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情報には金を払え。新聞で言うなら「穴埋め記事」だろうと。
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皮肉にも、被害者の孫が殺された事件の裁判と同じく、この裁判でも、争点は「被告の犯した罪は『殺人』か『傷害致死』か?」だった。
「被告人は、G市内のターミナル駅であるi駅側の広場で署名活動を行なっていたHさんと口論になり、更には喧嘩になり殺害してしまった。この事実に間違い有りませんか?」
自分の孫を殺した犯人に厳罰を下すように署名を求めていた老人が、白昼、政令指定都市の中心部で殺される、と云う事件の裁判だった。
「あくまで、成行きで起きた軽い喧嘩の結果、たまたま、当たり所が悪かった為に不幸な結果になった、と認識していますので、『殺害』と云う表現については異論が有りますが、それ以外の点については検察官の言われた事に間違いは有りません」
証言台に座っている被告は、検察官の質問にそう答えた。
「では、何故、口論及び喧嘩になったのでしょうか?」
「まず、事件当日、私は背広姿でした。あの日は祝日で、しかも近くでイベントが有り、その見物客で周囲はごった返していましたが……私は休日出勤をする羽目になり、しかも、背広を着て職場に行く必要が有りました」
「えっと……それが口論や喧嘩と何か関係が……?」
「その休日出勤の理由は、同じ職場の他チームのミスをカバーする事だったので、正直、イラついていたのは確かです」
「あの……イラついていた、と云うのは暴力事件を起こした場合の情状酌量の理由には成りませんよ。しかも、あなたは、当時、IT企業勤務の立派な大人だった筈だ。チンピラや不良少年などのように、『イラついたから』から暴力事件を起す傾向が有る者が多い集団の一員では無い筈だ」
「IT企業と言っても……良くて4次受けの人材派遣業ですがね……」
被告人は自嘲気味にそう言った。
「何が言いたいんですか?」
「まぁ……私は……当時、ネット・スラングで言えば『底辺層』でした……収入も精神状態もね。……ですが、あの日、私は、休日なのに背広を着ていて……当時の職場がお堅いお客さんのSEルームだったので、毎日、ちゃんと髭を剃るし、髪型も『お堅いお客さん』に合わせたものにするなど、身嗜みにも気を使わざるを得ませんでした。そして……被害者は、その時の私の外見だけを見て、私をちゃんとした人間だと誤解したらしいのです。一流企業に5次受けか6次受けの外注で入っている『底辺層』じゃなくて、一流企業の正社員か何かだとね」
「えっと……それで……?」
「最初、私は被害者が何を言っているか判りませんでした。しかし、被害者は……お孫さんが殺された事件の裁判や、その裁判ので厳罰を下すように求める署名を集めていた事がニュースになっていたそうなので……私が……『ちゃんとした企業の正社員』に見える私は、当然、それを知っていると思っていたようでした」
「ちょっと待って下さい。『ニュースになっていた』ではなく『ニュースになっていたそうなので』と云うのは……どう云う意味ですか?」
「知らなかったんですよ、本当に。被害者が私に署名を求めた時、被害者は私がそのニュースを当然知っていると思ってたようですが、私は知りませんでした。すぐに、私も被害者も話が噛み合っていない事に気付きました。そして、元からイラついていた上に通勤中に余計な事に時間を取られた為……思わず、感情的になって、こう言ってしまったんですよ。『俺はクレジット・カードの審査にも落ちるような貧乏人だ。家にはTVも無いし、新聞を取る金も無い。ネットのニュース配信サービスの有料記事を読む金さえ無い。あんたがやってる署名活動も、その原因になった事件も、何も知らない』ってね」
「えっと……本当に知らなかった……のですか? あんなにニュースになってたのに?」
「ええ、私が何かの事件に関して……殺人とか交通事故とか他県で起きた大きな自然災害なんかについて知っているのは……無料のSNSで話題になってるモノだけでした。そして、私がフォローしている人達は、被害者のお孫さんが殺された事件や、その裁判に対して被害者がやっていた署名活動に関心を持ってなかったようですね」
「あ……ええっと……その……う~んと……とりあえず、そこから、どうして喧嘩になったのですか?」
「被害者は、私がそう言ったのを聞いて……最初……唖然とし……そして、ある表情を浮かべました」
「ある表情?」
「あとになって思えば……単なる失望の表情だったのでしょう。しかし……怒りと苛立ちに支配されていた、その時の私にとって……その表情は……こんな署名活動をやるような生活に余裕が有る人が……貧乏人なのにマトモな人間のフリをしている相手に向ける……軽蔑の表情にしか見えませんでした」
「被告人は、G市内のターミナル駅であるi駅側の広場で署名活動を行なっていたHさんと口論になり、更には喧嘩になり殺害してしまった。この事実に間違い有りませんか?」
自分の孫を殺した犯人に厳罰を下すように署名を求めていた老人が、白昼、政令指定都市の中心部で殺される、と云う事件の裁判だった。
「あくまで、成行きで起きた軽い喧嘩の結果、たまたま、当たり所が悪かった為に不幸な結果になった、と認識していますので、『殺害』と云う表現については異論が有りますが、それ以外の点については検察官の言われた事に間違いは有りません」
証言台に座っている被告は、検察官の質問にそう答えた。
「では、何故、口論及び喧嘩になったのでしょうか?」
「まず、事件当日、私は背広姿でした。あの日は祝日で、しかも近くでイベントが有り、その見物客で周囲はごった返していましたが……私は休日出勤をする羽目になり、しかも、背広を着て職場に行く必要が有りました」
「えっと……それが口論や喧嘩と何か関係が……?」
「その休日出勤の理由は、同じ職場の他チームのミスをカバーする事だったので、正直、イラついていたのは確かです」
「あの……イラついていた、と云うのは暴力事件を起こした場合の情状酌量の理由には成りませんよ。しかも、あなたは、当時、IT企業勤務の立派な大人だった筈だ。チンピラや不良少年などのように、『イラついたから』から暴力事件を起す傾向が有る者が多い集団の一員では無い筈だ」
「IT企業と言っても……良くて4次受けの人材派遣業ですがね……」
被告人は自嘲気味にそう言った。
「何が言いたいんですか?」
「まぁ……私は……当時、ネット・スラングで言えば『底辺層』でした……収入も精神状態もね。……ですが、あの日、私は、休日なのに背広を着ていて……当時の職場がお堅いお客さんのSEルームだったので、毎日、ちゃんと髭を剃るし、髪型も『お堅いお客さん』に合わせたものにするなど、身嗜みにも気を使わざるを得ませんでした。そして……被害者は、その時の私の外見だけを見て、私をちゃんとした人間だと誤解したらしいのです。一流企業に5次受けか6次受けの外注で入っている『底辺層』じゃなくて、一流企業の正社員か何かだとね」
「えっと……それで……?」
「最初、私は被害者が何を言っているか判りませんでした。しかし、被害者は……お孫さんが殺された事件の裁判や、その裁判ので厳罰を下すように求める署名を集めていた事がニュースになっていたそうなので……私が……『ちゃんとした企業の正社員』に見える私は、当然、それを知っていると思っていたようでした」
「ちょっと待って下さい。『ニュースになっていた』ではなく『ニュースになっていたそうなので』と云うのは……どう云う意味ですか?」
「知らなかったんですよ、本当に。被害者が私に署名を求めた時、被害者は私がそのニュースを当然知っていると思ってたようですが、私は知りませんでした。すぐに、私も被害者も話が噛み合っていない事に気付きました。そして、元からイラついていた上に通勤中に余計な事に時間を取られた為……思わず、感情的になって、こう言ってしまったんですよ。『俺はクレジット・カードの審査にも落ちるような貧乏人だ。家にはTVも無いし、新聞を取る金も無い。ネットのニュース配信サービスの有料記事を読む金さえ無い。あんたがやってる署名活動も、その原因になった事件も、何も知らない』ってね」
「えっと……本当に知らなかった……のですか? あんなにニュースになってたのに?」
「ええ、私が何かの事件に関して……殺人とか交通事故とか他県で起きた大きな自然災害なんかについて知っているのは……無料のSNSで話題になってるモノだけでした。そして、私がフォローしている人達は、被害者のお孫さんが殺された事件や、その裁判に対して被害者がやっていた署名活動に関心を持ってなかったようですね」
「あ……ええっと……その……う~んと……とりあえず、そこから、どうして喧嘩になったのですか?」
「被害者は、私がそう言ったのを聞いて……最初……唖然とし……そして、ある表情を浮かべました」
「ある表情?」
「あとになって思えば……単なる失望の表情だったのでしょう。しかし……怒りと苛立ちに支配されていた、その時の私にとって……その表情は……こんな署名活動をやるような生活に余裕が有る人が……貧乏人なのにマトモな人間のフリをしている相手に向ける……軽蔑の表情にしか見えませんでした」
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2025/06/22
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