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四章 王城の女性文官
37話 貴族の事情
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パレットはその日の夕食後、ジーンの部屋を訪ねた。
マリーはああ言うものの、ここの住人に余計な迷惑をかけていることには違いないので、屋敷の主に一言謝罪せねばと思ったのだ。
パレットはジーンの真似をして、酒とつまみを籠に詰めて持参する。
パレットがドアをノックすると、ジーンからすぐに返答が返って来る。
「珍しいな、あんたが俺の部屋に来るなんて」
廊下に顔を出したジーンは、パレットの持つ酒とつまみを見て取って、部屋へと招き入れた。
パレットは初めて入ったジーンの部屋に、思わず視線をあちらこちらにさ迷わせる。
ジーンはこの屋敷の主であるため、一番広い部屋を使っていた。
家具も元から置いてあったものを利用しているため、内装などは貴族の部屋といった様子だ。
そこに一人座るジーンを見ても、実に部屋にしっくり馴染んでいる。
――ジーンは黙っていると、貴族っぽく見えるのよね。
なにせジーンは、他の生粋の貴族である騎士と比べても見劣りしないのだ。
美容品に気を使っているなどということはなく、兵士の頃と変わらない生活をしているにも関わらずである。
本人は気にしているようだが、容姿で騎士に選ばれたというのは、パレットとしても納得できるものだった。
ジーンは仕事の最中だったようで、テーブルの上に紙の束が散らかっていた。
「邪魔だったかしら」
「いや、これはもう終わった」
ジーンはテーブルの上の紙の束を軽く集めてどかすと、そこに酒とつまみを置いた。
「うみゃ!」
パレットに付いてきたミィも、つまみに興味津々でテーブルに乗り上げた。
「はは、食い意地が張ってるな、おまえは」
ジーンがそう言って、ミィにハムを一切れ与える。
それに目を輝かせるミィを見て、パレットは眉をひそめる。
「ジーン、ミィを甘やかさないでください」
パレットはミィのことを、魔獣のくせに食い意地が張っている、と他人に言わせたくはない。
それを増長させる行いをするジーンに文句を言う。
しかしそんなパレットに、ジーンは肩を竦めた。
「教育熱心な母親みたいだぞ、あんた」
ジーンにそうからかわれ、パレットは固まる。
――今の、母親っぽい?
パレットは未だに、オルレイン導師に言われたことを気にしていた。
自分でも一体なににこだわっているのか、よくわかっていないが、母親というワードにもやもやするものを感じるのは確かだ。
そんなパレットのもやもやを、ジーンは違った風に捉えたようだ。
「なんだよ、そんなにミィを甘やかすのが気になるか?
でもこいつもこれで、食い物を貰う相手を選んでるみたいだぞ」
ジーンがパレットが用意していたグラスに酒を注ぐと、そんなことを言って来た。
「……そうなんですか?」
パレットにとってミィの印象は、甘え上手でちゃっかりしているというものだ。
だがジーンの前では違うらしい。
「おうよ。
王城でもこいつを餌付けしようとする奴は多いがな、貰ったものを食べるのは、あんたがいる管理室か王子殿下からくらいだな」
城下町ではいろいろな人に食べ物をもらっていた様子であったのに、王城では相手を選ぶとは。
――確かに王城では、簡単に信用するのはいけないことだけれど。
それとも、父親の前では違った顔を見せているのだろうか。
パレットがそんなことを考えていると、ミィは目の前にハムを置いた状態で、じっとパレットを窺っていた。
パレットが嫌な顔をしたので、ミィとしても食べていのか迷ったらしい。
上目遣いに見られると、パレットとしてもほだされてしまう。
「ミィ、それを食べていいわよ」
「うみゃ!」
パレットの許可が出たところで、ミィはハムにがぶりと噛みついた。
尻尾をブンブン振りながらハムと格闘するミィを、パレットがしばし眺めていると。
「それで、あんたはなんの話だ?」
ジーンにそう話を振られ、パレットはミィの躾のために来たわけではないことを思い出した。
「そう、大事な話があったんです」
パレットは軽く咳払いをして、ジーンに向き直った。
「今日マリーさんから聞いたのだけれど、管理室の人の子供がこの屋敷に遊びに来ているそうですね。
迷惑ではありませんか?」
「なんだ、そんなことか」
パレットが真面目な顔で告げた内容に、ジーンはそう言って笑いながらグラスの酒を煽った。
「安心しろ。
あの中にうちの副長の子供が混じっている」
「……え!?」
続くジーンの言葉に、パレットは目を丸くする。
なんと、全て管理室の人の子供ではなかったようだ。
「それぞれの子供には見張りがちゃんと付いて来ているし、俺も遊びに来るのは構わない。
その代わり、アニタの言うことに従わなければ、次からは受け入れないと、先方には伝えてある」
ここでの子供たちは、木に登ったり屋敷内の探検をしたりと、大したことをするわけではない。
ジーンとしてはそれで楽しいのか不思議だが、子供は大変に喜んで帰るのだとか。
一方で、貴族の子供の遊びとは、事前にきちんと文を交わして約束をして、お茶を共にしたりチェスをしたりするのが常だそうだ。
庶民の感覚からすれば、それはもはや大人の社交とあまり変わらず、遊びとは言えない。
「ま、あいつらにとっては、うちは秘密の集い場ってことだな。
貴族の子供にとっては、突発的に遊びに行ってもいい場所ってのは貴重だそうだぜ」
子供がジーンの屋敷を訪れても、他の貴族たちは平民ごとにき大したことはできないと鼻で笑って、危機だと思わない。
だからこそ子供にとって、気軽に行ける場所なのだ。
そんな子供らしからぬ裏事情を知り、パレットはため息を漏らす。
「貴族って、息苦しいものなのね」
「そうかもな」
そう呟くパレットに、ジーンも頷いた。
マリーはああ言うものの、ここの住人に余計な迷惑をかけていることには違いないので、屋敷の主に一言謝罪せねばと思ったのだ。
パレットはジーンの真似をして、酒とつまみを籠に詰めて持参する。
パレットがドアをノックすると、ジーンからすぐに返答が返って来る。
「珍しいな、あんたが俺の部屋に来るなんて」
廊下に顔を出したジーンは、パレットの持つ酒とつまみを見て取って、部屋へと招き入れた。
パレットは初めて入ったジーンの部屋に、思わず視線をあちらこちらにさ迷わせる。
ジーンはこの屋敷の主であるため、一番広い部屋を使っていた。
家具も元から置いてあったものを利用しているため、内装などは貴族の部屋といった様子だ。
そこに一人座るジーンを見ても、実に部屋にしっくり馴染んでいる。
――ジーンは黙っていると、貴族っぽく見えるのよね。
なにせジーンは、他の生粋の貴族である騎士と比べても見劣りしないのだ。
美容品に気を使っているなどということはなく、兵士の頃と変わらない生活をしているにも関わらずである。
本人は気にしているようだが、容姿で騎士に選ばれたというのは、パレットとしても納得できるものだった。
ジーンは仕事の最中だったようで、テーブルの上に紙の束が散らかっていた。
「邪魔だったかしら」
「いや、これはもう終わった」
ジーンはテーブルの上の紙の束を軽く集めてどかすと、そこに酒とつまみを置いた。
「うみゃ!」
パレットに付いてきたミィも、つまみに興味津々でテーブルに乗り上げた。
「はは、食い意地が張ってるな、おまえは」
ジーンがそう言って、ミィにハムを一切れ与える。
それに目を輝かせるミィを見て、パレットは眉をひそめる。
「ジーン、ミィを甘やかさないでください」
パレットはミィのことを、魔獣のくせに食い意地が張っている、と他人に言わせたくはない。
それを増長させる行いをするジーンに文句を言う。
しかしそんなパレットに、ジーンは肩を竦めた。
「教育熱心な母親みたいだぞ、あんた」
ジーンにそうからかわれ、パレットは固まる。
――今の、母親っぽい?
パレットは未だに、オルレイン導師に言われたことを気にしていた。
自分でも一体なににこだわっているのか、よくわかっていないが、母親というワードにもやもやするものを感じるのは確かだ。
そんなパレットのもやもやを、ジーンは違った風に捉えたようだ。
「なんだよ、そんなにミィを甘やかすのが気になるか?
でもこいつもこれで、食い物を貰う相手を選んでるみたいだぞ」
ジーンがパレットが用意していたグラスに酒を注ぐと、そんなことを言って来た。
「……そうなんですか?」
パレットにとってミィの印象は、甘え上手でちゃっかりしているというものだ。
だがジーンの前では違うらしい。
「おうよ。
王城でもこいつを餌付けしようとする奴は多いがな、貰ったものを食べるのは、あんたがいる管理室か王子殿下からくらいだな」
城下町ではいろいろな人に食べ物をもらっていた様子であったのに、王城では相手を選ぶとは。
――確かに王城では、簡単に信用するのはいけないことだけれど。
それとも、父親の前では違った顔を見せているのだろうか。
パレットがそんなことを考えていると、ミィは目の前にハムを置いた状態で、じっとパレットを窺っていた。
パレットが嫌な顔をしたので、ミィとしても食べていのか迷ったらしい。
上目遣いに見られると、パレットとしてもほだされてしまう。
「ミィ、それを食べていいわよ」
「うみゃ!」
パレットの許可が出たところで、ミィはハムにがぶりと噛みついた。
尻尾をブンブン振りながらハムと格闘するミィを、パレットがしばし眺めていると。
「それで、あんたはなんの話だ?」
ジーンにそう話を振られ、パレットはミィの躾のために来たわけではないことを思い出した。
「そう、大事な話があったんです」
パレットは軽く咳払いをして、ジーンに向き直った。
「今日マリーさんから聞いたのだけれど、管理室の人の子供がこの屋敷に遊びに来ているそうですね。
迷惑ではありませんか?」
「なんだ、そんなことか」
パレットが真面目な顔で告げた内容に、ジーンはそう言って笑いながらグラスの酒を煽った。
「安心しろ。
あの中にうちの副長の子供が混じっている」
「……え!?」
続くジーンの言葉に、パレットは目を丸くする。
なんと、全て管理室の人の子供ではなかったようだ。
「それぞれの子供には見張りがちゃんと付いて来ているし、俺も遊びに来るのは構わない。
その代わり、アニタの言うことに従わなければ、次からは受け入れないと、先方には伝えてある」
ここでの子供たちは、木に登ったり屋敷内の探検をしたりと、大したことをするわけではない。
ジーンとしてはそれで楽しいのか不思議だが、子供は大変に喜んで帰るのだとか。
一方で、貴族の子供の遊びとは、事前にきちんと文を交わして約束をして、お茶を共にしたりチェスをしたりするのが常だそうだ。
庶民の感覚からすれば、それはもはや大人の社交とあまり変わらず、遊びとは言えない。
「ま、あいつらにとっては、うちは秘密の集い場ってことだな。
貴族の子供にとっては、突発的に遊びに行ってもいい場所ってのは貴重だそうだぜ」
子供がジーンの屋敷を訪れても、他の貴族たちは平民ごとにき大したことはできないと鼻で笑って、危機だと思わない。
だからこそ子供にとって、気軽に行ける場所なのだ。
そんな子供らしからぬ裏事情を知り、パレットはため息を漏らす。
「貴族って、息苦しいものなのね」
「そうかもな」
そう呟くパレットに、ジーンも頷いた。
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