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月曜日が大好きな奴を僕は信じない

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僕は理解するのがおそい、

なんだって目の前を通り過ぎてしまったところでやっと気がつく。

人生も半ばを過ぎて、やっとそのことに気がついた。



僕は月曜日が好きな人を信じない。

その人は嘘つきに違いない。

僕は嘘をつくのが苦手だ。だから月曜日は、学校を休む。



学校ってなんだろう。怖い先生も嫌だけど、

怖い友達も苦手だ。

気分のいい時は、優しいのに意味もかからず急に怒り出す。

僕はどうしたらいいのかわからない。さっきまで笑い合っていた友達同士が、

別の場面では、悪口を言っている。僕は、むずかしいことはわかんないけど、

学校に行くのがこわい。

僕はまるでエイリアンだ。どうしたらみんな、みたいに振る舞えるのか。

「大人になんなきゃね」

いつも言われる言葉だ。

僕は“大人”の意味を考え続けている。

きっと普通は誰も気にしないくらい些細ない言葉なんだろう。




8月31日夜23時59分・・

あと、8時間で新学期の登校時間だ。

僕はもう一度鞄の中身を確認した。

筆箱、連絡ノート、絵日記、算数のプリント60枚綴り、


読書感想文。

全部まっさら。

そして一通の茶色の封筒に朱雀富江先生の手紙。





7月の終業式の日、

僕は朱雀富江先生の机から一通の手紙を盗んだ。表紙には退職届と書いてあり、

中身には先生の仕事をやめたい、ということが書いてあった、

朱雀富江先生の名前が書いてあった。

富江先生に学校をやめてほしくなかったから盗んだ。



僕は、この手紙を机の上に返さないといけない。

先生が来る前に、学校が始まる前に。

職員室に入って、元のように、富江先生の机に退職届を置いてこなくてはならない。




僕は、9月1日の朝の5時に家を出た。

まだ外はうす暗かった。

僕はゆっくり腐っていく悪臭がする歩く生ごみだ、僕に中には何もない。

こう考えている僕は、本当に僕だろうか。

幻みたいにくだらない過剰な自意識。

いっそ消えてほしい、僕の体ごと。





誰かに見られないように、足おとを消して歩いていく。

校門に先生が立っていた。僕は身を固くした。

見つかってしまった。

若い女性の朱雀富江先生だった。

「先生おはようございます」

「これはこれは」

富江先生は、片手に持った缶ビールを一口飲んだ。酒臭い。




「新学期の初登校、ごくろう、君そんな学校大好きだったっけ?」

富江先生は呂律の回らない口振りでいった。

僕は、何かおかしいとは感じながらも、

もう富江先生に一度頭を下げた。



富江先生は僕のカバンについてあるキーホルダーの人形を見た。

「それ、星環軌道都市ランダの、ミランダ・ヌーベルバーグ・ジェイド3世のフィギアじゃない?」

「はい、夏休みに家族で映画を見に行って、かいました」

富江先生は、もう一口ビールを飲んで僕の目を覗きこんでいった。

「あなたの推しキャラは、ミランダちゃんなのね?速撃ち0.03秒、

二丁拳銃の使い手、情け容赦ない巨乳の殺し屋ミランダちゃん、いいよね、可愛いいよね」



これは、ひっかけ問題か?

ここで先生の誘いにのって、

ミランダの話をしてもいいのか?

否、ダメだ。最後はきっとこうなる。

君が学校にいけないのは、そんな馬鹿みたいなアニメにのめり込んでるからね、

二学期がら二次元禁止。お母さんにもそういうから。



僕は冷静に答えた。

「いいえ、たまたま、上映記念でもらっただけです。映画は家族のコミュニケーションの一環です」

本当は一人でみた。

父親の口癖は漫画なんて早く卒業しなきゃな、だった。




僕と家族の周りでは時間の流れ方が違う。

ちょうど巨大な重力のもとでは時間がゆっくり流れるように。

僕はその重力に飲み込まれないように必死でもがいている。

家族の揉め事に巻き込まれるのなんてまっぴらごめんだ。




「二次元・・」やっぱりきた。先生は夢見るような表情で目を閉じて続きを暗唱し始めた。

「その次は三次元、三次元の後は四次元そして・・」

これは、映画星環軌道都市ランダのダイナモ博士のせりふだ。

その後は“そして給食時間がはじまる”




僕は、巨大な校門に書かれた私立戦慄学園の文字を見た。

創立200年、地元の名門校、私立戦慄学園は、

小学生の頃の僕には憧れだった。

かっこいい詰襟服、黒い帽子、男らしい応援団。

あのかっこいい詰襟服を着たい、

そうして僕は一生懸命勉強して私立戦慄学園中等部の試験に合格した。




人生で初めての華々しい目に見える結果だった。

しかし中学生になって気がついた。

人生の長さを。他の生徒の優秀さを、

そして自分の小ささを。

中学試験を合格しても世界は終わりじゃない。

高校、大学、就職、それでも広大な人生はまだ終わらない。




それに気がついたとたん、僕は人生の方から弾き出された。

僕、そんなに頑張れないや。もう限界、起き上がれない。

そうして僕は学校に行かなくなった。





「あなたは、ジョー・ハニカム・ダイレクトには興味ない?」

先生はそう言ってバッグにつけられたジョーのフィギアを僕に見せた。

僕は黙っていたが、ジョーのことはよく知っている。



ジョー・ハニカム・ダイレクト。表向きは放浪の詩人、

しかし空間認識の天才、どんな複雑な建造物も、

写真を一枚見ただけで内部の構造を忠実に再現することができる。

先の一年戦争の英雄だけれど、メンタルを破壊され、引きこもり状態にあったところを、

アリンライム3世に救われる。誰にも理解されない孤独な英雄。僕はその言葉を心に飲み込んだ。

「知らない?私、ジョーのファンなの」




富江先生は無邪気な笑顔で答えた、

朝日が先生の横顔を赤く染めていくのが見えた。

「先生はいいや、もう、私先生じゃないのよ。1学期でやめたの、先生。今日は忘れ物をとりにきただけ」





先生はそう言った。

「先生、やめたんですか?せんせいを」

「うん、今は新聞の配達している。今、朝刊配り終えたところ」

先生はビールを飲み干した。





「君にミランダの二丁拳銃を渡してあげられたらと思う」

先生は突然にいった。

「どうして?」

「大人は逃げることができる、でも子供は逃げることができない」


そうって先生は足もとの石を拾って誰もいない空に放り投げた。

「よっ」

その後、先生は目にも止まらない速さで、スカートの裾から2丁の拳銃を取り出して、

空中の石を撃った。

二発の弾丸は正確に落下していく空中の石に、同時に命中した。

「やりい!」

石は空中で粉々になり、数えきれないくらいの小さなは破片になって、学校の運動場に落ちた。

その時間わずか0.03秒。

僕が瞬きをするよりも早く、2丁の拳銃は、先生のスカートの奥におさまっていた。

「退職届は、適当に捨てといて、さようなら」

先生は、朝焼けの太陽の方に向かって歩いていった。

僕は先生に何か叫びたかったけれども、結局何も言えなかった。

そして僕の第二幕が始まった。


FIN















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みんなの感想(1件)

るしあん
2022.08.31 るしあん

先生は全てを知っていたのですね。

月曜日なんて大嫌いさ! と云う歌を思い出しました。

面白かったです。

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