フリークス・ブルース

はいか

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禁断の惑星

01 洗礼領域

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 セノフォンテは日常から夢をみることはあまりなかった。たとえ夢を見ていたとしても、それを起き抜けに思い出すことはまずなく、時には漠然とした喪失感だけが心に取り残されたような余韻ばかりが残って目を覚ますこともある。


「なんだよ……これ」
 思わず口から震えを帯びた声が漏れる。零れ出る言葉の重み、質感。五感で感じる全ての情報が鮮明で、痛快なまでの現実感を帯びている。しかし、動物の本能的な部分とでも言うのかどこか魂の内側から飛び上がるような緊張感と違和感が体を満たして止まない。
 目を擦れど、唇を噛みしめれど、痛みを伴うばかりでより現実味が増していくばかりだ。
 

――

 眼前に広がるのはどれだけ仰いでも事足りないほど広大に広がる遊園地だった。切り取った空間すべてに整然に、かつ、さも最初からそこにあったかのように所狭しと並びたてられた遊具やアトラクションと思われる施設の数々。何より目を見張るのはおそらく全世界のいかなる建築物よりも巨大だと思われる凄まじい存在感と迫力を帯びた《観覧車》だった。
 セノフォンテは以前に海外の文化を特集したテレビ放送の中で一つが途轍もなく巨大な花火を映像ながらに観たことがあるが、おそらくはこの観覧車のゴンドラはその特大花火の数倍の直径を持っているだろう。距離感覚にそこまで明るくない彼でも、ゴンドラの幅は数キロメートルに渡っているということが直感的にわかった。

 凄まじい領の光源に支えられた遊園地ないは闇に染まった夜の空をまるで除け者にしてしまっていた。遊園地内には耳を劈く程の不協和音が響き渡っている。しかも同時に流れているサウンドの種類が一種類や二種類どころの話ではない。無数に重なり合った無限の音源がお互いに罵り合うようにしてこの広大なフィールドの大気を揺らしている。


 彼は期せずして全身の毛が逆立つ感覚を覚えた。恐怖ではない。自分の理性と五感が目の前の全てを否定しようとすることによる違和感こそが全てだった。


「ようこそ、ボクの世界へ」

 そこでセノフォンテはハッと息を飲む。眼前に広がる光景に呆けてしまっていたせいで、己が今どこに立っているのかが完全に念頭から外れていた。少なくとも、自分はつい先ほどまで怪物じみた輸送機の席で腕を組みながら瞼を少しの間だけ閉じていただけの筈だった。場面を連続として捉えるならば、今まさに自分が体験しているのは夢の延長に存在するものであり、現実世界とは一線を画した舞台であることになる。
 しかし、違和感こそ果てしなく胸中でざわついてはいるものの、この光景を夢と断ずるのにはどこか納得がいかない。

「んん?もしかして無視されてる。ボク?」
「ああ、いや。ほんと……勘弁してほしいな」
 無論、自分に向けられた口上はしっかりと耳に届いていた。自分の傍らにて同じくたってこの広大な遊園地を見据えているが喋りかけてきていたのだ。180センチ前後のセノフォンテの身の丈を優に超えたそれは、この奇妙奇天烈な世界の中で妙にハイテンションな挙動をしながら彼の前に踊り出る。

「やぁ!元気かい?」
「いえ……」

 それは煤に塗れてくすんだ小汚い衣装を纏った道化師風の人間だった。しかし、妙に巨大な体躯とふわふわとさも当然のように宙を浮遊しているその様は彼の知る人間とはどうしても乖離している。今まではただ漠然とした違和感と壮観故に呆けていただけだったが、いざそれが意思を以て自分に語りかけてくる現状に一気に恐怖が膨らんでいく。

「あなたは……?ここは何なんです?」
「言ったろう。ボクの世界だ」
「………あなたは?」
「この仮想領域の持ち主。君は今こう思っているネ。なんだ、この化け物は?ここはプラグ・S島なのか?ってね」
「ええ。まぁ」

 厚い白塗りの不気味な道化師は顔に亀裂を入れるように笑みを浮かべる。
「ボクはアンドリュー・ストロー。見ての通り愉快で優しい皆のトモダチさ。とりあえず言えることはこの空間に君に危害を加えるものは今のところないし、ボクも君とお喋りするためにここに呼んだだけだから」
「ここはプラグ・S島じゃないんです…?」
「そう。まぁ、ある意味そういう風に言うこともできるなくはないかナ。ここはボクの会社が今プラグ・Sのどこかで建設しているテーマパークの《完成形》のシミュレーションだよ。君だけじゃなく、ボクは新しくプラグ・Sにやってくる人間たち全員にやってることさ。なにも君を特別に招待したわけじゃない!」

(なんなんだよ。この化け物は…?)

 セノフォンテは自身の装備を確認する。表向きは堅気ないしは手堅い悪徳ビジネスマンの風貌のスーツ姿だが、島に秘匿潜入する上で用意された最低限のが存在する。この奇妙奇天烈な世界に誘われていても、手に触れるトリガーの感触からそれらが変異なく着装されていることがわかった。
 しかし、いくら身の危険をひしひしと感じるような怪物を前にしてもここで戦闘に持ち込むのは得策とは思えなかった。どうしたって情報が絶対的に欠如しているうえ、もし挑んだといしてもこの巨大な道化師を打ち負かせるとはとても思えない。

「アンドリュー氏。こちらとしてはどうしても無知なため不躾な質問になるかもしれませんが、何点かお尋ねしたいことがあります」
「へぇ、何点かでいいんだ。控えめだねェ」
「私はこの世界から出ることは可能なのでしょうか?」
 ブリキじみた小汚い四肢がギシギシと音を立てながら動き出す。愉快なのか、不愉快なのか、下手とも上手とも言えない躍りを道化師は見せた。

「んん。なんとも。君は誰でも聞ける質問ばかりだ。つまらない!!」
「……」
「言ったろう。ここはシミュレーション中の仮想領域だと!ここには君という個人が世界に登録されている空間座標を的確にコピーしたモノが投影されているだけであって、君はセノフォンテ・コルデロじゃあない。ただの偽物。コピーだよ。だって実際にはこの世界は存在しないんだから、君はそんな存在しない世界に映したされた肉体情報に過ぎない。だから君の原体はしっかりと元いた世界で眠りこけてるとも。君は原体のあらゆる情報を継承しているが、こちら側とあちら側には一貫性なんてものはない」
 道化師は嗤った。
「サンドボックスだよ。君ならわかるだろう?この世界で君がどんな苦痛を強いられても、どんな幸福に包まれても、原体とは世界単位で隔絶された平行ですらない下位空間だ。だから君はこの世界に幽閉された気になっているけど、現実世界に仮に戻るような処理をしたとしてもそもそも原体はこの世界を経験したわけじゃないから当然記憶の継続は原体の軸に沿う。君がこのシミュレーションに体験していることは本来の世界からは脱線した完全なるオリジナリティってわけ!」

 現実味から逸脱した現実の直視により、彼を痛烈な頭痛が襲う。この痛みまでもが現実世界となんら遜色ない鮮やかさであり、この狂気的な世界と元いた己の世界にはなんら優劣がないようにすら思われた。


「このどうやってこんな大掛かりな精神投入型のシミュレーションを実現させているんだ?…個人の情報を記憶レベルまで完全に継承して人体を架空領域に構成させるなんて本当に可能なのか…?」
「ぁあ。もちろん可能だからこそボクと君はお喋りしているんだとも」
「アンドリュー氏。あんたはプラグ・S島で生まれた人間なのか?だからこんな馬鹿げた力が使えるのか?」
「さぁ。どうだろうね。ボクは君らの言うプラグ・S島と呼ばれる場所でしか生きたことはないからねネ。でも、君たちの星の事情はだいたいわかるとも。ボクは海の外から来る人間たちの全員とこうして対面しているからネ」

「何が目的でそんなことを…」
 
 その言葉を発した瞬間、道化師の顔は日が沈むように昏く翳った。狂気を孕んだどす黒い瞳がひたとセノフォンテを見据えて離さない。

「なぁに、チケットの押し売りだとでも思ってくれてかまわないとも」
「チケット…?」
「ああ。言ったろう?この遊園地は建設途中だって!この惑星が君らの世界に晴れて臨界する時、人類にとってもにとっても最後の《試練》が幕を開けるんだ!……最終幕を演じるのはボクかもしれないし、そうじゃないかもしれない意思ある生き物ならみんなラスボス戦には心が躍るものだとも!魂を熱狂させる最高の演目が見たいなら、ボクはそのチケットをあげることにしているのさ!」
 その熱量に思わず彼は気圧された。
「……………………」
「ああ。そう。んん。言い忘れていたけど、別に君が嫌だというのならこのシミュレーションに登場する君という存在情報を今すぐ抹消しても構わないんだよ。ここで死んでも原体には一切関係なしだからネ。むしろ殆どの人間はボクを見るなり逃げちゃうからオモシロ可笑しくバラしちゃうんだけど……今回は割とお喋りしてくれたからチケットをあげるよ。お高いものじゃないから遠慮なく受け取って!さぁ」
「チケットを受け取れば現実世界に戻れるということでいいのかな…?」
「少なくとも選択の余地は残るよネ。別にここで一生暮らしてもいいし、戻りたいならそういう体で殺してあげることも簡単。シミュレーションとは言え生きている以上は死にたくないと思うけど」


 仮にシミュレーションだと言われても。どれほど現実と乖離した奇怪な世界でも。今まさに生を実感しているわが身を殺せというのがどれほど敷居の高い行為なのか。逸る血気や頬を伝う汗が死を嫌う生命の本質を叫ぶ。

――


「……じゃあ。頼みがあるんだけど」


――――――――――――――――――――
――――――――――――――――――――
――――――――――――――――――――
――――――――――――――――――――

 
 
 アンダムル・セフィロスの機体に隅まで響き渡る警報。間髪置かずにけたたましい砲声と振動が機体を揺らす。
 
 微睡の中にあったセノフォンテは仰天しながら飛びあがり、目を剥いて赤いライトの明滅の中にある機内を見渡す。誰も彼もがうろたえており、アンダムル・セフィロスが動揺の最中にあることは疑いようがなかった。状況を把握したくとも、大型輸送機たるアンダムル・セフィロスが大航海の中にある木造船舶のように激しい揺れと振動の中に置かれた状況ではまともに立っていることも容易ではない。

「これは…一体何が」
 
 怒声や悲鳴が機内に響き渡る。窓と呼べるものがほとんど存在しない機体では内部から周囲の状況を捉えることができなかった。
 次第に揺れは強まり、絶え間ない爆音が耳を劈いた。聴覚の危機を感じる程の音響の数々の前に人々の喧騒はたちまちに掻き消され、揺れが留まることを知らずに強まった。

(空中戦でもしてるのかよッ!!)


 歯を食いしばって耐えることしかできない激動の中、いよいよ素人でもわかるなんらかの被弾が機体を震撼させた。あまりの衝撃に客席に身を沈めていた者らまでもが派手に宙に浮きあがり、皆一様に慣性に引き込まれて壁に激突した。

 幸いにも頭部と壁の激突を逃れたセノフォンテだったが、背中を強打したことによる鈍痛が彼の身を襲った。
 辛うじて身を起こした彼は客室の側部に空いた風穴から絶望的な状況を思い知らされる。

「どうなってるんだよ……あれは…」

 宙に犇めく無数の軌跡。夥しい数の弾幕を演出しているのは、遥か眼下の大海に何千何万と埋め尽くされた木造帆船の群集体だった。

 海の青を埋め尽くさんという風情のそれらは一隻に何丁設えられているかもわかないほどの数の砲門から立て続けに砲撃をこのアンダムル・セフィロスに向けて仕掛けてきていたのだ。そして、おそらく今まではアンダムル・セフィロス自慢の高速飛行故に回避できていたと思われるこの弾幕が、一度の被弾を皮切りに凄まじい勢いで命中し始めた。

 数度の激動の末機体は完全にコントロールを失ったと思われ、機体は何度も内部爆発を起こしながら自壊と破壊を繰り返す。あまりの驚天動地に死への覚悟も整わないまま、多くの者は機体の破片と共に大海へ向けて放り出されていく。
 セノフォンテも悲鳴の一つすら上げる余裕なく、無情に吹き飛ばされる機体の破片と共に宙に投げ出された。

「なんでッ…なんであいつがァ!!!!」

 無力に空を舞う間にも機体から同じく零れ落ちていく者らの声が耳に届く。錐揉みされるように落ちていくその声の主はバーで一悶着あった傭兵らしき大男だった。
 それと同時にどこか納得した。
 
 眼前には既にプラグ・S島の姿がしっかりと捉えることができる。だが、たとえこの惨劇から逃れられるとしても島に辿りつきたいなどとはだろう。
 周辺空域に存在しただけでこうも無作法な洗礼を受けると知っていれば、きっと彼は職を辞してでもこの派遣を断ったと断言できると思った。

 空は揺れ続け、耳は果てしない轟音を湛える。
 程なく意識はなくなり、彼の身は遥か高空から絶海へと吸い込まれていった。





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