魔導兇犬録

蓮實長治

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第一章:海にかかる霧

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 見付かった。
 逃げた。
 逃げた。
 必死で逃げた。
 リストラされたその日の晩に、たまたま入った飲み屋……そこに、俺のせいで大怪我した奴が、これまた、たまたま居た……。
 最初は、そう思っていた。
 だが、ひょっとしたら、尾行されていたのかも知れない。
「待ちやがれ、こん畜生ッ‼」
 奴は労災の補償金で買ったらしい、結構性能が良さそうな電動式の車椅子で俺を追い続けていた。
 下関の飲み屋街で、俺と奴は、通行人をはね除けながら、必死で追い掛けっこを続けていた。
 奴は携帯電話ブンコPhoneでどこかに連絡をしており……ん?
「よう……」
 地獄の底から響くような声。
 前方に、もう1人。
 こいつも電動式の車椅子で……つまり……。
 いや、逃げられるかも……。
 どっちも高性能の車椅子なので、縦横ともにデカい。
 つまり、運良く俺のすぐ近くに有る細い路地には入れない。
 やった、逃げられる。
 俺は路地を駆け抜け……。
「だから、お前は三流の『魔法使い』なんだよッ‼」
 ゴンっ‼
 路地を抜けた先に居た男に思いっ切りブン殴られ……。
 俺を殴った、そいつの右腕には、これまた労災の補償金で買ったらしいパワー・アシスト装置。
 ああああ……畜生、あれも、俺から仕事を奪った門司もじの企業「高木製作所」の製品のようだ。
 意識を失なう寸前に、俺の脳裏をよぎったのは、そんなマヌケな考えだった。
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