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禁断の惑星
03 最初の戦い
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「三節混…いや、違うね。その様子じゃあ連結可能なスティックが他にもあって、組つなげて長物を形成するってカンジか」
フーシが観葉植物の背景に埋もれるように後ずさっていく。ジャケットの懐から葉巻を取り出し、少し離れた位置にあるテーブルに腰かけてから余韻たっぷりと火をつけた。
「なんにせよ趣味が悪ぃな。それ何で出来てるんだ?……劣化ウランか?」
ガラデックスは鳴らすばかりでセノフォンテに近づく様子も距離をとる様子も見せなかった。両手をポケットに深くうずめた様は素人から見ても隙だらけであり、相対的に距離をとっているフーシよりは断然制圧し易い対象に見えた。
「さぁねッ…!」
数瞬と待たずにセノフォンテが仕掛ける。目標はおよそ四歩で到達できる最も近い位置にいるガラデックスであり、肉迫していく彼の速度に対してガラデックスは少しの動きも見せなかった。たとえ抜き身のナイフや装填済みの拳銃をホルダーから取り出したとしても、セノフォンテの先制の一撃は防ぎようがないように思われた。
タックルに似た高速の足運びと的確な重心管理。そこに余りある膂力と先端にかけて重みを増す《撃墜棍》の武器特性の乗算が果たされ、強烈な水平薙ぎ払いがガラデックスに命中した。
「そーいうのは俺の担当じゃねぇんだわ。残念だったなジャンキー。この女は怖ぇぞ?」
濁った黄色の刃が強烈な一撃を防いだ。何より驚くべきなのは、人体であれば肉を抉り骨を砕くその一撃を受け止めたのにも関わらず、剰えその結果吹き飛ばされたのはセノフォンテの方だったことだ。肉を震わせるような衝撃の反動が彼を包んで押し戻し、反対にそれを成したエリゼは何事もなかったかのように突っ立ている。
「いやー、嬉しいな。第一圏にはあんまり近接型の…しかも人間は珍しいんだよ?しかも外界の人間。これは重畳、ちょっと私の趣味に付き合ってもらおうかな!」
転倒したセノフォンテは素早く立ち上がってエリゼの姿を捉える。手にしている得物は刃物であり、それも全長70cm程度の短剣の類に属するものだ。形状からしてルネサンス期に流行したようなファルシオンに似通った片刃の凶器であるが、セノフォンテの手にしている棍との重量比は明確であり、本来であれば力負けなどあり得ないような得物だ。
「………」
「さ、やろうよ。間違っても降参なんてしないでよね」
俊敏な足運び。異様な手数の剣線。握りの緩急により対格差は無用の長物となり、出来レース染みた防戦一方の展開。
それでもセノフォンテは己の最も得意とする棒術の性質や強み、敵対者への有効打点を理解していた。一般人や多少心得がある程度の凶器保有者なら無論のこと、武道の求道に身を置く人間に対してもセノフォンテは基本的に後れを取ることはなかった。対人戦闘であればシミュレーションでも組手でも近年では負け知らずの成績であり、拳銃を持った複数人が相手でも正面から突破した経験だってある。
(なんだこの女!?)
首筋に刃が掠める。数瞬回避が遅れれば間違いなく致命傷だ。すかさず撃墜棍の持ち味である大上段からの強烈な振り下ろしを繰り出すが、確かに捉えたと思われた身軽な体躯は既にその在点には姿がなかった。代わりにふわりと宙に浮きあがった影だけが取り残されたようにそこにあり、死に物狂いで反応したセノフォンテの咄嗟の防御により大上段からの返しの割撃を受け止めて見せた。
天地無用の体格と重量比、さらには得物の相性すら覆してしまう圧倒的な速度と重み。桁違いに思われる一太刀の鋭さと膨大な負荷を纏った攻撃は、その衝撃だけでセノフォンテの右膝を打ち砕いた。
(受けも返しも通用しないッ!空からバッファローでも降ってきてるみたいだ…)
おそらく彼女であれば、その気になれば斬鉄すら可能であろうと難なく納得できた。一撃の重みや鋭さだけの話ではなく、全身を使ったアクロバットそのものの立ち回りであったり、近接格闘における弱点と特徴を把握している者特有の握りの緩急と視線運び。足運びに至ってはブラフさえ混ぜ込んで隙を誘うという余裕の表れすらあった。
「いいねぇ、君。抜き身の得物で十合以上打ち合うのは久々だよ」
「あり得ない……こんなのふざけてる」
「ふざけてやってやろうか?あと百合交わす元気があるなら大歓迎だよ」
「種や仕掛けがあるようには思えない……でも、打ち合いで弾かれるのはまだしも、こうも子供扱いされるなんて…ッ」
するとエリゼはふと笑みをその顔から消す。ゆらりと姿勢を崩した彼女はそのまま伏すようにして床につくばってみせた。
「君は理屈が好きそうだね。…いいとも。ならばその自前の屁理屈を以てこの隙を付いて見せてよ。君らの世界の物理とは神と大地の契約により罷る権能だ。君の持ってるイメージでは私たちとは想像力の本質がそもそも異なる。地球に準じた死に方がお望みならそうすればいい。私もそれなりの敬意をもって貴方を屠って見せるとも」
常軌を逸した不利な姿勢の展開。特殊な例を除いてはこの状態から立ち位置の物理的な不利を超越して彼に短い刃を届けるには無理がありすぎる。しかし、それでもなお異彩放つエリゼの只ならぬ気配にセノフォンテは身じろぎの一つもできなかった。
「実力もなければ気概もない。見どころなしだよ、まったく」
吹きあがるような威圧の後に、空気が揺らめく。揺らいだ空間に併せるように起き上がり際の彼女の刃が振られる。それは微かな跫音と共に何やら不穏な波長となって星のようにセノフォンテの目を眩ませた。
「う゛ッ…!?」
次の瞬間には彼の皮膚の至るところに創傷が刻まれていた。滲み出す血と共に鮮烈な痛みが彼を包み込み、力むほどに顕れていなかった傷口が立て続けに姿を現した。
(散弾かッ!)
銃声こそしないが、まず真っ先に想起したのは銃撃の可能性だった。しかし、衝撃により目まぐるしく転倒した最中では銃を見つけることができない。それにそもそも散弾が浴びせかかってきたのは他でもないエリゼが立つ方向からであり、そこには彼女以外に人間の姿はない。
そこでセノフォンテの脳裏にある可能性が過った。
(あり得るのか…そんな馬鹿な話が)
飛ぶ斬撃など、空想科学でしか成し得ないようなSFやファンタジーの領域。物理法則も力学エネルギーも悉くせせら笑うような人智未踏と呼んでも過言でない世界の話だ。
「さてさて、君の理詰めで凝り固まった脳味噌には些か難題を押し売りしてしまった所、非常に心痛むストーリーになってしまうこと申し訳ないけども。……そろそろ興も冷めてきた頃なんでその首を痛快奇天烈に飛ばして見せようか」
今度のエリゼは隙の一切を置き去ったような中段の構えをとって見せた。常でさえ打ち込み様に弄されるセノフォンテの打ち筋では到底その体に一撃を与えることもできないだろう。
「それとも虎の子を見せてくれるのかな?……お高い国のお偉い坊ちゃん」
―――
そこでセノフォンテの息が止まる。
これまで抑えていた嗚咽が堰を突き抜ける奔流のように溢れ出してきた。
悲痛に涙を流す彼の姿を前にエリゼから笑みが消える。
―――
只ならぬ死の予感。それを輸送機が撃墜され、海の青に吸い込まれていくその瞬間に確かに感じた。
滑らかに死の穴に落ちていく感触。自由の悉くを撃ち落とされた弱者の末路。羽を捥がれた虫。
自分を殺そうとする力はどれもあまりにも強大なもので、まるで抵抗を許してくれない。
運命すら呪ってしまいそうだ。
生への執念より遥かに大きな引力で死に引き寄せられてしまう。
幼少より自由を奪われた。それは自由を掴んだ悪を挫く為であり、正義のために力をつけた。
人を殺した経験だってある。初めての殺人は訓練を担当していた見知らぬ国の老齢の師範だった。それも年端もいかない子供の齢で。
呼吸も握りも、技巧も技も全てを盗んだ。自分の者にしてそれを何よりの強みにした。そこには確かな力あった。
罪のない師範を無垢にも殺してしまった罪と十字架を背負う覚悟で世界のために戦う仕事に就いた。そう最初から仕組まれていたレールの上であっても必死に努力し、大きな功績をあげて陰ながら多くの人の命を繋ぎとめた。
―――
「…の仕打ちが…これかよ」
「………………」
震えた声音が静かに重みを持つ。
「俺が……俺が多くの人を傷つけたのはこれから育つ世代のため、世界のため。神に誓ったのは恒久の平和のためだッ…俺はこんなところで死んじゃいけないんだよッ!!!!!」
「それはご立派」
「お前らがいなければ、あの海賊がいなければッ!!!俺はもっと多くの人の命を救えるんだ!!」
「…挑んで来た癖に随分と陰湿なことを言うね。君」
「真善美に背いても俺は戦い続けるんだよ!!」
気づけば足が勝手に動いていた。体に刻まれた無数の創傷から血が噴き出す。呼吸すら置き去った限界の躍動で一気にエリゼとの距離が詰まり、大上段に振り上げた撃墜棍に力が籠められる。
冷静になれば格上の刃物使いに対してこの構えは無謀無策も良い所だ。これでは振りかぶっている間に首を穿たれても文句は言えない。しかし、受けに心力を注ぎ、怖がりながら仕合っていては決して辿り着くことない実力者の眉間を狙うにはこれほどの勇気と無謀を持たねば到底無理なことだった。
攻撃を仕掛けるまでは刹那のように一瞬のことであったが、それでも彼には無数に切り取ったモーションの一つ一つが鮮明に頭にイメージされ、同時に脳裏にフラッシュバックしていた。
撃墜棍が最も高く振り上げられた瞬間、只ならぬ力が背中を押すようにその両椀に力を宿した。目には殺意が炎となって噴き上げ、噛みしめた顎の力が髪を逆撫る。
―――― 撃墜 してやる
「エリゼ受けるなッ!!!!それはアブーの権能だ!!」
ガラデックスの忠告より先にエリゼは飛び退いていた。次の瞬間には白い床は打ち砕かれた天井と共に深々と陥没し、無音の衝撃は岩盤に亀裂を入れながら部屋の細部までに強烈な衝撃波を届ける。余韻により身動ぎしないセノフォンテの体躯は自身が打ち砕いた床の陥没に任せて瓦礫に交じって転落する。
清潔感のあった観葉植物まみれの部屋にはセノフォンテを起点に風穴が空き、それを囲うようにガラデックス、エリゼ、フーシが立ち尽くしていた。
「……フーシ、どうする?」
「いやあ。どうだろ。紐づいた理由はわからないが、私個人の裁量で判断するのは少し荷が重い」
フーシは苦笑いを浮かべながら首筋をしきりに掻きむしった。
「もしあの糞野郎の恵能者なら俺の領分だな。フーシ、準備しろ。出かけるぞ」
「それって…」
砕けた床からセノフォンテが億劫そうに這い出てきた。その瞳には先ほどまでの気迫がまるでなかった。
「よぉ。お疲れ!ジャンキー、お楽しみだったところ悪いが喧嘩は終わりだ。これから一緒にドライブするぜ、一週間くらい寝れねぇから覚悟しておくんだな」
ガラデックスは手を差し出した。荒くれ者らしく、手を取ろうとしなかったセノフォンテの腕を無理やりにつかみ取って引き上げた。
「仲良くやろうぜ、ブラザー」
フーシが観葉植物の背景に埋もれるように後ずさっていく。ジャケットの懐から葉巻を取り出し、少し離れた位置にあるテーブルに腰かけてから余韻たっぷりと火をつけた。
「なんにせよ趣味が悪ぃな。それ何で出来てるんだ?……劣化ウランか?」
ガラデックスは鳴らすばかりでセノフォンテに近づく様子も距離をとる様子も見せなかった。両手をポケットに深くうずめた様は素人から見ても隙だらけであり、相対的に距離をとっているフーシよりは断然制圧し易い対象に見えた。
「さぁねッ…!」
数瞬と待たずにセノフォンテが仕掛ける。目標はおよそ四歩で到達できる最も近い位置にいるガラデックスであり、肉迫していく彼の速度に対してガラデックスは少しの動きも見せなかった。たとえ抜き身のナイフや装填済みの拳銃をホルダーから取り出したとしても、セノフォンテの先制の一撃は防ぎようがないように思われた。
タックルに似た高速の足運びと的確な重心管理。そこに余りある膂力と先端にかけて重みを増す《撃墜棍》の武器特性の乗算が果たされ、強烈な水平薙ぎ払いがガラデックスに命中した。
「そーいうのは俺の担当じゃねぇんだわ。残念だったなジャンキー。この女は怖ぇぞ?」
濁った黄色の刃が強烈な一撃を防いだ。何より驚くべきなのは、人体であれば肉を抉り骨を砕くその一撃を受け止めたのにも関わらず、剰えその結果吹き飛ばされたのはセノフォンテの方だったことだ。肉を震わせるような衝撃の反動が彼を包んで押し戻し、反対にそれを成したエリゼは何事もなかったかのように突っ立ている。
「いやー、嬉しいな。第一圏にはあんまり近接型の…しかも人間は珍しいんだよ?しかも外界の人間。これは重畳、ちょっと私の趣味に付き合ってもらおうかな!」
転倒したセノフォンテは素早く立ち上がってエリゼの姿を捉える。手にしている得物は刃物であり、それも全長70cm程度の短剣の類に属するものだ。形状からしてルネサンス期に流行したようなファルシオンに似通った片刃の凶器であるが、セノフォンテの手にしている棍との重量比は明確であり、本来であれば力負けなどあり得ないような得物だ。
「………」
「さ、やろうよ。間違っても降参なんてしないでよね」
俊敏な足運び。異様な手数の剣線。握りの緩急により対格差は無用の長物となり、出来レース染みた防戦一方の展開。
それでもセノフォンテは己の最も得意とする棒術の性質や強み、敵対者への有効打点を理解していた。一般人や多少心得がある程度の凶器保有者なら無論のこと、武道の求道に身を置く人間に対してもセノフォンテは基本的に後れを取ることはなかった。対人戦闘であればシミュレーションでも組手でも近年では負け知らずの成績であり、拳銃を持った複数人が相手でも正面から突破した経験だってある。
(なんだこの女!?)
首筋に刃が掠める。数瞬回避が遅れれば間違いなく致命傷だ。すかさず撃墜棍の持ち味である大上段からの強烈な振り下ろしを繰り出すが、確かに捉えたと思われた身軽な体躯は既にその在点には姿がなかった。代わりにふわりと宙に浮きあがった影だけが取り残されたようにそこにあり、死に物狂いで反応したセノフォンテの咄嗟の防御により大上段からの返しの割撃を受け止めて見せた。
天地無用の体格と重量比、さらには得物の相性すら覆してしまう圧倒的な速度と重み。桁違いに思われる一太刀の鋭さと膨大な負荷を纏った攻撃は、その衝撃だけでセノフォンテの右膝を打ち砕いた。
(受けも返しも通用しないッ!空からバッファローでも降ってきてるみたいだ…)
おそらく彼女であれば、その気になれば斬鉄すら可能であろうと難なく納得できた。一撃の重みや鋭さだけの話ではなく、全身を使ったアクロバットそのものの立ち回りであったり、近接格闘における弱点と特徴を把握している者特有の握りの緩急と視線運び。足運びに至ってはブラフさえ混ぜ込んで隙を誘うという余裕の表れすらあった。
「いいねぇ、君。抜き身の得物で十合以上打ち合うのは久々だよ」
「あり得ない……こんなのふざけてる」
「ふざけてやってやろうか?あと百合交わす元気があるなら大歓迎だよ」
「種や仕掛けがあるようには思えない……でも、打ち合いで弾かれるのはまだしも、こうも子供扱いされるなんて…ッ」
するとエリゼはふと笑みをその顔から消す。ゆらりと姿勢を崩した彼女はそのまま伏すようにして床につくばってみせた。
「君は理屈が好きそうだね。…いいとも。ならばその自前の屁理屈を以てこの隙を付いて見せてよ。君らの世界の物理とは神と大地の契約により罷る権能だ。君の持ってるイメージでは私たちとは想像力の本質がそもそも異なる。地球に準じた死に方がお望みならそうすればいい。私もそれなりの敬意をもって貴方を屠って見せるとも」
常軌を逸した不利な姿勢の展開。特殊な例を除いてはこの状態から立ち位置の物理的な不利を超越して彼に短い刃を届けるには無理がありすぎる。しかし、それでもなお異彩放つエリゼの只ならぬ気配にセノフォンテは身じろぎの一つもできなかった。
「実力もなければ気概もない。見どころなしだよ、まったく」
吹きあがるような威圧の後に、空気が揺らめく。揺らいだ空間に併せるように起き上がり際の彼女の刃が振られる。それは微かな跫音と共に何やら不穏な波長となって星のようにセノフォンテの目を眩ませた。
「う゛ッ…!?」
次の瞬間には彼の皮膚の至るところに創傷が刻まれていた。滲み出す血と共に鮮烈な痛みが彼を包み込み、力むほどに顕れていなかった傷口が立て続けに姿を現した。
(散弾かッ!)
銃声こそしないが、まず真っ先に想起したのは銃撃の可能性だった。しかし、衝撃により目まぐるしく転倒した最中では銃を見つけることができない。それにそもそも散弾が浴びせかかってきたのは他でもないエリゼが立つ方向からであり、そこには彼女以外に人間の姿はない。
そこでセノフォンテの脳裏にある可能性が過った。
(あり得るのか…そんな馬鹿な話が)
飛ぶ斬撃など、空想科学でしか成し得ないようなSFやファンタジーの領域。物理法則も力学エネルギーも悉くせせら笑うような人智未踏と呼んでも過言でない世界の話だ。
「さてさて、君の理詰めで凝り固まった脳味噌には些か難題を押し売りしてしまった所、非常に心痛むストーリーになってしまうこと申し訳ないけども。……そろそろ興も冷めてきた頃なんでその首を痛快奇天烈に飛ばして見せようか」
今度のエリゼは隙の一切を置き去ったような中段の構えをとって見せた。常でさえ打ち込み様に弄されるセノフォンテの打ち筋では到底その体に一撃を与えることもできないだろう。
「それとも虎の子を見せてくれるのかな?……お高い国のお偉い坊ちゃん」
―――
そこでセノフォンテの息が止まる。
これまで抑えていた嗚咽が堰を突き抜ける奔流のように溢れ出してきた。
悲痛に涙を流す彼の姿を前にエリゼから笑みが消える。
―――
只ならぬ死の予感。それを輸送機が撃墜され、海の青に吸い込まれていくその瞬間に確かに感じた。
滑らかに死の穴に落ちていく感触。自由の悉くを撃ち落とされた弱者の末路。羽を捥がれた虫。
自分を殺そうとする力はどれもあまりにも強大なもので、まるで抵抗を許してくれない。
運命すら呪ってしまいそうだ。
生への執念より遥かに大きな引力で死に引き寄せられてしまう。
幼少より自由を奪われた。それは自由を掴んだ悪を挫く為であり、正義のために力をつけた。
人を殺した経験だってある。初めての殺人は訓練を担当していた見知らぬ国の老齢の師範だった。それも年端もいかない子供の齢で。
呼吸も握りも、技巧も技も全てを盗んだ。自分の者にしてそれを何よりの強みにした。そこには確かな力あった。
罪のない師範を無垢にも殺してしまった罪と十字架を背負う覚悟で世界のために戦う仕事に就いた。そう最初から仕組まれていたレールの上であっても必死に努力し、大きな功績をあげて陰ながら多くの人の命を繋ぎとめた。
―――
「…の仕打ちが…これかよ」
「………………」
震えた声音が静かに重みを持つ。
「俺が……俺が多くの人を傷つけたのはこれから育つ世代のため、世界のため。神に誓ったのは恒久の平和のためだッ…俺はこんなところで死んじゃいけないんだよッ!!!!!」
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「…挑んで来た癖に随分と陰湿なことを言うね。君」
「真善美に背いても俺は戦い続けるんだよ!!」
気づけば足が勝手に動いていた。体に刻まれた無数の創傷から血が噴き出す。呼吸すら置き去った限界の躍動で一気にエリゼとの距離が詰まり、大上段に振り上げた撃墜棍に力が籠められる。
冷静になれば格上の刃物使いに対してこの構えは無謀無策も良い所だ。これでは振りかぶっている間に首を穿たれても文句は言えない。しかし、受けに心力を注ぎ、怖がりながら仕合っていては決して辿り着くことない実力者の眉間を狙うにはこれほどの勇気と無謀を持たねば到底無理なことだった。
攻撃を仕掛けるまでは刹那のように一瞬のことであったが、それでも彼には無数に切り取ったモーションの一つ一つが鮮明に頭にイメージされ、同時に脳裏にフラッシュバックしていた。
撃墜棍が最も高く振り上げられた瞬間、只ならぬ力が背中を押すようにその両椀に力を宿した。目には殺意が炎となって噴き上げ、噛みしめた顎の力が髪を逆撫る。
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「エリゼ受けるなッ!!!!それはアブーの権能だ!!」
ガラデックスの忠告より先にエリゼは飛び退いていた。次の瞬間には白い床は打ち砕かれた天井と共に深々と陥没し、無音の衝撃は岩盤に亀裂を入れながら部屋の細部までに強烈な衝撃波を届ける。余韻により身動ぎしないセノフォンテの体躯は自身が打ち砕いた床の陥没に任せて瓦礫に交じって転落する。
清潔感のあった観葉植物まみれの部屋にはセノフォンテを起点に風穴が空き、それを囲うようにガラデックス、エリゼ、フーシが立ち尽くしていた。
「……フーシ、どうする?」
「いやあ。どうだろ。紐づいた理由はわからないが、私個人の裁量で判断するのは少し荷が重い」
フーシは苦笑いを浮かべながら首筋をしきりに掻きむしった。
「もしあの糞野郎の恵能者なら俺の領分だな。フーシ、準備しろ。出かけるぞ」
「それって…」
砕けた床からセノフォンテが億劫そうに這い出てきた。その瞳には先ほどまでの気迫がまるでなかった。
「よぉ。お疲れ!ジャンキー、お楽しみだったところ悪いが喧嘩は終わりだ。これから一緒にドライブするぜ、一週間くらい寝れねぇから覚悟しておくんだな」
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