フリークス・ブルース

はいか

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禁断の惑星

02 未知へ

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「アブーが島への輸送機を迎撃しただと?」

 咥えた葉巻を零しながら、ビリヤードに興じていたガラの悪い男がオウム返しのように聞き返す。

「そう言ったんだ。……妙な報告だが、エリゼが検証と回収に向かっている所だそうだ。妙な報告ならそれなりに動かねばならないのが我々の仕事だからな。奴に直接訳を聞けるわけじゃない以上、遊んでばかりいるわけにもいかない」
 そう言葉を交わすのは同じく葉巻を加えた長髪の優男だった。年若いガラの悪い男を嗜めるような彼の口調に対し、彼は悪態で返した。

 視界は観葉植物に覆われ、匂いは淹れて間もない珈琲の薫りに包まれた眩しい部屋の片隅で二人はそそくさと外出の準備を始める。

「んで、迎撃されたっつう船?輸送機か。それはどうなったんだよ」
「どうもこうもない。アブーが動いて半端な結果になる筈がない。エリゼが向かっても回収できるものなんか何も残っていないだろう」

 ガラの悪い男が珈琲がなみなみと注いであるカップに手を伸ばす。湯気が立ち上ったそれの薫りを楽しむように数秒顔の前で留め置いてから、カップに口をつけた。

「………アブーの阿呆の手元が多少狂ったって構わねぇが、もしもってことになればよ」
「ああ。最悪だが、奴も斃さねばならない。無理だろうがな」
「糞だな。糞。最悪じゃねぇかよ」
「こちらとしてはそうでないことを祈るだけよ」

―――

 双方がジャケットを羽織り、よし今まさに出発しようという瞬間、その部屋の扉が静かに開いた。
 割合近代的な自動ドアは外側からある女性と彼女が抱えた何かが通り過ぎればすぐに閉じ去り、女性の険しい表情が何よりもまず飛び込んでくる。

「で、お二人さんは何をしていたのかな?」
 エメラルドを写したような美麗な瞳と髪色を持った彼女の顔は、柔らかな声音以上の凄みを内包していた。
「…おかえり、エリゼ。早かったね」
「フーシ、貴方にはがっかりしましたよ。世界滅亡のその瞬間でも貴方はガラデックスのお守りばかりしてる気ですか?」

 優男のフーシ・リンカンは苦笑いを浮かべながら、傍らのバーソロミュー・ガラデックスを見やった。
「いや何、特段エリゼ一人に任せても支障ないと信頼してのことだとも。……その様子じゃ回収できたのはそれだけだったんだろう?」
 フーシがエリゼの抱えているブランケットを顎でしゃくる。エリゼはバーソロミューのように悪態をつきながらそれを近くのソファの上に置き、被せていたブランケットに手をかける。

「それがびっくり、中身は人間でした」

 エリゼが取り去ったブランケットにくるまれていたのは、見紛うことなき一人の青年だった。磯臭くかなり濡れているが、微かに息がある様子が見て取れる。

「で、その小汚ぇガキを看取るのがこの後の仕事ってわけだ」
「何も死ぬと決まったわけじゃないだろうに。…エリゼ、彼の素性は割れたのかな?」
「その点は抜かりなく。ただ、少し事情を聞く必要がありそうなの」

―――――――
―――



 気を失ってる際、誰か見知った人間が自分に呼びかける声が聞こえて目を覚ますというのが、映画やドラマのベターな展開だろう。しかし、セノフォンテを迎えたのは噎せ返るような珈琲の薫りと、妄執して囚われた死の感触の二つであった。

 脊髄を撫でるような死神の笑みすら冗談とは思えない。漠然とした恐怖そのものが拳を突き出してくるようだった。


「ぁ…ぁあああ!!ッ!!」

 真っ暗闇に沈んでいた意識が眩い光の中で呼び覚まされる。寂寞とした死の恐怖から逃れるように勢いよく身を起こそうとするも、言うことを聞かない体躯に転ばされてしまった。


「はぁ……ハァ…ハァ……」
 
 意識的に呼吸のリズムを整えることにより、飛び出しそうだった心臓がゆっくりと落ち着きを取り戻していく。無意識に駆られていた死への脅迫観念もまた、徐々に生を実感していく感触によって鎮まっていった。

「よぉジャンキー。とりあえずは生還おめでとう。お前らは生きてることに感謝するんだろ、神とかによ」
「……ハァ…とりあえず、英語が通じる…ようで…安心したよ」

 ガラの悪い若い男が手にしていた珈琲と思われる飲み物が入ったカップを差し出してくる。
 とにかく喉が渇いてしょうがなかったセノフォンテは、本音では水が飲みたくともそれを受け取った。
「あつッ!」
「起き抜けで飲めりゃあ上出来じゃねぇか。割かしピンピンしてて恐れ入るぜ」

 熱くて唇がじんわりと痛むような珈琲でも、今の彼にとってはありがたかった。

「で、聞かせて貰おうか。セノフォンテ・コルデロ。何を見た?」


 そこで初めてセノフォンテの頬に理性から来る冷汗が伝う。状況が呑み込めないのは輸送機が撃墜されてから一貫しているが、眼前の男が自分の名を把握している理由が見えない。セノフォンテは秘密裏に派遣された特殊工作員であるからして、身元が明るみになるということ自体が望ましいものではない。

「……あなた方は?」
 セノフォンテから発せられたその問に対し、観葉植物で埋め尽くされている部屋の片隅で息を潜めていたと思われる他二人の人物がゆっくりと姿を現す。やれやれといった感で薄ら笑いを浮かべているが、眼前のガラの悪い男も彼らも決して楽観できるような安心安全な人間には思えなかった。
「おやおや。お気づきとは恐れ入った。流石はアラートとかいう特殊部隊に所属してるだけのことはあるね」
「何故、私のことを?」
 訝しむ様子のセノフォンテに構いなく、エリゼ・キホーテは歩み寄った。手にしていた注射器の針を青ざめた彼の肌に迷いなく突き立て、ひと思いに何かを流しこんでいく。

「…貴方に関する情報はこちら側である程度把握しています。確かな筋としか言い様がないのが歯痒いですけど、少なくとも外界の仔細は筒抜けです。ともあれまずは上陸を喜んでください。ここは貴方の目的地であるプラグ・S島と呼称される島であり、貴方は瀕死ながらにも見事辿りつくことができたわけですから」
「私の素性が知れているのは百歩譲って構わないとして…私が知りたいのはあなた方が一体何者であるのかという点と輸送機が何故撃墜されたのかということですよ」

 何を注入されたのかは定かではないが、冷えていた体がそれを境に一挙に温まるように感じられた。みるみるうちに五体から疲労が溶けていき、痛みもまたどこか遠くへ失せていくようだった。


「それには私から説明させて頂こうかな。セノフォンテ君」
 それは長身の優男から発せられたものだった。相変わらずセノフォンテは彼らに対して怪訝な面持ちを崩しはしないが、何よりも情報不足と現状把握ができていない彼にとっては贅沢を言っていられるだけの余裕はない。

「ここは外界名称でいうプラグ・S島の第一圏・ウォンデハ。島と呼ばれる所以は外界からの座標観測や衛星画像が捏造された架空の創作物を出力した結果というだけであり、ここは無数に連なる個別宇宙と天体の化合物。言うなれば地球上に別途で誕生した方向性の異なる宇宙と惑星だ」
「は?」
「見かけ上は直径200kmやそこらの小さな島だが、内実は常に膨張と縮小を繰り返している亜空間の継接ぎした世界。それらは星同士の接合と分離を繰り返しながら、独自の物理法則と生命論理で顕現している。ここはおよそ大別して10に分かれた惑星の一つ。第一圏とされるもっとも外側の世界だ。唯一外界との繋がりを持ったダークマターであり、外界から観測が可能な島の部分といっても良い。第一圏に辿り着くには船や輸送機がベターな手段で、君のように島に辿りつく前に迎撃された例は前例が殆どない。…だからこそ、それが運が悪かっただけなのか、必然的な仕組みなのかを調査する必要が我々にはある」
「………」
「私らの仕事はこの接合された世界の中でとある種族を根絶させることに尽きる。……ああ。言い忘れていたけど、私もこの二人も生まれこそ君とは別次元の手合いではあるが、間違いなく人間であることは保証するよ。無論、君が人間であるという前提で話を続けていくことになるが……まぁ、高空から海に叩きつけられて何故か生きていることを除いては、君は人間といって支障ないことだし」

 そこに生まれる疑問符。セノフォンテ自身がよく理解していることだ。高度不明とはいえ遥か高空から海に叩きつけられる衝撃は交通事故などの衝撃の比ではない、それこそあの無窮の弾幕のいくつかの直撃に等しいエネルギーだろう。身をもって予感した死の現実からこうして解き放たれているとはいえ、今ここに自分が存在しているということに対する違和感そのものが払拭されたわけではない。

「今、この体がバラバラになっていない現状には何か説明がつけられるものなんですかね…?」
「理由は何点か考えられるよ。最も有力なのはアブー・アル・アッバースと呼ばれるあの艦隊を出現させたヴァンプールの能力の関係で君の落下地点が海とは別の亜空間に変換されたことによるエネルギーの吸収やら発散やらの減少だね。規模がデカい能力には第一圏とは言え空間自体が捻じ曲げられても特段不思議なことではないからね」
「ヴァンプールとは…?」

 そこでガラの悪い男の方が口を挟む。
「おいフーシ。テメェ流れでベラベラ喋ってるが、このジャンキーにそこまで親切にしてやるこたねぇだろ。それこそどこぞのお国じゃなく世界規模の組織に身を置いてんならなおさら厄介だ。たとえこっちの事情を知ったところで毛ほども理解できねぇだろうしよ…何より、俺はこいつをさっさとアブーの糞野郎に差し出しちまった方が余計な角が立たねぇと思うんだが?」
「わかるよ。ガラデックス。だが、私とて親切心だけで言ってるんじゃない。確かに彼がこのまま第一圏から離れて外界へ出ようとするかもしれないし、それ以前に彼の安否や任務の可否を判断してお仲間が大量に第一圏に投入されるかもしれない」

 まるでそれがあり得ないとでも言いたそうなフーシと呼ばれる優男の言い方にひっかりを持ったセノフォンテは、じりじりと歩み寄ってくるガラデックスという男を見やる。
「…悪いがジャンキー、こっちにも立場と自分らで保証するしかない自由ってやつがあるんだわ。お前さんがどういう目的でわざわざこっち側に来たのかは定かじゃねぇが、少なくともお前があの空難で死んだって事実の方が外の世界の連中には遥かに呑み込みやすいことだろうよ。で、まぁ、これはお前に選択肢があるって話になるわけだ」
 そこでガラデックスの顔には笑みが浮かぶ。そして人差し指を立てる。
「まず、ここで俺かフーシ、まぁエリゼでも構わねぇ…俺らのうちの誰かに殺される。これには口封じと厄介払いと何かしらの個人的趣味が絡んでくることの結果だ」
 次に中指が立つ。
「二つ目の選択肢はフーシからの懇切丁寧なプレゼンを最後まで黙って聞いて、俺らに全面的に協力することを誓う。だが、俺らの仕事にお前が役に立つ確証がゼロなんでその場合はお前が生きてることを何らかの形で外界に通達してお前には金のなる木として役立ってもらうことになる可能性が高ぇ。んで、三つめはこれら二つの併せ技だな。お前には何らかの形で最大限役に立ってもらった後、口封じと厄介払いと個人的趣味に照らして処分する」

「………………」
「悪いね、セノフォンテ君。ガラデックスの言い方には少し難があるが、概ねその通りさ。ま、一度死んだ命と思えば、ね?」

(ね?じゃねぇよ。こいつら本気で俺を殺す気じゃないか)
 セノフォンテは少し瞼を閉じて考える。先ほどの注射を受けてから、体は芯から温まり思考も晴れやかだった。全身を苛むような鈍痛は消え去り、四肢五体には十分に力を籠められる。

「その前に一つ質問があるんですが……私の漂流時の装着物に何か棒状のものが幾つかありませんでしたか?」
「ああ。そういえばあったなぁ、三つくらいだけどそこに置いてあるよ」
 エリゼが指差す方向に視線をやり、それを確認する。


 そこからはひと思いに全身に気力と気迫を注ぎ込み、全力でその三つの棒まで駆け詰める。急な行動にガラデックスは目を見開きながらも黙ってそれの様子を見ているが、どうやらセノフォンテの様子が少し妙だった。

「おやおや、なんだか物騒だねぇ」
 フーシが不敵な笑みを浮かべながら彼を嗜める。セノフォンテは瞬く間に手にした三つの棒を高速に変形させ、三つの棒状のものから即座に黒く細長い棍のようなものを作りだしていた。その目には燃え盛るような闘志が宿っており、彼の選び取った結論が自分らの提示した選択肢に含まれていないことがすぐに理解できた。


「俺の答えはこうです―――――
 皆さんを口封じと厄介払いと個人的な主観によって殺害し、この場を治める」


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