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一章 月の花
8話 騎士様との別れ
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パレットとジーンは夜明け前になって、再び森の中を移動し始めた。
パレットの服はまだ半乾きだが、びしょ濡れの状態よりはマシである。
そして朝をとうに過ぎた頃に、トカレ村にもどってきた。
パレットとジーンの姿を見た村人に驚かれた。
「あんたら、生きてたのかい!」
村人の言いように、パレットは眉を顰める。
だが話を聞くと納得する。
なんでも夜中に森から轟音が聞こえてきて、不吉だと噂をしていたようだ。
――あの魔法具の音か!
パレットがなんと言うべきか迷っていると。
「ええ、この通り無事ですよ。
ご心配おかけしました」
ジーンが外面モードでにこりと微笑む。
村人たちもそれで安心したようで、それぞれ仕事に戻って行った。
パレットはジーンに呆れを通り越してむしろ感心してしまう。
器用な男だ。
「ですが、さすがに疲れましたね」
そうジーンがこぼすのは最もで、パレットも頷く。
「今日は宿で休みましょう」
今から出立しても、日が暮れる前にアカレアの街に到着するか、ギリギリのところだ。
徹夜したせいで疲れた身体で、無理をしたくない。
このパレットの主張を、ジーンも聞き入れた。
「そうですね。
今日はこの村で一泊しましょう」
二人で宿に向かうと、宿屋の主人にも心配されていた。
「いやぁ、あんなに騒がしい満月の夜は初めてだ」
どうやら大変お騒がせしてしまったようだ。
思えば森の中で遭遇した不運な獣たちも、全て放置してきてしまった。
今日森に入った狩人は、死屍累々な様子に驚くに違いない。
「いろいろスミマセン……」
なんだか申し訳なく思ってしまったパレットは、頭を下げて謝った。
パレットは宿に預けておいた荷物を受け取ると、そのまま部屋に直行した。
半渇きだった服を着替えベッドに転がった。
そのままパレットは、夕刻前まで熟睡してしまったようだった。
疲れていたので、食事もとらずに寝てしまった。
そのせいでパレットは現在空腹である。
夜明け前に携帯食で簡単に腹ごしらえしたきりなのだ。
夕食について尋ねるために部屋を出ると、ジーンが階段を上ってきたところだった。
「こちらの部屋で、食事にしましょう」
両手に二人分の食事を持つジーンに微笑まれた。
拒否する理由はないので、パレットはそのままジーンの部屋へついていく。
「あんまり腹が減って起きたんだよ」
どうやらジーンも空腹で目が覚めたらしい。
そこでパレットの分も貰ってくるあたり、意外と親切かもしれない。
お互い空腹だったので、会話もせずに食事をする。
そしてお腹が満たされて満足したところで、パレットは大切なことを思い出した。
「ちょっと待ってて」
ジーンにそう言いおいて、パレットは自分の部屋に戻る。
そして荷物をとると、再びジーンの部屋に向かった。
「これ、渡しておくわ」
パレットがそう言って渡したのは、月の花の蜜が入った小瓶だった。
日の光に当てないように、革袋に入れたままだ。
「知っているかもしれないけど、日の光に当てないようにね」
小瓶を買った店で聞いた注意事項を、一応ジーンに伝える。
するとジーンは驚いた様子を見せた。
「そうなのか?」
驚かれたことに、パレットの方も驚いた。
「あら知らない?
私はアカレアの街でそう言われたんだけれど」
「初耳だ、あの野郎も知らないのかもな」
ジーンがそう愚痴る。
その言い方からすると、王城で上司あたりに情報をもらっていたのかもしれない。
「まあ、月の花自体が珍しいものだしね。
私もアカレアに来るまで、花の存在すら知らなかったわ」
これを教えることができただけでも、パレットの情報収集は無駄ではなかったということだろう。
「教えてくれて助かった。
うっかり日に当ててもし効果が消えでもしたら、今までの苦労が台無しだ」
ジーンが素直に礼を述べた。
もしそうなった場合、一月後にもう一度チャレンジしなければならない。
薬の材料と聞いているし、ひょっとしたら急ぎの用事なのかもしれない。
その後しばらく、二人が食事する音だけが室内に響いた。
そして食事を終えたジーンが、パレットに尋ねた。
「あんた、ずっとアカレアにいる気か?」
この質問に、パレットは天井を見上げて思案する。
「うーん。
他に行くところがないですし。
追い出されない限りは、たぶんアカレアにいますよ」
別段パレットは旅が好きなわけでも、風来坊というわけでもない。
定住できそうであれば、ずっとアカレアにいるだろう。
だがもしアカレアに居辛くなれば、よその街に行くかもしれない。
それでも、絶対に行くつもりのない場所もある。
「どこであれ、王都よりはマシというものです」
パレットの言葉に、ジーンが苦笑した。
「ま、王都なんて行きたくもないだろうな」
現在王都勤務であるジーンには、微妙な気持ちになるかもしれない。
だがこればかりは仕方ない。
「叔父たちがあそこにいるかぎり、私の鬼門ですね」
その後もうしばらくジーンと会話して、パレットは自分の部屋に戻った。
翌日、パレットとジーンは早朝にトカレ村を発った。
パレットは行きの道のりに比べれば、幾分か和やかに会話しながら、アカレアの街へ向かう。
そしてアカレアの街の門が遠くに見えてきた夕刻頃。
「俺はここまでだ」
ジーンがそう言って馬を止めた。
「街に入らないの?」
パレットが首を傾げると、ジーンが苦笑した。
「街に入ったら、領主に顔を見せなければいけなくなる。
そうしたら、なんだかんだと留められそうだ」
ありえる話だ、とパレットもこれ否定できない。
兵士を望んだジーンに、接待要員を付けるような領主様だ。
ジーンを引き留めて王都との縁を結ぼうとするに違いない。
「そういう理由でしたら、確かにジーンはこのまま素通りがいいかもしれませんね」
納得したパレットに、ジーンはニヤリと笑った。
「領主には、あんたからよろしく伝えておいてくれ」
この言葉に、パレットは一瞬嫌な顔をする。
何故連れてこなかったのか、とか言われそうだ。
とてつもなく面倒臭いと思ったが、仕方ないと諦めることにした。
「じゃあ、ここでお別れですね」
パレットは馬を降りて荷物を持ち直した。
思えば長いようで短い四日間だった。
普段通りの生活をしていれば、しなかったであろう体験をした気がする。
そして怪我もなく戻ってこれたのは、ひとえにジーンのおかげなのだ。
しかし、それを感謝の言葉にするのは、なんとなく言い辛い。
なのでなにか言おうとしたパレットは、どうでもいいことが口から突いて出た。
「ジーンはまっすぐ王都ですか」
尋ねたパレットに、ジーンは馬上で肩をすくめてみせた。
「急ぎだからな。
王都までは強行軍になる。
こっちへ来るまでも、ほぼ野宿だったしな」
やはり急ぎの用事であるようだ。
だから昨日無理して出発しなかったのか、とパレットは納得する。
昨日が帰り道で最後の休みだったのだろう。
ふうん、とパレットは気のないふりをして返事を返し、目の前の馬の首をそっと撫でる。
「フロストも、気を付けてね」
パレットがジーンの馬に話しかけるも、無反応だった。
可愛い気のない馬である。
「ははっ、こいつは気難しくてな。
蹴られないだけ好かれてるんだぜ」
ジーンがフォローのようなことを言うが、要は主人同様馬も性格が悪いということだろうか。
いつまでもこうしていては、ジーンが出発できない。
「それでは、私はこれで」
ジーンから離れ、パレットは歩いてアカレアの街の門まで向かう。
「パレット」
パレットは驚いて振り返った。
ジーンに名前を呼ばれたのは、初めてだからだ。
視線の先で、ジーンが笑顔を浮かべていた。
ニヤリとした皮肉気なものでも、嘘くさいさわやか笑顔でもなく、少々子供っぽく見える笑顔だった。
「縁があるなら、また会おう」
そう言った後、ジーンは馬で颯爽と駆けていく。
パレットはジーンの姿が小さくなるまで見つめていた。
パレットの服はまだ半乾きだが、びしょ濡れの状態よりはマシである。
そして朝をとうに過ぎた頃に、トカレ村にもどってきた。
パレットとジーンの姿を見た村人に驚かれた。
「あんたら、生きてたのかい!」
村人の言いように、パレットは眉を顰める。
だが話を聞くと納得する。
なんでも夜中に森から轟音が聞こえてきて、不吉だと噂をしていたようだ。
――あの魔法具の音か!
パレットがなんと言うべきか迷っていると。
「ええ、この通り無事ですよ。
ご心配おかけしました」
ジーンが外面モードでにこりと微笑む。
村人たちもそれで安心したようで、それぞれ仕事に戻って行った。
パレットはジーンに呆れを通り越してむしろ感心してしまう。
器用な男だ。
「ですが、さすがに疲れましたね」
そうジーンがこぼすのは最もで、パレットも頷く。
「今日は宿で休みましょう」
今から出立しても、日が暮れる前にアカレアの街に到着するか、ギリギリのところだ。
徹夜したせいで疲れた身体で、無理をしたくない。
このパレットの主張を、ジーンも聞き入れた。
「そうですね。
今日はこの村で一泊しましょう」
二人で宿に向かうと、宿屋の主人にも心配されていた。
「いやぁ、あんなに騒がしい満月の夜は初めてだ」
どうやら大変お騒がせしてしまったようだ。
思えば森の中で遭遇した不運な獣たちも、全て放置してきてしまった。
今日森に入った狩人は、死屍累々な様子に驚くに違いない。
「いろいろスミマセン……」
なんだか申し訳なく思ってしまったパレットは、頭を下げて謝った。
パレットは宿に預けておいた荷物を受け取ると、そのまま部屋に直行した。
半渇きだった服を着替えベッドに転がった。
そのままパレットは、夕刻前まで熟睡してしまったようだった。
疲れていたので、食事もとらずに寝てしまった。
そのせいでパレットは現在空腹である。
夜明け前に携帯食で簡単に腹ごしらえしたきりなのだ。
夕食について尋ねるために部屋を出ると、ジーンが階段を上ってきたところだった。
「こちらの部屋で、食事にしましょう」
両手に二人分の食事を持つジーンに微笑まれた。
拒否する理由はないので、パレットはそのままジーンの部屋へついていく。
「あんまり腹が減って起きたんだよ」
どうやらジーンも空腹で目が覚めたらしい。
そこでパレットの分も貰ってくるあたり、意外と親切かもしれない。
お互い空腹だったので、会話もせずに食事をする。
そしてお腹が満たされて満足したところで、パレットは大切なことを思い出した。
「ちょっと待ってて」
ジーンにそう言いおいて、パレットは自分の部屋に戻る。
そして荷物をとると、再びジーンの部屋に向かった。
「これ、渡しておくわ」
パレットがそう言って渡したのは、月の花の蜜が入った小瓶だった。
日の光に当てないように、革袋に入れたままだ。
「知っているかもしれないけど、日の光に当てないようにね」
小瓶を買った店で聞いた注意事項を、一応ジーンに伝える。
するとジーンは驚いた様子を見せた。
「そうなのか?」
驚かれたことに、パレットの方も驚いた。
「あら知らない?
私はアカレアの街でそう言われたんだけれど」
「初耳だ、あの野郎も知らないのかもな」
ジーンがそう愚痴る。
その言い方からすると、王城で上司あたりに情報をもらっていたのかもしれない。
「まあ、月の花自体が珍しいものだしね。
私もアカレアに来るまで、花の存在すら知らなかったわ」
これを教えることができただけでも、パレットの情報収集は無駄ではなかったということだろう。
「教えてくれて助かった。
うっかり日に当ててもし効果が消えでもしたら、今までの苦労が台無しだ」
ジーンが素直に礼を述べた。
もしそうなった場合、一月後にもう一度チャレンジしなければならない。
薬の材料と聞いているし、ひょっとしたら急ぎの用事なのかもしれない。
その後しばらく、二人が食事する音だけが室内に響いた。
そして食事を終えたジーンが、パレットに尋ねた。
「あんた、ずっとアカレアにいる気か?」
この質問に、パレットは天井を見上げて思案する。
「うーん。
他に行くところがないですし。
追い出されない限りは、たぶんアカレアにいますよ」
別段パレットは旅が好きなわけでも、風来坊というわけでもない。
定住できそうであれば、ずっとアカレアにいるだろう。
だがもしアカレアに居辛くなれば、よその街に行くかもしれない。
それでも、絶対に行くつもりのない場所もある。
「どこであれ、王都よりはマシというものです」
パレットの言葉に、ジーンが苦笑した。
「ま、王都なんて行きたくもないだろうな」
現在王都勤務であるジーンには、微妙な気持ちになるかもしれない。
だがこればかりは仕方ない。
「叔父たちがあそこにいるかぎり、私の鬼門ですね」
その後もうしばらくジーンと会話して、パレットは自分の部屋に戻った。
翌日、パレットとジーンは早朝にトカレ村を発った。
パレットは行きの道のりに比べれば、幾分か和やかに会話しながら、アカレアの街へ向かう。
そしてアカレアの街の門が遠くに見えてきた夕刻頃。
「俺はここまでだ」
ジーンがそう言って馬を止めた。
「街に入らないの?」
パレットが首を傾げると、ジーンが苦笑した。
「街に入ったら、領主に顔を見せなければいけなくなる。
そうしたら、なんだかんだと留められそうだ」
ありえる話だ、とパレットもこれ否定できない。
兵士を望んだジーンに、接待要員を付けるような領主様だ。
ジーンを引き留めて王都との縁を結ぼうとするに違いない。
「そういう理由でしたら、確かにジーンはこのまま素通りがいいかもしれませんね」
納得したパレットに、ジーンはニヤリと笑った。
「領主には、あんたからよろしく伝えておいてくれ」
この言葉に、パレットは一瞬嫌な顔をする。
何故連れてこなかったのか、とか言われそうだ。
とてつもなく面倒臭いと思ったが、仕方ないと諦めることにした。
「じゃあ、ここでお別れですね」
パレットは馬を降りて荷物を持ち直した。
思えば長いようで短い四日間だった。
普段通りの生活をしていれば、しなかったであろう体験をした気がする。
そして怪我もなく戻ってこれたのは、ひとえにジーンのおかげなのだ。
しかし、それを感謝の言葉にするのは、なんとなく言い辛い。
なのでなにか言おうとしたパレットは、どうでもいいことが口から突いて出た。
「ジーンはまっすぐ王都ですか」
尋ねたパレットに、ジーンは馬上で肩をすくめてみせた。
「急ぎだからな。
王都までは強行軍になる。
こっちへ来るまでも、ほぼ野宿だったしな」
やはり急ぎの用事であるようだ。
だから昨日無理して出発しなかったのか、とパレットは納得する。
昨日が帰り道で最後の休みだったのだろう。
ふうん、とパレットは気のないふりをして返事を返し、目の前の馬の首をそっと撫でる。
「フロストも、気を付けてね」
パレットがジーンの馬に話しかけるも、無反応だった。
可愛い気のない馬である。
「ははっ、こいつは気難しくてな。
蹴られないだけ好かれてるんだぜ」
ジーンがフォローのようなことを言うが、要は主人同様馬も性格が悪いということだろうか。
いつまでもこうしていては、ジーンが出発できない。
「それでは、私はこれで」
ジーンから離れ、パレットは歩いてアカレアの街の門まで向かう。
「パレット」
パレットは驚いて振り返った。
ジーンに名前を呼ばれたのは、初めてだからだ。
視線の先で、ジーンが笑顔を浮かべていた。
ニヤリとした皮肉気なものでも、嘘くさいさわやか笑顔でもなく、少々子供っぽく見える笑顔だった。
「縁があるなら、また会おう」
そう言った後、ジーンは馬で颯爽と駆けていく。
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