……俺が工作員だと見抜いたんだ?
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