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二章 王都トルデリア

17話 混乱する王城

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ジーンは王妃殿下の部屋から出てパレットと別れた後、騎士団副団長であるアレイヤードに呼ばれた。
そして王城内での魔獣騒ぎについて質問された。

「騎士数名が、ジーンが魔獣を連れ込み、王城を混乱に陥れたと騒いでいるのだが」

予想していた通りの展開に、ジーンはため息を漏らした。

「ある意味事実ですがね。
あれは王城を混乱させるほどのものではありません。
魔獣ではありますがほんの子供で、現在オルレイン導師のもとにいます」

あのような子猫もどき相手に、彼らはどれだけ話を大きくするつもりなのか。
自分たちの恥を晒すだけだと早く気付くべきだろう。

 ――火を吹かなきゃ、子猫そのものだぞ、アレ

 たとえ襲ってきたとしても、大して害にならなそうなくらいに幼い魔獣だ。
むしろ剣を向けた方が、絵面的に悪者に見える気がする。
 ジーンの様子で大体話が読めたのか、アレイヤードは表情を少し和らげた。

「どのような魔獣だったのだ?」

アレイヤードの問いに、ジーンは脳裏にパレットが連れてきた魔獣の子の姿を思い浮かべた。
確かパレットはミィと呼んでいた。
先が房のようになっている珍しい尻尾以外、猫と特徴の似通っている魔獣の子だ。
ジーンは王城にパレットがいたことにも当然驚いたが、魔獣を手懐けていることにももっと驚いた。

 ――パレットは子猫だと思ったらしいが、明らかに猫じゃねぇぞアレ

 特徴のある尻尾はもちろんだが、足の太さや意外と鋭い牙などが、猫じゃないと告げていた。
あれは大型の獣の子のものだ。
パレットが特別動物に疎いのか、街暮らしはあんなものなのか。
ジーンには判断がつけ難い。

「オルレイン導師が言うには、ガレースという種類の魔獣だそうです。
しかしまだ赤ん坊を脱したばかりの小さな子供で、火種程度の火を口から吐く程度がせいぜいです。
ちょっと珍しい子猫と言われても納得してしまうくらいに幼いのです」

「……なるほど。
その程度のものに右往左往していたわけか、あいつらは」

アレイヤードが頭痛を抑えるような仕草をする。
その気持ちは察して余りあるものがある。
まるっきり子猫相手に王城内で大騒ぎされたのだから。
 続いてジーンは、何故魔獣の子がフラフラしていたのかにも言及する。

「アカレアの領主館より派遣された文官が、子猫だと思って連れていたようです。
王城内をフラフラしていた魔獣の子を偶然見かけたオルレイン導師が、騎士にその所在を尋ねたことが騒ぎの元です」

アカレアの領主館の文官は、月の花の蜜採取の折にジーンが協力を求めた女性だということ。
彼女が魔獣だと知らずに、成り行きで仕方なく一緒に王城まで連れてきてしまったのが、件の魔獣の子だということ。
王城から呼ばれてやってきた彼女を、王城の文官が勝手に罪人扱いをして処分しようとしていたこと。
そして彼女を王城に呼んだのは、王妃殿下だったこと。
 これらの話を聞いたアレイヤードは頭痛が増したようだった。

「アカレアの文官殿も運が悪かったな。
おそらく反体制派の者に出迎えられたのだろう、あれらは上の命令を好きに曲解するのが得意だ。
まったく騎士も騎士だが文官も文官だな。
陛下の悩みは深いだろう」

これについてジーンは無言でいた。
お偉い人が考えることに、ジーンが口を挟むべきではない。

「そのアカレアの文官殿は、今どうしている?」
「オルレイン導師の研究室で待ってもらっています。
当面私の家に滞在します」

どうやら王城の文官のせいで、門から直接連れてこられたらしいパレットだが、それは案外行幸だったのかもしれない。
街中でドーヴァンス商会の悪名の被害を受けずに済んだのだから。
 王妃殿下の客人を待たせているのならと、ジーンは仕事を早めに終える許可が下りた。
ジーンがすぐにオルレインの研究室に行くと、部屋の主は不在で、パレットは机に顔を伏せて眠っていた。
魔獣の子も、パレットの膝の上で丸くなっている。

「おい、起きろ」

そう声をかけて軽く身体を揺すると、パレットは身動きをしてもそもそと起きだした。
改めて間近でその顔を見ると、目の下に薄い隈ができている。
慣れない馬車の旅をしてきたのだ、寝不足でも不思議ではない。
服装だって旅装のままで、とても王城に上がる恰好ではない。
おそらく荷物の中にはアカレアの領主館の文官のお仕着せがちゃんと入っているのだろうが。

 ――こいつも、とんだ災難だな

 寝ぼけ眼でぼんやりしているパレットを見て、ジーンはそう思う。

「俺はもう仕事を終えた。
帰るぞ」
「ミィ起きて、移動するんだって」

パレットの膝の上の魔獣の子が、身体を上げて大あくびをする。
この魔獣の子のおかげで騎士団は大騒ぎをしたのだが、当の魔獣の子は呑気なものである。
 王城をうろついてまた妙な輩に絡まれてはいけない。
ジーンはさっさと王城を出ることにした。
徒歩のパレットに合わせて、ジーンは愛馬のフロストをひきながら歩いて帰る。
魔獣の子がフロストの背中に乗って、はしゃぐように飛び跳ねるのを、フロストは若干上機嫌に許容している。
フロストは意外と子供や小さい生き物が好きな性質なのだ。

「ところで、ジーンの家ってどこ?」

肝心なことを聞いていないことに、パレットがようやく気付いたようだが。

「着けばわかる」

としかジーンは答えなかった。
 現在ジーンが暮らしているのは、昔さる男爵家が暮らしていたという屋敷である。
「月光水」の材料採取で王妃殿下の命を救う手助けをしたということで、褒美にもらったのだ。
内密の仕事だったので、表立って褒賞できないお詫びにと、副団長経由でもらったのだ。
 それまでは兵士の頃から住んでいる兵舎で暮らしていたが、騎士になり楽な仕事をしていると、居辛くなってきたのも確かだった。
なのでこの屋敷をもらったことは、ジーンにとって丁度いい頃合いでもあった。
 だがなんといっても元男爵家である。
屋敷はそれなりの広さがあり、母親と弟を貧民街から呼び寄せても、まだ管理が行き届かない。
屋敷の維持管理に関わるお金も支給されることになっていて、人を雇うことも可能だった。
しかし本来、貴族の屋敷の維持管理の仕事は、貴族出身の人間が行う。
当然ながら貧民街出身の騎士の屋敷に雇われる貴族などいるはずもない。
なので昔から家族ぐるみでなにかと世話になっていた一家に声をかけて、この屋敷に引っ越してきてもらった。
その一家も、突然貴族の屋敷に住むことになったジーンに驚いたものだ。

 ――俺がお貴族様の屋敷をもらったって言っても、兵士連中は信じねぇしな

 実際に見てもらう方が早い。
そんなわけで、ジーンが現在暮らしている家に案内すると、パレットは呆けた顔をした。

「あなた、貧民街出身だって言ってなかった?」

パレットがジーンを睨みつけてくるが予想の内だ。

「例の件で、褒美に貰ったんだよ」

王妃様の命を救ったという真実を知ってる貴重な人物だ。
この簡単な説明で、パレットは納得できたような顔をした。
 母親たちが出迎えてくれたが、挨拶は後回しにして疲れている様子のパレットを部屋へ案内してもらう。

「びっくりしたわ、あなたが女性を連れてくるなんて」

パレットを案内した後戻ってきた母親のエミリから、妙に笑顔で言われた。
ジーンの容姿は母親によく似ており、自分と同じ顔でニヤニヤされるとおかしな気分になる。

「いいだろ、別に」

好奇心で目を光らせるエミリから逃げるため、ジーンは着替えると言って早々に自室へ引っ込んだ。
 パレットは夕食の時間になっても部屋から出てこなかった。
出てきたのは魔獣の子だけだ。
食堂ではエミリと、引っ越してきた一家の奥さんであるマリーが夕食を並べていた。

「ジーンにぃ、お客様はまだ寝てるけどいいの?」

マリーの娘のアニタが、パレットを夕食の席に呼ぶべきかを尋ねてくる。
アニタが様子を見るために部屋を覗いたところ、ベッドの上でぐっすり寝ていたそうだ。
無理もない話だ。

「起きるまで寝かせてやれ。
乗り合い馬車の旅からすぐに王城に呼ばれる羽目になったんだ。
疲れてるんだろう」

しかもパレットにはなんの落ち度もない話で。
ジーンとしても同情を禁じ得ない。
続いて同情するようにマリーも頷いた。

「私はこんなお屋敷に住むのも、慣れるまで時間がかかったんだ。
それがいきなり王城へ連れていかれたなんて、びっくりしたなんてもんじゃないだろうね」

みんなにはパレットのことを、宿も決まっていないのに王城まで連れていかれた、不幸な地方勤めの文官だと話してある。
以前遠出をした時に、ちょっとした縁があったので屋敷に招いたのだと説明すると、ジーンの弟のレオンが珍しものを見たような顔をした。

「僕はまだその人と会っていないんだけど、兄さんがこんなに女性に親身になるなんて珍しいね。
表面上は親切にしても、相手が誤解するからって適当にあしらうのに、家に上げるなんて」

レオンは屋敷の中の細々としたことをしてもらっているのだが、丁度使いに出ていたため、パレットとすれ違ったのだ。
ジーンはレオンの言いざまに顔をしかめる。

 ――まるで俺が、女遊びに慣れてるみたいじゃねぇか

 母親譲りの見た目で、ジーンは女にモテる自覚はある。
それを利用して貧民街でいろいろ便宜を図ってもらったりもした。
しかしジーンとてもういい歳だし、身辺を引き締めないと、特に騎士団の同僚あたりが何を言うかわからない。
 しかめっ面のまま食事を突いていると、屋敷の維持管理をしているマリーの夫のライナスが自慢げに言った。

「俺は見たぞ、丁度庭仕事をしていたからな」
「私もちらっと見たかな」

アニタの姉のモーリンも話に加わる。
モーリンとアニタの姉妹は、屋敷の中の掃除を担当している。

「ねえ、どんな人?」

レオンたちは、パレットの話題で盛り上がっている。
 こうして、いつもよりも若干にぎやかに夕食の時間は過ぎていく。

「で、お前はどうして俺の食事を狙うんだ」
「みゃ!」

ジーンの皿から肉をかすめ取った魔獣の子が、満足そうに鳴いた。
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