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木の葉を隠す為に森を作った者を吊したのは誰の手か?
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「あの男は極端に頑固な抵抗主義者にして勝利主義者であり、その種の人物に対してわれわれがみだりに関与することを、主は望んでおられない。われわれは逃亡主義者に注意を集中すべきだ。主は、敗北主義が勝利主義以上に危険だと思っておられる」
劉慈欣 作/立原透耶,大森望 他 訳「三体II・黒暗森林」より
アメリカが既に「2位以降に大差を付けた世界最大の超大国」の座から転げ落ちて間もない、その年の始め、2期目を終えて退任したばかりの前大統領が暗殺された。
暗殺場所は彼の別荘であり、監視カメラの映像は消去されており、ドアの鍵を壊したなどの「どうやって侵入したか?」の手掛かりも見付からず、暗殺場所に落ちていた毛髪その他の遺留品から検出されたDNAは、全て前大統領の家族・知人のものだけであり、FBIも地元警察も、暗殺者の手際の良さに舌を巻いていた。
「まぁ、たしかに、今から見ると1期目の最後の年から、彼の政策は狂っていったのかも知れん。例の伝染病による経済悪化の対策として、経済回復ではなく、国民の反感の矛先を中国に向けさせたのだからね……」
前大統領暗殺より1年以上が過ぎた頃、ある元閣僚は1人のジャーナリストからインタビューを受けていた。
「しかし、おあつらえ向きに、中国も……丁度その頃、自由で民主的な国々の反感を買うような政策を取った訳ですし……」
元閣僚の疲れきったように見える顔には、一瞬、「ん?」とでも言いたげな表情が浮かんだ。
「そう……おあつらえ向きにね……。ところで、何が言いたいのかね?」
「前大統領の暗殺は中国によるもの、との見方が一般的ですが、中国にとっては、何故、アメリカを自滅させてくれた人物を暗殺する必要が有ったのでしょうか?」
経済が疲弊している状況で、対中国の軍拡を行なったアメリカは、皮肉にも「経済が疲弊した状態で対米軍拡を行なった」かつてのソ連のように、更に経済を悪化させる事となった。ある意味で、アメリカを破滅させたのは、前大統領と、それを支持した対中強硬派だった。
「何が……言いたいのかね?」
「普通、我が国の大統領は、任期の最後の1年……特に大統領選挙の結果が出るまでは、重大な政策を行なう事を躊躇います。何故なら、次の年に自分の政策が取り消されたり引っくり返される可能性が有るからです」
「まぁ、それは常識だが、彼が常識を持っているなどと期待してはいかんよ」
「しかし……中国の方はどうですか?」
元閣僚は溜息をついた。
「中々、面白い仮説を考え付かれたようだ。是非、聞かせていただきたいね」
「翌年には……下手をしたら、大統領選挙が終った時点で、アメリカの対中政策が変る可能性が有るのに、何故、中国は翌年以降もアメリカの対中政策が変わらないと知っていたかのような対米強硬策に出たのでしょうか?」
「面白い想像だ。彼を暗殺したのは、中国その他のアメリカないしは彼を憎んでいた『誰か』ではなく、中国が彼を使ってアメリカを自滅させたと云う妄想に囚われたアメリカの愛国者だとでも言いたいのかね?」
「本当に妄想だと思われていますか?」
「私から質問して良いかね? 君は何者だ? 本当にジャーナリストか? それとも連邦警察の捜査官かね?」
「だとしたら、どうしますか? そもそも、私が前大統領暗殺を捜査している警察機構の人間だと云う推測をされた上で、私のインタビューに応じられたのでは無いですか?」
「たしかに、君の仮説が正しかったとしたら、前大統領を暗殺した『愛国者』のやった事は……結果的に、前大統領が推し進めた事を補強しただけになる。中国が『アメリカで対中強硬派の声が強まるほど、アメリカは没落する』と思っているのなら、暗殺者がアメリカの愛国者だとしても、喜ぶのは中国だろうな……」
「では、私の仮説が正しいか、別の場所でゆっくりとお話をうかがいたいのですが、いかがでしょうか?」
「その前に、君も私もやるべき事が有るだろう?」
「何でしょうか?」
「君が、いずれかの警察機構の捜査官だと云う私の推測が当たっているなら、簡単な事だ。君は、バッジを見せてミランダ警告を読み上げる。私は弁護士を呼ぶ」
劉慈欣 作/立原透耶,大森望 他 訳「三体II・黒暗森林」より
アメリカが既に「2位以降に大差を付けた世界最大の超大国」の座から転げ落ちて間もない、その年の始め、2期目を終えて退任したばかりの前大統領が暗殺された。
暗殺場所は彼の別荘であり、監視カメラの映像は消去されており、ドアの鍵を壊したなどの「どうやって侵入したか?」の手掛かりも見付からず、暗殺場所に落ちていた毛髪その他の遺留品から検出されたDNAは、全て前大統領の家族・知人のものだけであり、FBIも地元警察も、暗殺者の手際の良さに舌を巻いていた。
「まぁ、たしかに、今から見ると1期目の最後の年から、彼の政策は狂っていったのかも知れん。例の伝染病による経済悪化の対策として、経済回復ではなく、国民の反感の矛先を中国に向けさせたのだからね……」
前大統領暗殺より1年以上が過ぎた頃、ある元閣僚は1人のジャーナリストからインタビューを受けていた。
「しかし、おあつらえ向きに、中国も……丁度その頃、自由で民主的な国々の反感を買うような政策を取った訳ですし……」
元閣僚の疲れきったように見える顔には、一瞬、「ん?」とでも言いたげな表情が浮かんだ。
「そう……おあつらえ向きにね……。ところで、何が言いたいのかね?」
「前大統領の暗殺は中国によるもの、との見方が一般的ですが、中国にとっては、何故、アメリカを自滅させてくれた人物を暗殺する必要が有ったのでしょうか?」
経済が疲弊している状況で、対中国の軍拡を行なったアメリカは、皮肉にも「経済が疲弊した状態で対米軍拡を行なった」かつてのソ連のように、更に経済を悪化させる事となった。ある意味で、アメリカを破滅させたのは、前大統領と、それを支持した対中強硬派だった。
「何が……言いたいのかね?」
「普通、我が国の大統領は、任期の最後の1年……特に大統領選挙の結果が出るまでは、重大な政策を行なう事を躊躇います。何故なら、次の年に自分の政策が取り消されたり引っくり返される可能性が有るからです」
「まぁ、それは常識だが、彼が常識を持っているなどと期待してはいかんよ」
「しかし……中国の方はどうですか?」
元閣僚は溜息をついた。
「中々、面白い仮説を考え付かれたようだ。是非、聞かせていただきたいね」
「翌年には……下手をしたら、大統領選挙が終った時点で、アメリカの対中政策が変る可能性が有るのに、何故、中国は翌年以降もアメリカの対中政策が変わらないと知っていたかのような対米強硬策に出たのでしょうか?」
「面白い想像だ。彼を暗殺したのは、中国その他のアメリカないしは彼を憎んでいた『誰か』ではなく、中国が彼を使ってアメリカを自滅させたと云う妄想に囚われたアメリカの愛国者だとでも言いたいのかね?」
「本当に妄想だと思われていますか?」
「私から質問して良いかね? 君は何者だ? 本当にジャーナリストか? それとも連邦警察の捜査官かね?」
「だとしたら、どうしますか? そもそも、私が前大統領暗殺を捜査している警察機構の人間だと云う推測をされた上で、私のインタビューに応じられたのでは無いですか?」
「たしかに、君の仮説が正しかったとしたら、前大統領を暗殺した『愛国者』のやった事は……結果的に、前大統領が推し進めた事を補強しただけになる。中国が『アメリカで対中強硬派の声が強まるほど、アメリカは没落する』と思っているのなら、暗殺者がアメリカの愛国者だとしても、喜ぶのは中国だろうな……」
「では、私の仮説が正しいか、別の場所でゆっくりとお話をうかがいたいのですが、いかがでしょうか?」
「その前に、君も私もやるべき事が有るだろう?」
「何でしょうか?」
「君が、いずれかの警察機構の捜査官だと云う私の推測が当たっているなら、簡単な事だ。君は、バッジを見せてミランダ警告を読み上げる。私は弁護士を呼ぶ」
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