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禁断の惑星
05 最終圏の剣
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風に靡く長髪。全身が錆びたように赤銅と褐色に包まれていて、似合わない宮廷道化師調の化粧が無骨な顔表を不気味に笑みで濡らしていた。ブリキで出来たようなちぐはぐな鎧のようなものを身にまとったそれは、太陽のない世界に無数に並んだ街頭に淡く照らされながら、妙に姿勢正しくオープンカーの前に立ち尽くしていた。
「アブーに用事があるのなら諦めた方が良い。奴は少々立て込んだ事情があるらしく、君らの相手をしている暇はないと見た」
道化師調のその存在はそう言うと、腰に下げていた四本の剣柄のうちの一つからすらりと細剣を引き抜いた。ステッキ染みたそれを手の周りでくるくると振り回し、少し俯いて大きな帽子で顔の半分を覆った。
「ここで君らに会うつもりはなかったが、仕方がない。因縁を誹るほど君らの事は知らないがね」
明らかなあちら側の敵対姿勢に対し、エリゼは既に先ほどと同様の短剣を手にしていた。それだけでなくフーシもまた物騒な重火器を準備している。不安な面持ちを浮かべるセノフォンテにまず先に言葉をかけたのはガラデックスだった。
「ジャンキー。お目覚めから立て続けで悪ぃが戦闘だぜ」
「え?」
「俺は悪いが見てるだけになるが、フーシとエリゼがいれば多分お前がみすみす死ぬことはねぇとは思う。しかしキツイのが相手だ。エリゼに併せる必要はねぇが、お前の《撃墜》の力はおそらく奴に有効だ。お前は自分が割り込めそうなタイミングでアレを出せ。そうすれば勝機がぐっと上がらぁ」
撃墜の力を使えと言われたところで今この場には撃墜棍はなく、そもそも狙って使えるのかどうかも定かではない力。その所在不明の技が役立つと言われてもどうしていきなり現れた敵とやらに躊躇なく使えると思えるのだろうか。彼らが敵と宣うそれは、剣を引き抜いてからというもの構えをとってから一向に動く素振りを見せてはいない。
しかし、楽観したその姿勢は次の瞬間に打ち砕かれる。空気が揺らめく何かの前兆染みたものが肌を撫で、視線を向けるより先に鋭い剣戟の音が立て続けに聞こえてくる。つい今まで前方の助手席に座していたエリゼがまたもや人間離れした機動力を以て細剣の道化師に詰め寄り攻勢を展開していたのだ。
(……ッ!?)
形容し難いまでの剣戟の衝撃。自身が打ち合っていた時とは比較にならないまでの殺意を纏った剣線が躊躇なく道化師の細剣と交わっていた。あのレベルの攻撃であればおそらく十合重ねるまでもなくセノフォンテの全身が切り裂かれ、余裕をもって心臓を串刺しにすることも容易であったろう。その鬼気迫る殺気は周囲に突風のように吹き荒れ、全身が恐怖から鳥肌に攫われた。
「奴のオリジナルはアーカス・レイ・ワダク。少し前に死んだ俺たちの仲間だった男だ。……お前と同じ外界から第一圏に来た愉快な記者だったが、最期はかなりあっけなく逝っちまった。しかし、アレは別者。死者蘇生とも違う。アレはとある別空間からやってきた人間であり、最終圏のヴァンプールの権能で作られた手駒のお使い人形とでも理解しておけ」
「倒せるんですか…?」
「あれと戦うのは初めてじゃねぇが、俺が出ればワンパンだ。だが、奴が他のお使い人形を呼び寄せる可能性もあるから無暗に力を使いたくない。エリゼ一人じゃ負け濃厚なくらいには強ぇから、一人で出くわした時は死に物狂いで逃げるんだな。だが、今回は戦ってくれや」
――――
目を凝らせば霧に包まれたビル群が姿を現す。これが非現実的だと思うのは、セノフォンテが外界出身者だからだろうか。過剰なほどに乱立した信号機は藤と燈を加えた五色の発色を奇怪に組み合わせており、車の一つも走っていない街道は静かに炎を揺らすランプ灯の光だけが朧げに揺れているばかりだった。
爽やかな空気が吹き抜ける風通しの良いオフィス街。木の葉を落とす木漏れ日の街路樹の乱立。モダンなようであり、荒々しい建設物の数々。ウィンドウショッピングでも楽しめそうなガラス張りの店の並びには80年代のアメリカで流行りが効きそうな懐かし気なファッションを纏ったマネキンがこちらを覗き込んできている。
ビルの一つが倒壊し、その巨大な影が町を昏く染める。爆薬や重機械を用いたのではない。ハリウッドも真っ青な大立ち回りを繰り広げるたった二名の人間の戦闘の余波だけで図太いオフィスビルディングが捥ぎ取れたのだ。二人が使っているのは人間文明が古くから利用してきた刃を用いた戦闘器具であり、依然として白兵戦から脱してはいなかった。
(どうやって割り込めってんだよ……大怪獣も泣いて逃げだすぞこんなの…)
「滅茶苦茶だ…」
思わず声が零れる。先ほどの戦いは完全にあの観葉植物塗れの部屋を気遣った完全な手加減バトルだったと断言できる。見慣れぬ異郷で人智を超えた体躯たちの戦闘。F1レースでさえ注意すれば目で追えるというのに、二人の戦いはその身が消えてもなお粉塵がしばらく立ち込める爆撃の趣さえあるため、居場所を見定めるのも容易ではない。
無理やり塗りたくったようなアスファルトの地面が激しく揺れ、やがてその揺れが徐々に激しさを増して彼に近づいて行った。
「おっらァ!!!!」
エリゼの咆哮に併せて道化師がセノフォンテの前に吹き飛んできた。アーカス・レイ・ワダクの装いは先ほどより少しブリキ風の甲冑が大きめに体を覆っている以外は特に代わり映えはなく、手にした細剣も微塵の刃こぼれすらなく手に握られていた。
反対にエリゼの体には目で見てわかるほどのありありとした無数の創傷が刻まれており、衣服のほとんどが血で濡れていた。外界の常識で測ればここまで惨たらしい身体になっては戦うことはおろか立っていることも不可能に近いはずだ。
しかし、彼女はそんな体になってなお、燃えるような闘志と殺意を以て攻撃を続けている。立ち向かう度にその刃はアーカスの甲冑を的確にとらえて大きな音を鳴らすが、アーカスは怯むことなく反撃してそれをエリゼは避けきれないでいた。
「さぁ、セノフォンテ君。そろそろ君も行こうか!!」
突如背後から届いたフーシのその言葉を掛け声に、突き抜けるような銃撃が二人の立ち合う最中に注ぎ込まれていく。凄まじい明滅を放つマズルフラッシュの中、セノフォンテの足元にはフーシがどこからか用意したと思われる重みのある槍が転がっており、背中を押される思いでそれを咄嗟に手に取った。
驚くべきことに今まさに立ち合いの最中にある二人はその弾丸の雨を意に介さずに戦闘を続けていることだ。エリゼに至っては弾丸の飛んでくる方向を見てすらいないのにそれを回避している上、選択したように弾の届かない位置に身を潜らせながら剣を振り続けている。
アーカスの方はそもそも弾丸が当たる度に甲冑がガシャガチャと音を上げて揺らすばかりでそもそもダメージも衝撃も影響は微々たるもののようだった。おそらくは避けようと思えば避けれるのだが、それすら必要ないくらい障害にしかならないのだろう。
「アーカスの体を弄びやがってあのマッド野郎ッ!!」
「うち会長の悪口か?別に使命感も忠誠心も持ち合わせはないのだが、親分を侮辱されては俺の面目が立たない」
「本物はそんなキモイ喋り方しないんだよッ!」
エリゼが短剣を力強く振り払い、それに合わせてアーカスの細剣がそれを制した。そこで彼女は得物から手を放して身一つとなってアーカスに向けて飛び掛かり、体を小さく捻りながら肉弾攻撃を畳みかけた。剣を持っていた時よりは動きが少ないが、それでも息を継ぐ暇がないほどのラッシュの応酬だった。
拳や蹴りが効いている様子こそなかったが、そこで初めて銃の集中砲火が効き始めている様子が見て取れた。露骨に銃撃を避けるようになり、次第に自身の足元の地面ごと蹴り砕いて飛び散ったアスファルトを盾のようにして防ぐ様子が見て取れた。
「セノフォンテ君!!君の出番だッ!!」
発破をかけられてようやくセノフォンテの足が動きだす。確かに明らかにアーカスの動きが鈍った今こそが好機なのは間違いなく、集中して先刻の《撃墜》の力を引き出そうと奮起する。恐る恐る激闘の渦中にいるアーカスに詰め寄り、先端が鋭利な刃物で拵えられているその槍を思い切り振り下ろす。
しかし、撃墜の力は作用せず、中途半端に力の籠っただけのその一撃はアーカスの片腕に受け止められて彼からの注目を受ける結果になってしまった。
「お前はセノフォンテ・コルデロか」
「なんでどいつもこいつも俺のことを知ってるんだよ」
「いや、お前のことなぞ知らん。だが、そうか。……お前も俺と同じで見どころなしだな」
「そいつはわざわざどうもッ!!」
セノフォンテは瞬時の重心移動と捻りの聞いた体術によってアーカスの顔面に向けて繰り出した。それを防ぐ様子はなく難なく躱される結果になったが、槍を御する力が弱まったことによりそこから彼は攻勢を展開した。エリゼのように意味不明な威力や速度はなくとも、丁寧に下積みされた美しい剣線が畳みかけられる。
(通じる。…というか、エリゼさんに比べたらコイツは随分と鈍い…)
「いいね!セノ君。化け物退治だ、畳みかけるよォ」
「…………」
空を切る穂がアーカスの纏うブリキの甲冑を派手に鳴らす。反撃を仕掛けるアーカスの動きを根本から抑え込むよいに絶え間なくエリゼが当身を仕掛けており、攻撃を浴びるアーカスの不気味な白塗りの貌が歪みつつあった。
「外界の武術……そうか。お前はコルデロだったな」
「だから人を勝手に見知った雰囲気出すんじゃない…」
「俺も元々はそっち側だからな。懐かしいと言えば懐かしい。お前のその動きの方が俺に沁みる」
「セノ君、集中!ここで殺すよ。余計な耳を貸す必要はない」
「………」
自棄っぱちではなく、純粋に集中力により彼の速度が増していく。セノフォンテが振り回す長物は次第にバリエーションに富んだ軌跡を描くようになり、突き、払い、薙ぎ、受けを的確に熟すに至っていた。弾幕の援護すら必要としないその連携に対し、アーカスは感心したように首を鳴らした。
アーカスは防御をやめて甲冑での受けにのみに切り替え、やがて剣を鞘に納めた。数秒後にすべての攻撃を避けるようになり、次いで脚で周囲を大きく蹴り払ってセノフォンテとエリゼを文字通り一蹴して吹き飛ばして見せる。
「まずまずだ。やはり第一圏には出来損ないの溜まり場だ」
「アーカスの体で好き勝手言いやがって。…あの男前の尊厳をそれ以上馬鹿にするってならマジでバラバラしてやる
」
「それが出来るなら最初からやればいいものを…悪いがエリゼ……下の名前はなんだったか。まぁ、いい。お前は力不足だな。悪いがこちらが五時間立っているだけでもお前ではバラバラにするなどということは不可能だ」
「試してみる?」
「いや。こちらも君ら割ける時間は限られていてね、悪いがさっさと死んでもらおうか」
悪寒がセノフォンテの神経を刺激した。戦慄とはまさにこのこと。その光景を見ただけで動悸と眩暈が理性の首を絞めてくるようだ。
ここぞとばかりに四方から降ってきた新たな道化調の騎士たち。それは目算でも十名はおり、各々がアーカスと同様に四本の剣を腰に差し、ブリキの甲冑に身を包んでいた。単純な敵対勢力が十倍になったと考えるだけでも悍ましいのに、肝心のアーカスだけでほぼ万全に近い状態で未だに余裕を見せていることが何より問題だった。
「長々絶望感を味わわせるのも趣味ではないからな。無意味な抵抗は辞めておけ」
すらりと剣を引き抜く音。自身に向けられた弔鐘でも聞いている気分だった。セノフォンテは顔を青ざめて戦意を喪失させている中、エリゼの様子は先ほどよりも落ち着いていた。怪訝な面持ちを浮かべるセノを落ち着かせるように、肩をポンと叩いてみせる。
「エリゼさん…?」
「とりあえずこの場は私たちの勝ちだよ。あの人がいて良かったよ」
「それって、どういう?」
轟音、衝撃、光と炎の海。降り注ぐ、というより飛び交っているのは見ているだけで目を潰しかねない雷に似た光線だった。不規則に宙を泳ぐように大気を走るその雷は、やがて狙いすましたかのように道化師たちの、それも心臓目掛けて突き刺さっていった。迸る稲妻は一本や二本ではなく、寄り集まって束をなし、それが積み重なって道を成すようにして閑静なオフィス街を吹き鳴らした。
登場した道化騎士たちはほぼ一撃で燃え尽きてゆき、そうでなくとも動きを停止させた後に執拗な雷撃の余りあるエネルギーによって周辺の土地ごと破壊されてしまった。
こうなっては何が何やらわからないが、その光はやがて収束していく。莫大な光と熱と電気を生み出した張本人が神々しく余韻を残した迸りを見せるなか、彼はこれほどの異能を解き放ったにしてはかなり満足いかなそうな面持ちのままいつも通りの悪態をついて見せた。
「アーカスはまんまと逃げ遂せた。周到な奴だぜ、まったくよ」
セノフォンテの目に映るガラデックスはまさしく破壊と殺戮の化身であった。無敵感と言い換えても良い。それだけ圧倒的かつ絶望的な火力を持ち合わせた彼こそ、何よりの怪物に見えてなかなかった。
「アブーに用事があるのなら諦めた方が良い。奴は少々立て込んだ事情があるらしく、君らの相手をしている暇はないと見た」
道化師調のその存在はそう言うと、腰に下げていた四本の剣柄のうちの一つからすらりと細剣を引き抜いた。ステッキ染みたそれを手の周りでくるくると振り回し、少し俯いて大きな帽子で顔の半分を覆った。
「ここで君らに会うつもりはなかったが、仕方がない。因縁を誹るほど君らの事は知らないがね」
明らかなあちら側の敵対姿勢に対し、エリゼは既に先ほどと同様の短剣を手にしていた。それだけでなくフーシもまた物騒な重火器を準備している。不安な面持ちを浮かべるセノフォンテにまず先に言葉をかけたのはガラデックスだった。
「ジャンキー。お目覚めから立て続けで悪ぃが戦闘だぜ」
「え?」
「俺は悪いが見てるだけになるが、フーシとエリゼがいれば多分お前がみすみす死ぬことはねぇとは思う。しかしキツイのが相手だ。エリゼに併せる必要はねぇが、お前の《撃墜》の力はおそらく奴に有効だ。お前は自分が割り込めそうなタイミングでアレを出せ。そうすれば勝機がぐっと上がらぁ」
撃墜の力を使えと言われたところで今この場には撃墜棍はなく、そもそも狙って使えるのかどうかも定かではない力。その所在不明の技が役立つと言われてもどうしていきなり現れた敵とやらに躊躇なく使えると思えるのだろうか。彼らが敵と宣うそれは、剣を引き抜いてからというもの構えをとってから一向に動く素振りを見せてはいない。
しかし、楽観したその姿勢は次の瞬間に打ち砕かれる。空気が揺らめく何かの前兆染みたものが肌を撫で、視線を向けるより先に鋭い剣戟の音が立て続けに聞こえてくる。つい今まで前方の助手席に座していたエリゼがまたもや人間離れした機動力を以て細剣の道化師に詰め寄り攻勢を展開していたのだ。
(……ッ!?)
形容し難いまでの剣戟の衝撃。自身が打ち合っていた時とは比較にならないまでの殺意を纏った剣線が躊躇なく道化師の細剣と交わっていた。あのレベルの攻撃であればおそらく十合重ねるまでもなくセノフォンテの全身が切り裂かれ、余裕をもって心臓を串刺しにすることも容易であったろう。その鬼気迫る殺気は周囲に突風のように吹き荒れ、全身が恐怖から鳥肌に攫われた。
「奴のオリジナルはアーカス・レイ・ワダク。少し前に死んだ俺たちの仲間だった男だ。……お前と同じ外界から第一圏に来た愉快な記者だったが、最期はかなりあっけなく逝っちまった。しかし、アレは別者。死者蘇生とも違う。アレはとある別空間からやってきた人間であり、最終圏のヴァンプールの権能で作られた手駒のお使い人形とでも理解しておけ」
「倒せるんですか…?」
「あれと戦うのは初めてじゃねぇが、俺が出ればワンパンだ。だが、奴が他のお使い人形を呼び寄せる可能性もあるから無暗に力を使いたくない。エリゼ一人じゃ負け濃厚なくらいには強ぇから、一人で出くわした時は死に物狂いで逃げるんだな。だが、今回は戦ってくれや」
――――
目を凝らせば霧に包まれたビル群が姿を現す。これが非現実的だと思うのは、セノフォンテが外界出身者だからだろうか。過剰なほどに乱立した信号機は藤と燈を加えた五色の発色を奇怪に組み合わせており、車の一つも走っていない街道は静かに炎を揺らすランプ灯の光だけが朧げに揺れているばかりだった。
爽やかな空気が吹き抜ける風通しの良いオフィス街。木の葉を落とす木漏れ日の街路樹の乱立。モダンなようであり、荒々しい建設物の数々。ウィンドウショッピングでも楽しめそうなガラス張りの店の並びには80年代のアメリカで流行りが効きそうな懐かし気なファッションを纏ったマネキンがこちらを覗き込んできている。
ビルの一つが倒壊し、その巨大な影が町を昏く染める。爆薬や重機械を用いたのではない。ハリウッドも真っ青な大立ち回りを繰り広げるたった二名の人間の戦闘の余波だけで図太いオフィスビルディングが捥ぎ取れたのだ。二人が使っているのは人間文明が古くから利用してきた刃を用いた戦闘器具であり、依然として白兵戦から脱してはいなかった。
(どうやって割り込めってんだよ……大怪獣も泣いて逃げだすぞこんなの…)
「滅茶苦茶だ…」
思わず声が零れる。先ほどの戦いは完全にあの観葉植物塗れの部屋を気遣った完全な手加減バトルだったと断言できる。見慣れぬ異郷で人智を超えた体躯たちの戦闘。F1レースでさえ注意すれば目で追えるというのに、二人の戦いはその身が消えてもなお粉塵がしばらく立ち込める爆撃の趣さえあるため、居場所を見定めるのも容易ではない。
無理やり塗りたくったようなアスファルトの地面が激しく揺れ、やがてその揺れが徐々に激しさを増して彼に近づいて行った。
「おっらァ!!!!」
エリゼの咆哮に併せて道化師がセノフォンテの前に吹き飛んできた。アーカス・レイ・ワダクの装いは先ほどより少しブリキ風の甲冑が大きめに体を覆っている以外は特に代わり映えはなく、手にした細剣も微塵の刃こぼれすらなく手に握られていた。
反対にエリゼの体には目で見てわかるほどのありありとした無数の創傷が刻まれており、衣服のほとんどが血で濡れていた。外界の常識で測ればここまで惨たらしい身体になっては戦うことはおろか立っていることも不可能に近いはずだ。
しかし、彼女はそんな体になってなお、燃えるような闘志と殺意を以て攻撃を続けている。立ち向かう度にその刃はアーカスの甲冑を的確にとらえて大きな音を鳴らすが、アーカスは怯むことなく反撃してそれをエリゼは避けきれないでいた。
「さぁ、セノフォンテ君。そろそろ君も行こうか!!」
突如背後から届いたフーシのその言葉を掛け声に、突き抜けるような銃撃が二人の立ち合う最中に注ぎ込まれていく。凄まじい明滅を放つマズルフラッシュの中、セノフォンテの足元にはフーシがどこからか用意したと思われる重みのある槍が転がっており、背中を押される思いでそれを咄嗟に手に取った。
驚くべきことに今まさに立ち合いの最中にある二人はその弾丸の雨を意に介さずに戦闘を続けていることだ。エリゼに至っては弾丸の飛んでくる方向を見てすらいないのにそれを回避している上、選択したように弾の届かない位置に身を潜らせながら剣を振り続けている。
アーカスの方はそもそも弾丸が当たる度に甲冑がガシャガチャと音を上げて揺らすばかりでそもそもダメージも衝撃も影響は微々たるもののようだった。おそらくは避けようと思えば避けれるのだが、それすら必要ないくらい障害にしかならないのだろう。
「アーカスの体を弄びやがってあのマッド野郎ッ!!」
「うち会長の悪口か?別に使命感も忠誠心も持ち合わせはないのだが、親分を侮辱されては俺の面目が立たない」
「本物はそんなキモイ喋り方しないんだよッ!」
エリゼが短剣を力強く振り払い、それに合わせてアーカスの細剣がそれを制した。そこで彼女は得物から手を放して身一つとなってアーカスに向けて飛び掛かり、体を小さく捻りながら肉弾攻撃を畳みかけた。剣を持っていた時よりは動きが少ないが、それでも息を継ぐ暇がないほどのラッシュの応酬だった。
拳や蹴りが効いている様子こそなかったが、そこで初めて銃の集中砲火が効き始めている様子が見て取れた。露骨に銃撃を避けるようになり、次第に自身の足元の地面ごと蹴り砕いて飛び散ったアスファルトを盾のようにして防ぐ様子が見て取れた。
「セノフォンテ君!!君の出番だッ!!」
発破をかけられてようやくセノフォンテの足が動きだす。確かに明らかにアーカスの動きが鈍った今こそが好機なのは間違いなく、集中して先刻の《撃墜》の力を引き出そうと奮起する。恐る恐る激闘の渦中にいるアーカスに詰め寄り、先端が鋭利な刃物で拵えられているその槍を思い切り振り下ろす。
しかし、撃墜の力は作用せず、中途半端に力の籠っただけのその一撃はアーカスの片腕に受け止められて彼からの注目を受ける結果になってしまった。
「お前はセノフォンテ・コルデロか」
「なんでどいつもこいつも俺のことを知ってるんだよ」
「いや、お前のことなぞ知らん。だが、そうか。……お前も俺と同じで見どころなしだな」
「そいつはわざわざどうもッ!!」
セノフォンテは瞬時の重心移動と捻りの聞いた体術によってアーカスの顔面に向けて繰り出した。それを防ぐ様子はなく難なく躱される結果になったが、槍を御する力が弱まったことによりそこから彼は攻勢を展開した。エリゼのように意味不明な威力や速度はなくとも、丁寧に下積みされた美しい剣線が畳みかけられる。
(通じる。…というか、エリゼさんに比べたらコイツは随分と鈍い…)
「いいね!セノ君。化け物退治だ、畳みかけるよォ」
「…………」
空を切る穂がアーカスの纏うブリキの甲冑を派手に鳴らす。反撃を仕掛けるアーカスの動きを根本から抑え込むよいに絶え間なくエリゼが当身を仕掛けており、攻撃を浴びるアーカスの不気味な白塗りの貌が歪みつつあった。
「外界の武術……そうか。お前はコルデロだったな」
「だから人を勝手に見知った雰囲気出すんじゃない…」
「俺も元々はそっち側だからな。懐かしいと言えば懐かしい。お前のその動きの方が俺に沁みる」
「セノ君、集中!ここで殺すよ。余計な耳を貸す必要はない」
「………」
自棄っぱちではなく、純粋に集中力により彼の速度が増していく。セノフォンテが振り回す長物は次第にバリエーションに富んだ軌跡を描くようになり、突き、払い、薙ぎ、受けを的確に熟すに至っていた。弾幕の援護すら必要としないその連携に対し、アーカスは感心したように首を鳴らした。
アーカスは防御をやめて甲冑での受けにのみに切り替え、やがて剣を鞘に納めた。数秒後にすべての攻撃を避けるようになり、次いで脚で周囲を大きく蹴り払ってセノフォンテとエリゼを文字通り一蹴して吹き飛ばして見せる。
「まずまずだ。やはり第一圏には出来損ないの溜まり場だ」
「アーカスの体で好き勝手言いやがって。…あの男前の尊厳をそれ以上馬鹿にするってならマジでバラバラしてやる
」
「それが出来るなら最初からやればいいものを…悪いがエリゼ……下の名前はなんだったか。まぁ、いい。お前は力不足だな。悪いがこちらが五時間立っているだけでもお前ではバラバラにするなどということは不可能だ」
「試してみる?」
「いや。こちらも君ら割ける時間は限られていてね、悪いがさっさと死んでもらおうか」
悪寒がセノフォンテの神経を刺激した。戦慄とはまさにこのこと。その光景を見ただけで動悸と眩暈が理性の首を絞めてくるようだ。
ここぞとばかりに四方から降ってきた新たな道化調の騎士たち。それは目算でも十名はおり、各々がアーカスと同様に四本の剣を腰に差し、ブリキの甲冑に身を包んでいた。単純な敵対勢力が十倍になったと考えるだけでも悍ましいのに、肝心のアーカスだけでほぼ万全に近い状態で未だに余裕を見せていることが何より問題だった。
「長々絶望感を味わわせるのも趣味ではないからな。無意味な抵抗は辞めておけ」
すらりと剣を引き抜く音。自身に向けられた弔鐘でも聞いている気分だった。セノフォンテは顔を青ざめて戦意を喪失させている中、エリゼの様子は先ほどよりも落ち着いていた。怪訝な面持ちを浮かべるセノを落ち着かせるように、肩をポンと叩いてみせる。
「エリゼさん…?」
「とりあえずこの場は私たちの勝ちだよ。あの人がいて良かったよ」
「それって、どういう?」
轟音、衝撃、光と炎の海。降り注ぐ、というより飛び交っているのは見ているだけで目を潰しかねない雷に似た光線だった。不規則に宙を泳ぐように大気を走るその雷は、やがて狙いすましたかのように道化師たちの、それも心臓目掛けて突き刺さっていった。迸る稲妻は一本や二本ではなく、寄り集まって束をなし、それが積み重なって道を成すようにして閑静なオフィス街を吹き鳴らした。
登場した道化騎士たちはほぼ一撃で燃え尽きてゆき、そうでなくとも動きを停止させた後に執拗な雷撃の余りあるエネルギーによって周辺の土地ごと破壊されてしまった。
こうなっては何が何やらわからないが、その光はやがて収束していく。莫大な光と熱と電気を生み出した張本人が神々しく余韻を残した迸りを見せるなか、彼はこれほどの異能を解き放ったにしてはかなり満足いかなそうな面持ちのままいつも通りの悪態をついて見せた。
「アーカスはまんまと逃げ遂せた。周到な奴だぜ、まったくよ」
セノフォンテの目に映るガラデックスはまさしく破壊と殺戮の化身であった。無敵感と言い換えても良い。それだけ圧倒的かつ絶望的な火力を持ち合わせた彼こそ、何よりの怪物に見えてなかなかった。
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