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月の獣を探せ
07 奇怪なチーム
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「あーらグランちゃん。ご馳走引き連れて何事かと思ったらセノちゃんのご機嫌取りなわけね」
アミヤナの軽口を気にもせずに、グラン・カニシカと名乗った大柄で厳つい風貌の男は言葉を紡ぐ。
「コルデロ。私も同様に君の世界、外界からこの第一圏に来た人間だ。法の守りのないこの世界で満足に生きていくことは生半可なことではない。君が十全に生計を立てるための助力をさせてくれ」
願ってもない言葉にセノフォンテは久しく表情が和らいだ。
いざとなれば大使館に逃げ込める異国の地とは異なり、この場は既に完全に外界の倫理とは逸脱した別世界。身の保証など自分でできるような温い舞台ではなく、既に何度も命のやりとりを経験したくらいにはジャンキーでスラム顔負けの違法危険地帯だ。
「それはとてもありがたいです!」
「私は第一圏で市民生活団体に所属している。分け合ってフーシやエリゼの所属する【イーネ】と提携関係にあるが、彼らと共にいても金を無心されるばかりで益はなかろうと思った次第だ。また、外界の出来事であるコード:LUNAの出現と惨劇に関しても大変に関心を寄せている。アレについての捜査を行うのであれば、イーネを隠れ蓑にするよりは動き易いだろう」
そこでアミヤナが付け加える。
「イーネってのはフーシちゃんやエリゼきゅんが所属する市中ヴァンプールの洗い出しと殺害、あとは好戦的なヴァンプールの対処…っていうかとにかくヴァンプールを殺しまくる素敵な組織よ。バミュちゃんはちょっと出自が違うけど、基本的な行動はイーネに帰属してるわ。ヴァンプールを生半な人間が殺すなんてできっこないことだから、人間の築いたコミュニティでも彼らは強い発言権と自治権を持ってるわ。言ってみれば公然と恐れられる秘密警察ね。ヴァンプールの殺戮と同じくらいに人間の間引きも得意なのが彼らよ」
「今の口ぶりだと人間以外のコミュニティもある、みたいな風に聞こえますけど」
「あらん。滅茶苦茶あるわよ。人外チーム」
自分向けに出されたわけでもない大皿に節操もなくがっつきだしたアミヤナを尻目に、セノフォンテもスープに口をつけた。生命の悦びを心が叫ぶ。満たされていく食欲が栓を抜いたように渇望を燃え上がらせ、セノフォンテもみるみるうちに食事にがっつくようになる。
「第一圏は比較的人間と他の種が共存できている。これはヴァンプールもいい例だ。このオカマのように人間と敵対せずに情報やら立場やらをうまく活用する者はイーネの排斥対象から一時的な除外を受ける。しかしこいつに至っては人間に危害を加える気はないにせよ、捕縛が完了して排斥猶予が与えられた段階ではカテゴリー2の雑魚だったくせに、現状では暫定カテゴリー5にランクされるまでに成長されてしまった。立場をあやふやにするのは好まれない良い例だな」
(ほんとにこのオカマって強いのか?)
「で、人間に最も近くて友好的なのが今まさに給仕していたり、町の破壊痕をすぐに修復して華美に彩りを与えたがる《シャベナラ》と呼ばれる生命体だ。これは人間が生み出した合成遺伝子の違法倫理生命と言われる類のものだ。元は各国の政府機関や秘密結社やらが高名な財団の資金提供を元に研究を進めていた《禁断の研究》に分類される類のもので、異常に発達された細胞群やわんさか盛り込まれたいろんなDNAが練り固まった粘土のような生き物だ。知性は高くないが大抵は真面目で仕事熱心。良い人間のパートナーとして仕事を手伝ったり単純作業や物理労働力、運送や物流はほぼこの人材に頼っているといっても過言ではない。第一圏で勃発するイーネとヴァンプールの衝突や昨晩のようなマキナ・ヴェッラたちとの諍いで破壊される町はシャベナラを所有する財団の資金提供と労働力で支えられている。そのご機嫌取りのためにイーネは常に財団からヴァンプール討伐の成果を求められているわけだ。言えば、破壊のサイクルだな。ここでただで得を貪っているのは財団だが、文句を言っても仕方あるまい」
「へぇ。うまく出来てるものですね」
「ま、まっとうな人間社会ってものからしたら信じられないことばかりでしょうけどね。アタシ、実は旅行願望があるの。生きてるうちに外界をグラサンかけてドライブするのが夢なわけ。でも、皮肉よね。アタシらが担いでるアブ様が存在するうちにはそれも叶わない儚い願いってわけ。人間でも出れないのに、ヴァンプールなんて撃墜されてしまいだわ!」
「とにかく人間社会が今のアブー・アル・アッバースの権能によって安全が保障されていることは間違いない。彼に人間を守る気はなくとも、もしもこのオカマのようなヴァンプールが外界に出ればそれこそ一大事だ。甚大な被害が出ることになるだろう。いや、違うな。私の見立てでは既に被害が現れている」
そこでセノフォンテの耳が揺れた。
「まさか、それがコード:LUNA」
「ああ。一点集中している第一圏の財力の源であるPOP財団の研究対象は既にシャベナラ種の遥か上を言った戦闘用の合成獣を研究開発しているとの噂がある」
「ちなみにソースはア・タ・シ★」
グランは常に厳格な表情を崩しはしないが、今になってその真剣さにより磨きがかかっているように感じられた。
「無論、生物兵器の類にある合成獣の研究など外界でやればよほどの秘密基地でもなければ情報が漏れたり工作員によって陰ながらの争奪戦に発展仕掛けないものだ。君も特殊部隊の出身なら理解があるだろう」
「ええ。まぁ、確かに」
「POP財団は第一圏・第二圏・第四圏を間接的に統治する資本の王といっても過言じゃない。言ってみればこの街の全ての近代設備は財団が外界圏から持ち込むものとそれを複製したもので成り立っているからな。財団の根源的な性質は開拓者精神だ。目の上の瘤よりも鬱陶しいのは先住種族のヴァンプールであり、人智未踏の怪物たちだ。だから惑星開拓の邪魔になるヴァンプールの排斥を支援し、今度は手ずから彼らに対抗できる戦力の開発に力を入れているとみて間違いない」
「要はその合成獣研究の成果がコード:LUNAという可能性があるって話ですね」
確かに、コード:LUNAが地球上の生命体や軍事力にあらざる超常的な戦闘能力を有した獣人という過程はその財団の活動を鑑みれば筋の通らない話ではないとセノフォンテは納得した。最も、昨日の戦闘を鑑みれば人間であってもマキナ・ヴェッラやエリゼにおいてもアメリカの大都市に甚大な被害を及ぼすことは不可能ではなさそうなものであるとも思った。
「プラグ・S内のカテゴリー上の強さ、所謂我々人間とヴァンプールの戦闘能力は自身がより空気の馴染む圏域に依存しがちであるのに対し、もしその合成獣が圏域に関係なく外界でもその力を存分に震えるとするならばマンハッタンやニューヨークの被害も十分に成し得ると理論が成立する」
「そうか。ヴァンプールやこちら側の出身の人間はその土地でないと十分に力を使えないんでしたっけ?…なら通常のヴァンプールが外界に逃げ出したところで軍隊と渡り合うのは不可能なのでは?」
「いや、カテゴリー4以上の存在であれば外界の人間にとっては弱体化もあまり関係のない話だ。生命論理が違う人智未踏の怪物が相手では太刀打ちするには至らんよ。しかし、そこはアブー・アル・アッバースの敷く外界進出制御の機構によって恩恵がある分には問題ない」
そこでアミヤナが大声を上げた。
「あらん!わかっちゃったわアタシ。要するにアブ様の検疫を突破する手段にもなり得るわけね!キメラちゃんたちなら人間でもヴァンプールでもないし、なんなら海の中泳いで外界に出れるかもしれないってことね」
「ああ。その通りだ。無論海に至るまでに様々な困難があることは明白だ。我々の目に映る海は本来の海ではなくアブー・アル・アッバースの権能が機能するための仮想フィールドに過ぎない。本物の海に出てしまえばあとは泳ぐだけだが、流水突破に適正を著しく欠くヴァンプールではそも大海突破は夢物語だろう」
海を越えられないという特性を聞いたことで、ようやくセノフォンテにはどこか納得いく答えのようなものが生まれた気がした。確かに地方伝承や吸血鬼伝説の一端にはそれらは流水やら十字架やらを弱点とするきらいがあるが、それがイメージとしてこの世界のヴァンプールに少なからず一致しているとすれば、彼らが外界と呼ぶ通常の地球上への進出はかなり難易度が高い所業なのだろう。
(ここまで持ち上げられたアブー・アル・アッバースとかいう海賊野郎が大袈裟に誇張された存在とも思えない。…この世界にはそれなりに線引きされたルールとマナーによってシステム的に成り立っている都市群であり、惑星というには難しいにしろ並行世界やら脱線世界やらと呑み込むことはできそうだ。…というかもう疲れた)
「それより、何より。俺としては自分が五体満足で元の世界に帰ることができるのか。っていう所もかなり大事になるわけなんですが、それに関して何かご説明いただけることはあるのでしょうかね」
そこでグランが顔を顰めた。
「方法がないわけではない。…いや、君でなければ大袈裟に気負う必要もないくらいには簡単だ」
「…それは俺がここに来る前に輸送機ごと撃墜されたことに関係が…?」
「ああ。まさに問題はそれだ。アブー・アル・アッバースは第一圏より内側から外界に進出しようとするヴァンプールを粛清する特性こそ代名詞のようなものだが、外から来る輸送機を迎撃するなどとは本来あり得ない挙動と言っても良い。外界から艦隊が押しかけてきても無視するような奴がどうして君の乗る輸送機を撃墜してみせたのかは我々には謎以外の何物でもない」
「何か入れたくないものがあったのかもねぃ。アタシとしてはセイケンの可能性を熱く唱えちゃうわ!」
「セイケン…聖なる剣とかそういう」
「あらん。違うわよファンタジーッ子。聖なる鍵と書いて聖鍵ね。扉を開けるアレよ」
「そんな鍵がなんだっていうんです?」
「いや、今の君が気にするようなことではない。これは大王前の《儀式》と《試練》に関わるものだ」
「そう、ですか」
――――――――
「君をアブー・アル・アッバースに直接面会させようとガラデックスらは考えていたようだが、私に言わせればそれはリスクが大きい。君にも、この世界にもだ。君がこの世界を出たいと思うのであれば極論として奴の許しを得ることが必然となってくるが、それ以前に奴のご機嫌を取るという過程も重要だ。なればこそ、コード:LUNAという外界にとっての脅威を生み出した疑いのある財団の根を掴むのは重要だ。外界進出に極めて硬派な奴の前に証拠や外界進出目的の合成獣を見せつければ、少なからず君に褒美はあるだろうな」
「まるで王様に使える兵士みたいですね」
「第一圏ではまさに奴は王だ。ヴァンプールから見れば神も同じ。崇拝と畏敬、それを支える圧倒的な実力と知識、信念を以て君臨しているわけだ」
「とにかく、俺にとっては願ってもない話です。元より仕事でやってきたこの島で活動指針が果たされるわけですからね。……しかし、コード:LUNAの出自やそれに類似する生命体を突き止めたとして、俺に何ができるのやらって感はありますけどね」
久々の満腹。幸福感と喪失感が同時に心を満たすなど、人間はなんて脆くて不合理な生き物なのだろうかと絶望してしまう。輸送機を撃墜され、混沌の中に放り込まれた人間風情にできることなどどこにもありはしない。そう思いつつも、ここにこうして活路が見いだされた。喜ばしいことだが、同時に艱難辛苦の到来を告げる弔鐘そのものにも聞こえる。この道を進んだ先にあるのはおそらく栄光とはかけ離れた奇譚と無為な冒険だろう。
「財団の究明には人手が足りないだろう?ならば俺も力を貸そう」
「え……?」
「なに、そう恐れることはない。昨日は立場上交戦はしたが、仕掛けてきたのはそちらのゴリラ女であり、俺は自分の身を守っただけだからな」
オフィス街にある小洒落たカフェには似合わないその風貌。どこぞの遊園地から迷い出てきたのか、それとも絵本から飛び出してきたのか、奇妙なブリキの甲冑を身にまとった白塗りとやたら大きい星の模様があしらわれた帽子が異常に目立っている道化騎士がそこにはあった。
「アーカス・レイ・ワダク!!!?」
「お前は人の名前を覚えるのが得意なようだな。人の事を知ったように口走るのを非難出来やしないぞ?」
「なんでお前がここにっ!っていうか、え?なんで普通にいるの!?」
「口調がそこのオカマみたくなっているぞ。何、俺も人間だ。朝飯くらい食うとも」
さも当然のように相席に陣取ったマキナ・ヴェッラは威風堂々たる様で注文を始めた。
「いやー。アタシ無理だわ。生理的に無理だわ。ちょっとドロンして良いかしらん?」
「何を言うか。貴様の実力なら俺よりも理論的には上だろうに、何を怖がる」
「そーいうなんか小賢しい喋り方とか、小馬鹿にした態度も嫌いなの!!」
「勝手に逃げるというのならこの場で斬り伏せるのみだ。ガラデックスが出てこなければお前たちに勝ち目はないからな」
アーカスは澄ました顔でスープを啜る。その光景はどうみても異様であり、笑顔を模して引かれた口紅がやたらに赤く映った。
「俺も手伝うと言っているんだ。いや、手伝うのは寧ろ貴様らの方だがな。……POP財団を押し潰すのであれば人手はどれだけあっても足りまい。んん。こうも顔ぶれが違えばお誂え向きだな」
放浪工作員。道化騎士。怪物的オカマ。黒衣の市民支援団体の人。確かに寄り集まれば滑稽なパーティだった。
アミヤナの軽口を気にもせずに、グラン・カニシカと名乗った大柄で厳つい風貌の男は言葉を紡ぐ。
「コルデロ。私も同様に君の世界、外界からこの第一圏に来た人間だ。法の守りのないこの世界で満足に生きていくことは生半可なことではない。君が十全に生計を立てるための助力をさせてくれ」
願ってもない言葉にセノフォンテは久しく表情が和らいだ。
いざとなれば大使館に逃げ込める異国の地とは異なり、この場は既に完全に外界の倫理とは逸脱した別世界。身の保証など自分でできるような温い舞台ではなく、既に何度も命のやりとりを経験したくらいにはジャンキーでスラム顔負けの違法危険地帯だ。
「それはとてもありがたいです!」
「私は第一圏で市民生活団体に所属している。分け合ってフーシやエリゼの所属する【イーネ】と提携関係にあるが、彼らと共にいても金を無心されるばかりで益はなかろうと思った次第だ。また、外界の出来事であるコード:LUNAの出現と惨劇に関しても大変に関心を寄せている。アレについての捜査を行うのであれば、イーネを隠れ蓑にするよりは動き易いだろう」
そこでアミヤナが付け加える。
「イーネってのはフーシちゃんやエリゼきゅんが所属する市中ヴァンプールの洗い出しと殺害、あとは好戦的なヴァンプールの対処…っていうかとにかくヴァンプールを殺しまくる素敵な組織よ。バミュちゃんはちょっと出自が違うけど、基本的な行動はイーネに帰属してるわ。ヴァンプールを生半な人間が殺すなんてできっこないことだから、人間の築いたコミュニティでも彼らは強い発言権と自治権を持ってるわ。言ってみれば公然と恐れられる秘密警察ね。ヴァンプールの殺戮と同じくらいに人間の間引きも得意なのが彼らよ」
「今の口ぶりだと人間以外のコミュニティもある、みたいな風に聞こえますけど」
「あらん。滅茶苦茶あるわよ。人外チーム」
自分向けに出されたわけでもない大皿に節操もなくがっつきだしたアミヤナを尻目に、セノフォンテもスープに口をつけた。生命の悦びを心が叫ぶ。満たされていく食欲が栓を抜いたように渇望を燃え上がらせ、セノフォンテもみるみるうちに食事にがっつくようになる。
「第一圏は比較的人間と他の種が共存できている。これはヴァンプールもいい例だ。このオカマのように人間と敵対せずに情報やら立場やらをうまく活用する者はイーネの排斥対象から一時的な除外を受ける。しかしこいつに至っては人間に危害を加える気はないにせよ、捕縛が完了して排斥猶予が与えられた段階ではカテゴリー2の雑魚だったくせに、現状では暫定カテゴリー5にランクされるまでに成長されてしまった。立場をあやふやにするのは好まれない良い例だな」
(ほんとにこのオカマって強いのか?)
「で、人間に最も近くて友好的なのが今まさに給仕していたり、町の破壊痕をすぐに修復して華美に彩りを与えたがる《シャベナラ》と呼ばれる生命体だ。これは人間が生み出した合成遺伝子の違法倫理生命と言われる類のものだ。元は各国の政府機関や秘密結社やらが高名な財団の資金提供を元に研究を進めていた《禁断の研究》に分類される類のもので、異常に発達された細胞群やわんさか盛り込まれたいろんなDNAが練り固まった粘土のような生き物だ。知性は高くないが大抵は真面目で仕事熱心。良い人間のパートナーとして仕事を手伝ったり単純作業や物理労働力、運送や物流はほぼこの人材に頼っているといっても過言ではない。第一圏で勃発するイーネとヴァンプールの衝突や昨晩のようなマキナ・ヴェッラたちとの諍いで破壊される町はシャベナラを所有する財団の資金提供と労働力で支えられている。そのご機嫌取りのためにイーネは常に財団からヴァンプール討伐の成果を求められているわけだ。言えば、破壊のサイクルだな。ここでただで得を貪っているのは財団だが、文句を言っても仕方あるまい」
「へぇ。うまく出来てるものですね」
「ま、まっとうな人間社会ってものからしたら信じられないことばかりでしょうけどね。アタシ、実は旅行願望があるの。生きてるうちに外界をグラサンかけてドライブするのが夢なわけ。でも、皮肉よね。アタシらが担いでるアブ様が存在するうちにはそれも叶わない儚い願いってわけ。人間でも出れないのに、ヴァンプールなんて撃墜されてしまいだわ!」
「とにかく人間社会が今のアブー・アル・アッバースの権能によって安全が保障されていることは間違いない。彼に人間を守る気はなくとも、もしもこのオカマのようなヴァンプールが外界に出ればそれこそ一大事だ。甚大な被害が出ることになるだろう。いや、違うな。私の見立てでは既に被害が現れている」
そこでセノフォンテの耳が揺れた。
「まさか、それがコード:LUNA」
「ああ。一点集中している第一圏の財力の源であるPOP財団の研究対象は既にシャベナラ種の遥か上を言った戦闘用の合成獣を研究開発しているとの噂がある」
「ちなみにソースはア・タ・シ★」
グランは常に厳格な表情を崩しはしないが、今になってその真剣さにより磨きがかかっているように感じられた。
「無論、生物兵器の類にある合成獣の研究など外界でやればよほどの秘密基地でもなければ情報が漏れたり工作員によって陰ながらの争奪戦に発展仕掛けないものだ。君も特殊部隊の出身なら理解があるだろう」
「ええ。まぁ、確かに」
「POP財団は第一圏・第二圏・第四圏を間接的に統治する資本の王といっても過言じゃない。言ってみればこの街の全ての近代設備は財団が外界圏から持ち込むものとそれを複製したもので成り立っているからな。財団の根源的な性質は開拓者精神だ。目の上の瘤よりも鬱陶しいのは先住種族のヴァンプールであり、人智未踏の怪物たちだ。だから惑星開拓の邪魔になるヴァンプールの排斥を支援し、今度は手ずから彼らに対抗できる戦力の開発に力を入れているとみて間違いない」
「要はその合成獣研究の成果がコード:LUNAという可能性があるって話ですね」
確かに、コード:LUNAが地球上の生命体や軍事力にあらざる超常的な戦闘能力を有した獣人という過程はその財団の活動を鑑みれば筋の通らない話ではないとセノフォンテは納得した。最も、昨日の戦闘を鑑みれば人間であってもマキナ・ヴェッラやエリゼにおいてもアメリカの大都市に甚大な被害を及ぼすことは不可能ではなさそうなものであるとも思った。
「プラグ・S内のカテゴリー上の強さ、所謂我々人間とヴァンプールの戦闘能力は自身がより空気の馴染む圏域に依存しがちであるのに対し、もしその合成獣が圏域に関係なく外界でもその力を存分に震えるとするならばマンハッタンやニューヨークの被害も十分に成し得ると理論が成立する」
「そうか。ヴァンプールやこちら側の出身の人間はその土地でないと十分に力を使えないんでしたっけ?…なら通常のヴァンプールが外界に逃げ出したところで軍隊と渡り合うのは不可能なのでは?」
「いや、カテゴリー4以上の存在であれば外界の人間にとっては弱体化もあまり関係のない話だ。生命論理が違う人智未踏の怪物が相手では太刀打ちするには至らんよ。しかし、そこはアブー・アル・アッバースの敷く外界進出制御の機構によって恩恵がある分には問題ない」
そこでアミヤナが大声を上げた。
「あらん!わかっちゃったわアタシ。要するにアブ様の検疫を突破する手段にもなり得るわけね!キメラちゃんたちなら人間でもヴァンプールでもないし、なんなら海の中泳いで外界に出れるかもしれないってことね」
「ああ。その通りだ。無論海に至るまでに様々な困難があることは明白だ。我々の目に映る海は本来の海ではなくアブー・アル・アッバースの権能が機能するための仮想フィールドに過ぎない。本物の海に出てしまえばあとは泳ぐだけだが、流水突破に適正を著しく欠くヴァンプールではそも大海突破は夢物語だろう」
海を越えられないという特性を聞いたことで、ようやくセノフォンテにはどこか納得いく答えのようなものが生まれた気がした。確かに地方伝承や吸血鬼伝説の一端にはそれらは流水やら十字架やらを弱点とするきらいがあるが、それがイメージとしてこの世界のヴァンプールに少なからず一致しているとすれば、彼らが外界と呼ぶ通常の地球上への進出はかなり難易度が高い所業なのだろう。
(ここまで持ち上げられたアブー・アル・アッバースとかいう海賊野郎が大袈裟に誇張された存在とも思えない。…この世界にはそれなりに線引きされたルールとマナーによってシステム的に成り立っている都市群であり、惑星というには難しいにしろ並行世界やら脱線世界やらと呑み込むことはできそうだ。…というかもう疲れた)
「それより、何より。俺としては自分が五体満足で元の世界に帰ることができるのか。っていう所もかなり大事になるわけなんですが、それに関して何かご説明いただけることはあるのでしょうかね」
そこでグランが顔を顰めた。
「方法がないわけではない。…いや、君でなければ大袈裟に気負う必要もないくらいには簡単だ」
「…それは俺がここに来る前に輸送機ごと撃墜されたことに関係が…?」
「ああ。まさに問題はそれだ。アブー・アル・アッバースは第一圏より内側から外界に進出しようとするヴァンプールを粛清する特性こそ代名詞のようなものだが、外から来る輸送機を迎撃するなどとは本来あり得ない挙動と言っても良い。外界から艦隊が押しかけてきても無視するような奴がどうして君の乗る輸送機を撃墜してみせたのかは我々には謎以外の何物でもない」
「何か入れたくないものがあったのかもねぃ。アタシとしてはセイケンの可能性を熱く唱えちゃうわ!」
「セイケン…聖なる剣とかそういう」
「あらん。違うわよファンタジーッ子。聖なる鍵と書いて聖鍵ね。扉を開けるアレよ」
「そんな鍵がなんだっていうんです?」
「いや、今の君が気にするようなことではない。これは大王前の《儀式》と《試練》に関わるものだ」
「そう、ですか」
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「君をアブー・アル・アッバースに直接面会させようとガラデックスらは考えていたようだが、私に言わせればそれはリスクが大きい。君にも、この世界にもだ。君がこの世界を出たいと思うのであれば極論として奴の許しを得ることが必然となってくるが、それ以前に奴のご機嫌を取るという過程も重要だ。なればこそ、コード:LUNAという外界にとっての脅威を生み出した疑いのある財団の根を掴むのは重要だ。外界進出に極めて硬派な奴の前に証拠や外界進出目的の合成獣を見せつければ、少なからず君に褒美はあるだろうな」
「まるで王様に使える兵士みたいですね」
「第一圏ではまさに奴は王だ。ヴァンプールから見れば神も同じ。崇拝と畏敬、それを支える圧倒的な実力と知識、信念を以て君臨しているわけだ」
「とにかく、俺にとっては願ってもない話です。元より仕事でやってきたこの島で活動指針が果たされるわけですからね。……しかし、コード:LUNAの出自やそれに類似する生命体を突き止めたとして、俺に何ができるのやらって感はありますけどね」
久々の満腹。幸福感と喪失感が同時に心を満たすなど、人間はなんて脆くて不合理な生き物なのだろうかと絶望してしまう。輸送機を撃墜され、混沌の中に放り込まれた人間風情にできることなどどこにもありはしない。そう思いつつも、ここにこうして活路が見いだされた。喜ばしいことだが、同時に艱難辛苦の到来を告げる弔鐘そのものにも聞こえる。この道を進んだ先にあるのはおそらく栄光とはかけ離れた奇譚と無為な冒険だろう。
「財団の究明には人手が足りないだろう?ならば俺も力を貸そう」
「え……?」
「なに、そう恐れることはない。昨日は立場上交戦はしたが、仕掛けてきたのはそちらのゴリラ女であり、俺は自分の身を守っただけだからな」
オフィス街にある小洒落たカフェには似合わないその風貌。どこぞの遊園地から迷い出てきたのか、それとも絵本から飛び出してきたのか、奇妙なブリキの甲冑を身にまとった白塗りとやたら大きい星の模様があしらわれた帽子が異常に目立っている道化騎士がそこにはあった。
「アーカス・レイ・ワダク!!!?」
「お前は人の名前を覚えるのが得意なようだな。人の事を知ったように口走るのを非難出来やしないぞ?」
「なんでお前がここにっ!っていうか、え?なんで普通にいるの!?」
「口調がそこのオカマみたくなっているぞ。何、俺も人間だ。朝飯くらい食うとも」
さも当然のように相席に陣取ったマキナ・ヴェッラは威風堂々たる様で注文を始めた。
「いやー。アタシ無理だわ。生理的に無理だわ。ちょっとドロンして良いかしらん?」
「何を言うか。貴様の実力なら俺よりも理論的には上だろうに、何を怖がる」
「そーいうなんか小賢しい喋り方とか、小馬鹿にした態度も嫌いなの!!」
「勝手に逃げるというのならこの場で斬り伏せるのみだ。ガラデックスが出てこなければお前たちに勝ち目はないからな」
アーカスは澄ました顔でスープを啜る。その光景はどうみても異様であり、笑顔を模して引かれた口紅がやたらに赤く映った。
「俺も手伝うと言っているんだ。いや、手伝うのは寧ろ貴様らの方だがな。……POP財団を押し潰すのであれば人手はどれだけあっても足りまい。んん。こうも顔ぶれが違えばお誂え向きだな」
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