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二章 王都トルデリア
16話 騎士様の屋敷
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まだ病み上がりの王妃様に長時間無理をさせてはいけないということで、パレットはジーンやオルレインと共に王妃様の部屋から退室した。
王妃様の部屋を出てしばらく歩いたところで、パレットはさっそくジーンに小声で噛みついた。
「ちょっと、さっきの話はどういうこと?」
ジーンも小声でパレットに返してきた。
「十年王都を離れていたあなたは知らないでしょうが、今ドーヴァンス商会は評判が最高に悪い。
あなたが宿帳に素直に本名を書けば、袋叩きにあうことは必至ですよ」
オルレイン導師がいる手前猫かぶりの態度のままだが、そう言うジーンの表情は真剣だ。
「……そんなに?」
ジーンの話にパレットは眉を顰める。
名を明かせば袋叩きとは、あそこはどういうレベルの嫌われ方をしているのだろうか。
そんなパレットの疑問を察したのか、ジーンが説明してくれた。
「強引な商売をするので、同業者からも嫌われているという話です」
「……そうなんだ」
こんな話を聞かされては、パレットとしてもいらぬ世話だとは言えなくなる。
それどころか、感謝する場面かもしれない。
「じゃあ、ありがとう?」
「……ふん」
礼を言うパレットに、ジーンは鼻で笑って顔を背けた。
「話はついたのか?」
二人のこそこそ話がひと段落したと見たのか、オルレインが話しかけてきた。
「はい、先ほどのお話し通り、パレットは我が家に滞在します。
お手数ですがオルレイン導師、パレットを私が迎えに来るまで、部屋で待たせていただけませんか?」
王城をうろうろさせて、また妙な輩に絡まれては面倒だ。
そんなジーンの主張にオルレインは頷いた。
「その間、そこの魔獣の子を観察するとしよう」
そんなわけで、迎えが来るまでパレットはオルレインの研究室で待つことになった。
仕事に戻るジーンと一旦別れ、パレットは再びオルレインの研究室に向かった。
「お前は適当に座っていろ」
パレットにはそう言い置いておいて、手振りで早くミィを放すように指示してきた。
「ミィ、適当に遊んでいてね」
パレットがミィを床に降ろすと、オルレインはミィの観察を始めた。
パレットにはただ部屋の中にあるものにじゃれついているだけにしか見えないのだが、オルレインは一つ一つの行動にいちいち頷き、しきりにメモしている。
そうやって観察されることをミィは嫌がるかと思いきや、オルレインが出してきたおやつにつられたようで、おとなしく観察されるがままだ。
――私は退屈だわ
それを眺めながら、パレットはいつしか眠ってしまった。
なにかに揺すられるのを感じて、パレットは身動きした。
「おい、起きろ」
そう声をかけられて、パレットはぱちりと目を開けた。
――寝てたのか、私
顔を上げると、パレットを見下ろすジーンがいた。
どうやらジーンに起こされたようだ。
周囲を見れば、いつの間にかどこかに出かけたのか、オルレインの姿はない。
「あれ……」
膝の上を見れば、ミィも丸くなって一緒に寝ていた。
「俺はもう仕事を終えた。
帰るぞ」
パレットが寝ているうちに、もうそんな時間になったらしい。
パレットは大きく伸びをする。
ずいぶん長いところ同じ体勢でいたせいか、身体がきしんでいた。
ミィのおかげで膝の上が温かい。
「ミィ起きて、移動するんだって」
「うみゃ……」
パレットに揺すられて、ミィがくわっと大きく口を開けてあくびをした。
パレットの帰り支度と言っても、荷物を持つだけだ。
ジーンに連れられて、パレットは王城から出た。
入った時は馬車で来たが、出るのは徒歩である。
愛馬であるフロストを引いて歩くジーンと並んで、パレットは王都の街並みを歩く。
と言ってもここはまだ貴族が生活する区域だ。
昔パレットが見知っていた場所ではない。
どうでもいいが、ミィがフロストに興味を示して、今フロストの背中に乗っている。
フロストはそれに動じることもなく、振り落とそうともせずに、何事もないように歩いている。
パレットが特別無視されているわけではなく、これがフロストのスタンスのようだ。
ミィがご機嫌でフロストの背中で跳ねる様子を、時折すれ違う人が奇妙な目で見てくる。
「ところで、ジーンの家ってどこです?」
確か貧民街の出身だという話だったはずだ。
しかしジーンは、「着けばわかる」としか質問に答えない。
パレットは貴族区を出て貧民街まで行くのかと思いきや、ジーンは貴族区と商店が立ち並ぶ商業区の境目の手前で止まる。
そして周囲の貴族のお屋敷に比べれば小さいとはいえ、庶民の家に比べれば立派な建物の門を勝手に開けて、ずかずかと中に入る。
――え、ちょっと怒られるわよ!?
パレットが内心慌てだすと、すぐに玄関が開いたのが見えた。
かと思うと玄関から女の子が飛び出してきた。
「おかえりジーンにぃ!」
女の子は十歳くらいだろうか、ちょっと癖のある赤毛を風になびかせて全力で駆けてくる。
が、それもパレットを確認して少し手前で急停止する。
「えっと、お客様?」
女の子が小首を傾げてジーンを見る。
それにジーンが頷いた。
「ああ、母さんたちに連絡してくれ。
今日からしばらく滞在する、パレットだ」
「はぁい!わあ、初めてのお客様だ!」
そう言って女の子ははしゃぐようにしてお屋敷の中へ戻っていく。
パレットはそれをただ呆然と見ていた。
「ここは?」
パレットの質問に、ジーンがニヤリと笑った。
「俺の屋敷だ」
どう見てもお貴族様のお屋敷に見える建物が、ジーンの屋敷、つまりは家なのだという。
「あなた、貧民街出身だって言ってませんでした?」
パレットがじっとりとジーンを睨みつけるも、意に介した様子はない。
「例の件で、褒美に貰ったんだよ」
なるほど、結果的に病の王妃様を助けたのだから、褒美くらいは出るだろう。
それからすぐにジーンの母親だという人が出てきて、パレットが泊まる部屋へ案内してもらった。
そして部屋で一人になると、パレットは着替えもそこそこにベッドに倒れ込んだ。
「ともかく、疲れた……」
久しぶりのベッド、しかも自分の部屋のものよりも柔らかいそれに、パレットはすぐに睡魔に襲われた。
王妃様の部屋を出てしばらく歩いたところで、パレットはさっそくジーンに小声で噛みついた。
「ちょっと、さっきの話はどういうこと?」
ジーンも小声でパレットに返してきた。
「十年王都を離れていたあなたは知らないでしょうが、今ドーヴァンス商会は評判が最高に悪い。
あなたが宿帳に素直に本名を書けば、袋叩きにあうことは必至ですよ」
オルレイン導師がいる手前猫かぶりの態度のままだが、そう言うジーンの表情は真剣だ。
「……そんなに?」
ジーンの話にパレットは眉を顰める。
名を明かせば袋叩きとは、あそこはどういうレベルの嫌われ方をしているのだろうか。
そんなパレットの疑問を察したのか、ジーンが説明してくれた。
「強引な商売をするので、同業者からも嫌われているという話です」
「……そうなんだ」
こんな話を聞かされては、パレットとしてもいらぬ世話だとは言えなくなる。
それどころか、感謝する場面かもしれない。
「じゃあ、ありがとう?」
「……ふん」
礼を言うパレットに、ジーンは鼻で笑って顔を背けた。
「話はついたのか?」
二人のこそこそ話がひと段落したと見たのか、オルレインが話しかけてきた。
「はい、先ほどのお話し通り、パレットは我が家に滞在します。
お手数ですがオルレイン導師、パレットを私が迎えに来るまで、部屋で待たせていただけませんか?」
王城をうろうろさせて、また妙な輩に絡まれては面倒だ。
そんなジーンの主張にオルレインは頷いた。
「その間、そこの魔獣の子を観察するとしよう」
そんなわけで、迎えが来るまでパレットはオルレインの研究室で待つことになった。
仕事に戻るジーンと一旦別れ、パレットは再びオルレインの研究室に向かった。
「お前は適当に座っていろ」
パレットにはそう言い置いておいて、手振りで早くミィを放すように指示してきた。
「ミィ、適当に遊んでいてね」
パレットがミィを床に降ろすと、オルレインはミィの観察を始めた。
パレットにはただ部屋の中にあるものにじゃれついているだけにしか見えないのだが、オルレインは一つ一つの行動にいちいち頷き、しきりにメモしている。
そうやって観察されることをミィは嫌がるかと思いきや、オルレインが出してきたおやつにつられたようで、おとなしく観察されるがままだ。
――私は退屈だわ
それを眺めながら、パレットはいつしか眠ってしまった。
なにかに揺すられるのを感じて、パレットは身動きした。
「おい、起きろ」
そう声をかけられて、パレットはぱちりと目を開けた。
――寝てたのか、私
顔を上げると、パレットを見下ろすジーンがいた。
どうやらジーンに起こされたようだ。
周囲を見れば、いつの間にかどこかに出かけたのか、オルレインの姿はない。
「あれ……」
膝の上を見れば、ミィも丸くなって一緒に寝ていた。
「俺はもう仕事を終えた。
帰るぞ」
パレットが寝ているうちに、もうそんな時間になったらしい。
パレットは大きく伸びをする。
ずいぶん長いところ同じ体勢でいたせいか、身体がきしんでいた。
ミィのおかげで膝の上が温かい。
「ミィ起きて、移動するんだって」
「うみゃ……」
パレットに揺すられて、ミィがくわっと大きく口を開けてあくびをした。
パレットの帰り支度と言っても、荷物を持つだけだ。
ジーンに連れられて、パレットは王城から出た。
入った時は馬車で来たが、出るのは徒歩である。
愛馬であるフロストを引いて歩くジーンと並んで、パレットは王都の街並みを歩く。
と言ってもここはまだ貴族が生活する区域だ。
昔パレットが見知っていた場所ではない。
どうでもいいが、ミィがフロストに興味を示して、今フロストの背中に乗っている。
フロストはそれに動じることもなく、振り落とそうともせずに、何事もないように歩いている。
パレットが特別無視されているわけではなく、これがフロストのスタンスのようだ。
ミィがご機嫌でフロストの背中で跳ねる様子を、時折すれ違う人が奇妙な目で見てくる。
「ところで、ジーンの家ってどこです?」
確か貧民街の出身だという話だったはずだ。
しかしジーンは、「着けばわかる」としか質問に答えない。
パレットは貴族区を出て貧民街まで行くのかと思いきや、ジーンは貴族区と商店が立ち並ぶ商業区の境目の手前で止まる。
そして周囲の貴族のお屋敷に比べれば小さいとはいえ、庶民の家に比べれば立派な建物の門を勝手に開けて、ずかずかと中に入る。
――え、ちょっと怒られるわよ!?
パレットが内心慌てだすと、すぐに玄関が開いたのが見えた。
かと思うと玄関から女の子が飛び出してきた。
「おかえりジーンにぃ!」
女の子は十歳くらいだろうか、ちょっと癖のある赤毛を風になびかせて全力で駆けてくる。
が、それもパレットを確認して少し手前で急停止する。
「えっと、お客様?」
女の子が小首を傾げてジーンを見る。
それにジーンが頷いた。
「ああ、母さんたちに連絡してくれ。
今日からしばらく滞在する、パレットだ」
「はぁい!わあ、初めてのお客様だ!」
そう言って女の子ははしゃぐようにしてお屋敷の中へ戻っていく。
パレットはそれをただ呆然と見ていた。
「ここは?」
パレットの質問に、ジーンがニヤリと笑った。
「俺の屋敷だ」
どう見てもお貴族様のお屋敷に見える建物が、ジーンの屋敷、つまりは家なのだという。
「あなた、貧民街出身だって言ってませんでした?」
パレットがじっとりとジーンを睨みつけるも、意に介した様子はない。
「例の件で、褒美に貰ったんだよ」
なるほど、結果的に病の王妃様を助けたのだから、褒美くらいは出るだろう。
それからすぐにジーンの母親だという人が出てきて、パレットが泊まる部屋へ案内してもらった。
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