簡単な水増しほど簡単にはいかないモノは無い

蓮實長治

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担当省庁の管理職クラスの官僚

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 我が国の政府が、あの大事故で発生した高層ビル十数個分の汚染水を海洋に流す事を決めたのは、事故の約十年後だった。
 ビル十数個分の内、一個分目は……予定より多少遅れた程度で放出を完了した。
 だが……。

「何故、予定から、これほど遅れてるですか?」
 私は、国会に呼び出され野党議員から質問を受けていた。
「い……いえ……ええっと……この程度の予定の遅れは……良く有る事ですので……最悪でも、放出完了までの期間が3~4割増しになる程度で……」
「あのぉ、3~4割増しになるのも問題ですが、それ、どうやって計算しました?」
「いや……ですから……現在、予定より25%ほど遅れてますので、それから逆算し……」
「その計算おかしいでしょ?」
「おかしくありませんッ‼」
 私は、重大な事に気付いた。今、自分に質問している国会議員は……とんでもない馬鹿か、全てをちゃんと理解してるかのどっちかだ。
 どっちに転んでも、自分の胃が痛くなるのは確かだ。
「あの……1日あたりの汚染水の放出量が後になるほど少なくなってますが……それを考慮した計算ですか?」
 その国会議員が、馬鹿が頭が良いかの答は、残念ながら「私の胃が、より痛くなる方」だった。
「そもそも、1日あたりの汚染水の放出量が後になるほど少なくなっている原因は……」
「あ~、事前通告が無かった質問は、お控え下さい……」
 議長が、そう言った時、そろそろ天下り先を探した方が良い、と云う考えが私の脳裏をよぎった。

「おい、あのクソ女の言った事は本当か?」
 首相に呼び出された私は、そう問い詰められた。
「は……はい……このままでは……来世紀を迎える前に完了する事は不可能です」
「何でだ?」
「で……ですので……あの議員が言った通り、後になるほど、放出量が少なくなる要因が有りまして……」
「だから、何の原因でだ? と聞いてるんだよ」
「はい……。汚染水は近くの海水で薄めて海洋に放出していますが……。その……」
「続けろ」
「は……はい……。薄めるのに使ってる海水にも汚染物質が含まれてますので……。規定の濃度まで薄めるのに必要な海水は、後になるほど大量に必要になりますので……その……」
「はぁっ?」
「いえ……その……」
「何で、そんな事が事前に判らなかった? 例の『世界最高のスパコン』で計算して大丈夫って結果が出たんじゃなかったのか?」
「それは……その……」
「おい……。ここまで間抜けな事をやった以上、どう転んでも、お前には未来なんて無いんだぞ。お前に残された選択肢は、隠してる都合の悪い事実を洗い浚い吐く事だけだ」
「は……はい……。原因は2つ有ります。1つは……そのシミュレーションでは……その……」
「ほら、リラックス、リラックス」
 出来る訳が無い……そう私は思った。
「はい……地球温暖化による海流への影響を考慮せずに計算をしたらしいのですが……」
「なるほど。海流が変ったせいで、汚染物質が一箇所に留まり続けるのを予想出来なかった、と」
「は……はい……。こ……これは……どうしようも無い事ですので……計画の見直しをするしか……」
「判った。帰っていいぞ」
「は……はい」
 私達が首相の執務室を出ようとした時……首相はある事に気付いたようだった。
「おい、スパコンでの計算がおかしかった原因は2つ有るって言ってたよな? もう1つは何だ?」
「ええっと……汚染物質がどのように海洋に拡散し薄まっていくかは……ほんの少しの条件の違いや偶然の結果で大きく変るらしく、スパコンでのシミューレションは……条件その他を変えて、複数回行なっておりまして……」
「なるほど。その平均を取った訳か」
「はい……あくまで有り得る可能性の平均ですので……その……」
「おい。何で、そんなに脂汗を出してる?」
「えっと……」
「まさか、俺に嘘は言ってないよな?」
「……」
「おい」
「…………」
「答えろ」
「……は……はい……。複数回の計算で出た……最も楽観的な結果を元に、予定を立てました……」
 次の瞬間、首相の罵声が響き渡った。
 この首相を怒らせた官僚は、ただでは済まない。そして、私達は、もっとも安易な手を選び続けてしまった。
 「忖度」だ。
 ……これこそが、このズンドコな事態を引き起した原因の1つだった。
 「首相を怒らせないようにする」為に……「考えられる限り、最も巧く行った場合」を想定した計画のみが立案され、政府に提出されていたのだ。

 秘密裏に計画は修正された。
 そして……汚染水の希釈は、一応は行なわれた。ただ、汚染物質の濃度が既定値になっていなかっただけで。
 「形式的な希釈」を行なった上で、汚染水は海洋に放出され続けた。
 いつか破綻するに決ってると誰もが思っていたが……予想は、少々不正確だった。
 破綻の日は「いつか」と云うよりも「思ったよりすぐ」だったのだ。
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