フリークス・ブルース

はいか

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死の淵で輝く

19 至高の悪とならん

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 時を感じさせない平穏。
 命のやり取りを行わない静寂の時間。

 グランの所属する市民生活支援団体が保有しており、グランが運営を任されている小さな庭園にセノフォンテはいた。身を隠すように潜伏する形にはなるが、それでも数体のシャベナラが絶えず整備管理を行うべく動き回っている庭園の中でくらいならば自由に動きまわることが出来た。
 世間の情勢。この第一圏を主題として取り上げた新聞のような機構紙には様々な情報が描かれていた。とはいえ、この世界の基本的な構造やルールに明るくない状況は変わらず、文字が流れていくだけの紙面になんの価値も見いだせなかった。

 懇切丁寧に人間の言語。それも英語で記述された機構紙はPOP財団が発行しているものであった。当然、数日の間に荒らされまくった町の状況や様々な事件について取り上げた記事が見出しを飾る。どこで撮影したかも知れないようなセノフォンテ、グラン、アーカス、アミヤナを写した写真が大きく載せられており、これらの紹介は最終圏の齎した脅威の刺客といった具合に書かれていた。


「テロリストといった風情か。ご丁寧に手配書でも配ってくれればいいものを。殺す気があるんだか、ないんだか」

 依然として死の感触が拭えない不快感の中のひと時の安らぎ。目に優しい花々が齎す心の平穏はなかなかに有用なものだった。グランはかなりの好待遇でセノフォンテの居場所を提供してくれてはいるが、彼自身の立場がこの記事の流通によってどういったものであるかは想像がつかない。ガラデックスは今をと言い現わし、そのうちに敵対する立場だと匂わせた。そうである以上はそのうちに再度命を懸けた戦いを強いられることになるのだろうが、その際にグランが何かの役に立つとは思えなかった。

 それよりもまず、考えなくてはいけないことがあまりにも多すぎる。立場も状況も脅威も計り知れない今、状況をそれなりにかみ砕いて解説してくれるアミヤナが瀕死でいる間は好き勝手動くわけにもいかなかった。


「コルデロ。コルデロ」
「ん?」

 庭園を忙しなくパタパタと動き回っていたシャベナラの一体がセノフォンテを呼びながら駆け寄ってきた。この生命体がまともに口を効いている様子は見たことがなかったが、人間が作り出しただけあってそれなりの知性は含有した生き物のようだった。

「アミヤナが起きた。アミヤナが呼んでる。アミヤナのトコ行く?」
「……ああ。そうだね」

 同じく庭園の中に隔離されていたアミヤナの元に促される。庭園には小さな小屋が幾つかあり、それを早々と掃除して生活できるように整えてくれたのもシャベナラたちだった。今思えば、ここまで献身的に活動を強いられるこの生き物たちが不憫でならないとさえセノフォンテには思われた。
 
 パタパタと先導するために欠けていく小人。それに対する憐憫。
 そこでふと、自分の考えの愚かさに着眼する。

(……いや、可哀そうもなにもない。そういう仕組みなんだろ。この世界では)

 わかった気になってはいけない。理解して気でいたり、納得を経ていたりしても、結局はこの異端なる現実は外界肌の自分にとって迎合的になることはないのだ。言うなれば極限的な孤独。この世界には自分と境遇を同じくする者も、理解を寄せるべくして歩み寄ってくれるものも存在しない。
 それなのにどうして、他人や人間ですらない小人のことを心配する必要があるのか、不憫に思う心があるのか。全く以て無駄であり、唾棄してなおも腐臭を放つような醜い心の構造の思えてならなかった。


―――

「アミヤナさん。無事でしたか」

 浮かない顔が二つ。藁が敷き詰められた簡易的な寝床のような所で仰向けに寝ているヴァンプール。自分を様々な窮地から脱するのに貢献してくれた恩人を前に、セノフォンテの面持ちは腐ったように昏いものだった。
 市民生活団体の多くの者らが着込んでいる共通の服をアミヤナもまた来ており、それでも隠せない多くの傷が皮膚には多数刻まれていた。

「あら、セノちゃん。そっちもなんともないようで何よりだわ」
「なんともない。ってことはないですけどね」

 小屋の中には数体のシャベナラが目覚めたアミヤナを介抱すべくせっせと働いていた。食事や包帯の替えなど、多くの物資を持ち込んでは持ち前の献身性を発揮する。それに対してアミヤナはお節介そうにしながらも、黙って受け止めていた。

「俺はなんだかそれなりに難しい状況に置かれているようです」
「そーね」
「アナタは俺を殺そうとする力が強大だって…言ってましたよね。で、俺なりにいろいろ考えてみたんです。俺は何がしたいのか、何を成し遂げたいのかって」
「そう」

 セノフォンテは拳を握りしめる。その締め込んだ掌の中の感情が、色を以て周囲に漏れ出す。

「――――結論として、
「詩人ね。いいことだわ」
 アミヤナは瞼を閉ざしたまま、そう答えた。

「俺にはこの世界の仕組みもこの世界で生きている生物の道理も理解できません。―――というか、知りたくもない。何かを懇切丁寧に教えて貰った所で、なんだかこの世界が嫌いになるばかりで利になることがない。あー。別にいろいろと教えてくださったアナタみたいな人に唾つけようってわけではないです。悪しからず……」
「つまり、意味とかどーでもいいからエンディングをちょーだい。ってカンジ?」
「いいですね。やっぱりアナタはどこか人間らしい。グランさんやイーネの連中に比べたら随分と不快度指数が低いもんですよ」
「うふ。話し上手は聞き上手なものよ」

「――――初めは、こういう困難な状況にあってもなんだかんだ藻掻けると思ってたんですよ。心の奥での楽観っていうか。下手に死の淵を見たことによる驕りっていうか。……そんでもって余裕かましてコード:LUNAの正体を暴こうって意気込んでみればこの様です。杜撰な計画と杜撰な協力者によって最初から最後までピンチの連続。…さっき記事を見た限りではエリゼさんはかなりの重篤なようで。宿業のあるアーカスの道化騎士と運命的な対峙を果たすってのはかなり良いストーリーが編めることでしょうが、そもそも俺には関係のないことです」
「ん」
「一から十まで、俺には関係ないんですよ。この世界の仕組みも歴史も、そこに棲んでる怪物たちの事情もどれも俺にとってはくだらない道化芝居を見ている気分なわけで……考えをまとめてみれば結局俺にとってはすべてが不都合なことであり、俺にとって都合が良いのは五体満足でのこの世界からの脱出。或いは死んでも構いません。死にたくはないけど、死よりも鬱陶しい世界であるという風に納得できないこともないのがリアルな感想なわけですよ」
「………………………」

「コード:LUNAを追う過程で合成獣を手に掛けました。ええ、あーいうのがわんさかいる限り、コード:LUNAに適合するような生命体もまぁいるんでしょう。言ってしまえばコード:LUNAを見つけたといっても良いのかもしれません。何しろ、ヴァンプールだろうがマキナ・ヴェッラだろうが、或いはこの世界の人間でさえアレに匹敵する脅威になり得るわけですから」
「そーね。今のセノちゃんなら、町の一つや二つ、軍隊ってのもまぁそれなりにのしちゃうことも出来るわよ」
「で、そういう結論を俺の解答に据えた場合、あの愚かな立ち回りも無駄じゃなかったってことになります。というか、そこはもう良いんですよ。だって無理やり解決したわけですから。ね?」
「それでいいのなら、それがいいんじゃない?」

「あの回廊でヴァンプールと戦いました。強かった。というより、群集体系とかいうものの生物的な格の違いを見せつけられました。日常的に死闘を押し付け合ってるこの世界の人間にしてみればわからないのかもしれませんが、普通こういうのって一度経験したら立ち直れないんですよね。ま、俺は殺生が初めてってわけでもないので一応押し殺しましたけど」
「嫌よね。殺したり、殺されたりって…」
「わかります?でも、ここが今の一番の問題なんですよね。俺はもう戦いたくないし、殺し合いするのもごめんです。なのに、よくわからない奴らが俺を狙って殺しに来る。あちら側の事情でね」
「………」
「俺に向かってくる敵を全員殺す力があれば別ですが、このまま続ければ殺されるのは確実です。ま、最悪その場合は悔しいですが死ぬだけだから良い。でも、俺はなんでか死にきれない。海に落ちても、圧倒的な強者と対面しても……何故だか死ぬことが出来ない。アナタはその理由を知ってるじゃないですか?」

 そこで鋭さを持った眼光がセノフォンテの瞳から漏れた。すると、アミヤナは閉ざしていた瞼を開き、ひたと彼を見据える。

「ええ。察しはついてるわ。…でも、セノちゃんはこの世界の仕組みについて興味がないんでしょ?」
「そうですね。というか、新しいことを知るのが怖い。吐き気を催す毒です。俺はこの世界が嫌いでしょうがないし、死なない限りはこの世界からの脱出を達成したい。でも、それが初めから絶対不可能という結論が出ているのなら、俺はおとなしくこの場で自害するつもりです」

 拳に込められた力が腕を伝い、胴を伝い、足に伝う。セノフォンテの右足は彼の一度の足踏みを以て床を砕き割り、掘っ建てたような簡素な小屋は根本から吹き飛んだ。

「教えてくださいよ。足掻く意味はあるんですか?……戦う意味はあるんですか?」

――――
―――
――

「あるとも」「―――あるわ」


 グラン・カニシカの声がアミヤナの返答に覆いかぶさった。いつも通り、険しく愛想の欠片もない強張った面持ちの男がそこに立つ。真面目なようで限りなく愚かなこの男は、複雑骨折を経ていてもなおいつも通りの装いで二人の前に立っていた。

「結論だけ知りたいというのなら喜んで答えよう。ある。君が外界に出る手段は私の本懐と合致している。私も外の世界を目指している。私の目的はこの結論に終始し、その過程において昨日の潜入には莫大な意義があったと言える」
「………………」
「君はこの世界の事を嫌いだと言った。知りたくもないといった。それは最高の選択だ。君はそもそもこの世界のことを気にする必要はない。君がヴァンプールを殺そうが、人間を殺そうが、どんな巨悪と成り果てようが元の世界においてそれが咎められる行いであるはずがない。いいか?君は自分のために戦うとしてその善悪など誰が問えるわけでもない。私がやろうとしていることはこのプラグ・Sという腐った世界における叛逆だ。だが、決して君と目的を違えたものではない。仔細は違えど我々はその目的のために同士となれるのだ。君は生きるため、私は己の野望のために成すべきことがある。それだけで我々が手を結ぶ理由になるはずだ」

「…………………」

「はっ、体よく利用するための誘い文句にしか聞こえないだろう。本音を言えばそうだ。私もまたこの世界が大嫌いだからな。元の世界に戻るためになら利用できるものは利用する。この世界に到達して異例の速度でヴァンプールを仕留めた君となら偉業を成し遂げられる。勝てるはずだ。この困難は私の野望より生まれたもの。私にはこの先の展望、私の望む理想の形が見えている。―――――役者は揃ったと言って良い」

「アンタの底知れなさはわかっているつもりだ。…ただの狸じゃまぐれの要領じゃあ、あの死地からは逃げられない。どうにも同士とするには不服だけど、手を組むのに明確な動機が見えている相手なら判断材料としては十分だ」

 セノフォンテは言う。心の底からの鬱憤を纏わせた祝詞を。

「――――次の相手は?」






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