簡単な水増しほど簡単にはいかないモノは無い

蓮實長治

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中国人投資家

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 数年ぶりに日本に来たら……何故か、逮捕状を持った刑事2人がホテルにやって来た。
 私の国が日本の公的機関に仕掛けたサイバー攻撃に、私が関わっている、と云う容疑だった。
 仕事で日本に長期滞在していた時に使っていたレンタル・サーバが、その「サイバー攻撃」の「踏み台」に使われたらしい。
 しかも、いつの間にか、日本では、私が熱烈な共産党員だと云う報道がされているらしい。
「弁護士と大使館に連絡したいのですが……」
 私が、そう言った次の瞬間、刑事の片方が派手に転倒した。
 ……おい……まさか……これが話に聞く……あれか?
 私は逃亡を試みて刑事に暴行を働いた、と云う理由で刑事達から暴行を受け逮捕された。
 ひょっとしたら、日本の社会体制は思っていたよりも我が国に似ており、日本人は、案外、簡単に我が国の社会体制に順応出来るのでは無いか?
 そんな馬鹿な考えが脳裏を過った。

 取調べ室の外から怒鳴り声が聞こえる。
「申し訳ありません……。手違いが有ったようで……」
 部屋に入って来たのは、素人目にも、刑事とはどこか雰囲気が違うように思える三十代後半の男だった。
 その男を一目見た時に違和感を覚えた。まるで、浮浪者の格好をした金持ちか……逆に、金持ちに見える格好をした浮浪者か……そんな奇妙な人物を目にしたような気がした。
 違和感の正体を探る為に、その男を観察してみる。
 背広は……そこそこのモノに思えるが……くたびれている。
 高級そうなワイシャツの襟には、微かな汚れ。
 多分……最後に髭を剃ってから2~3日は経っている。
 眼鏡は……偶然にも、私が今使っているものと同じだった。……つまり、いい値段の高級ブランド。
 髪は……見苦しくない程度には手入れされているが……良く見るとフケが浮かんでいる。
 ここ何日か、自宅に帰れないほどの忙しい状況にある高級官僚。
 それが、私が推理した、その男の正体だった。

 後に北朝鮮の総書記となる金正日が若い頃、自国の映画産業を育てる為に、韓国の映画監督を拉致した。しかし……「良く有る手違い」のせいでVIP待遇で迎えるつもりだった映画監督は、何年も政治犯収容所にブチ込まれる事になった。
 私は……その「嘘のような実話」を思い浮かべた。
「実は……ご相談が有りまして……貴方に、ある日本企業の株式を買収して欲しいのですよ。OKしていただけるなら、買収費用の何割かを我々が負担します」
 「身分は明かせない」とは言っていたが……どうやら高級官僚らしいその男は、そう言った。
 我が国と日本の現在の関係は……どう考えても「悪い」。
 だが、男が渡したリストは……。
「マスコミ関係ですか?」
「ええ」
「OKをしないと、ここから出られない訳でしょう? 私に選択肢が有りますか?」

 それから数ヶ月後、例の汚染水海洋放出問題で、日本政府を批判している報道機関は我が国の政府の傀儡と化している、と云う噂が日本人の間で広まっているらしかった。
 日本では「日本へのサイバー攻撃に関与している熱烈な中国共産党員」と云う事になっている私が、それらの報道機関の株式の一部を持っていたせいで。
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