魔導兇犬録

蓮實長治

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プロローグ

You're fired.

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 あの時代、世界は輝いていた。
 携帯電話は低機能で、一般家庭向けのインターネット接続サービスは……カタログ・スペックでさえ一桁Mbps有れば上等だったが……それでも、俺に見える未来は素晴しいモノだった。
 とは言え、俺が「世界は、これから大きく変る」と思った切っ掛けは、よりにもよって歴史に残るテロだったが……。
 俺は輝ける未来を選んだつもりだった。

「ひょっとして……にいちゃん?」
「……」
「あたしだよ、葵。わかるよね?」
「……」
 十年以上ぶりに再会した妹は……関門海峡の対岸に有るあの有名企業のロゴが入った作業着を着ていた。
「あのさ……たまには実家に連絡しなよ」
「……」
「ところで、ここで何やってんの?」
 再会の場所は……俺の職場だった。
 そう、「だった」。
「……」
「どうしたんだよ?」
「何もやってねえ……」
「はぁ?」
「お前の会社からレンタルする事になった強化服パワードスーツのせいで、馘になったんだよッ‼」
「へっ?」

 二〇〇一年九月一一日。
 2つに分裂する前のアメリカで起きたテロ。それに使われた旅客機のブラックボックスの音声から「未知の原理・能力によって、他者の精神を操作出来る人間」が存在している可能性が示唆された。
 そして、それから1~2年の内に、様々な「異能力者」の存在が明らかになった。
 超能力者。
 魔法使い。
 変身能力者。
 日本では俗に「妖怪」系と呼ばれる「古代種族」系。
 存在のみが噂される通常の「超能力」「魔法」を遥かに超えた「神の力」の持ち主。
 そんな連中が、どれだけ居るかは不明だった。
 ただ1つ言える事は、二〇世紀に陰謀論者が信じていたより遥かにデカい人数の、どんなオカルト信者の妄想さえあまりに単純な世界観に思えるほど多種多様な「異能力者」が人間社会に潜んでいたのだ。
 ハリウッドの大作映画の悪役の「混沌よ来たれ」なんてセリフは一気にダサいモノと化した。俺達が気付いてなかっただけで、混沌はスクリーンの中ではなく、スクリーンの外の現実世界にこそ、ずっと当り前のような表情つらをして存在し続けていたのだ。
 まだ、十代だった俺は……世界は、これで大きく変る……そう信じ……。
 高校時代のある夏の日、親からくすねた金と十八切符を懐に入れて東京へ行き、ある「魔法結社」に入り、そこで修行して……平均よりはかなり上の「魔法使い」になり……。

 二十年以上が過ぎ、俺は「おじさん」と呼ばれる年齢になり……外見と性格に至っては「おじさん」より「おっちゃん」と言われる方がしっくり来るような駄目な中年男と化していた。
 いつしか、「魔法」への情熱とは消え失せ……それに伴なって霊力ちから技量うでも衰えてゆき……気付いた時には「使い魔」や「守護精霊」との「絆」さえも無くしていた。
 そして、十代の頃の俺は、とんだおっちょこちょいだった事が判明した。
 未だに科学技術の時代は続いており……俺の仕事は、理系の大学に進んだ妹の勤め先に奪われる事態になった。
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