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六章 王子様の誕生パーティー

67話 告白の真意

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王妃様に会いに行った日の夕刻、パレットは心身共にくたくたになって、屋敷に帰ってきた。

「パレットさん疲れた顔ね、大丈夫?」
「誰かにいじめられた?」

玄関で出迎えてくれたモーリンやアニタに心配される。
今のパレットは、よほどひどい顔をしているのだろう。

「まあ、ちょっとね……」

パレットはかろうじてそれだけ返すと、フラフラと自室に向かった。
 結局あれから一日中、王妃様の前で着せ替え人形よろしくドレス選びをしていた。
パレットだって女だ、着飾ることが嫌いなわけがない。
しかし、それも度を超すと苦痛になるということを、今日初めて知った。

 ――もうしばらく、ドレスは見たくないわ。

 貴族の女性はあんな苦労をしているのか、とパレットはちょっと貴族に対する意識を浮上させた。
 疲れたあまり、ちょっとだけ仮眠をとった後の夕食時。
パレットにとって幸いなことに、夕食の席にジーンはいなかった。
恐らく昨日早帰りした代わりに、今日残業しているのだろう。
ジーンがいないのでホッと胸を撫でおろしたパレットと違って、それが不満なものがいる。

「みぃ……」

肉を貰う相手がいないミィはつまらなそうに、チラチラと空いたジーンの席を見ていた。
ミィには悪いが、ここはパレットの心の平穏のために我慢してもらうしかない。
パレットはミィをなだめつつも、落ち着いて夕食をとった。
 そのあと、パレットはさっさと風呂を済ませてミィと寛ぐ。

「ミィも、ジーンにうんと噛みついてやって頂戴ね。
からかうなんてひどいと思わない?」

パレットは昨日から心に溜まっていた愚痴を、ミィ相手に吐き出していた。
ミィは利口な魔獣なので、パレットの膝の上でのんびりと愚痴に付き合ってくれる。
 ひとしきりミィ相手に愚痴を言うと、パレットは心持ちすっきりした気分になった。
そうして気分が軽くなると、次にパレットは眠気を覚える。
なにせ昨日寝れなかった分、寝不足なのだ。
このまま、今日は早めに寝てしまおう。
パレットがそう思った時だった。
 パレットの部屋の窓から、フロストを連れたジーンが帰宅した様子が見えた。
ずいぶん遅くまで残業していたらしいジーンは、フロストの首を叩いて、なにやら笑顔で話しかけている。
その呑気なやり取りに、パレットはふつふつと怒りが込み上げた。

 ――私は今日一日大変だったというのに、あっちはずいぶん楽しそうじゃないの。

 怒りは、パレットの先程までの眠気を吹き飛ばす。
今朝までの気まずい思いは吹き飛んで、パレットとしてはジーンに一言文句を言わねば気が済まなくなった。

「みゃ?」

様子の変わったパレットを、ミィが不思議そうに見上げる。

「そうよね、不満は本人にぶつけるべきよね」

パレットはそう呟くと、暗い笑みを浮かべる。
だが、ジーンが帰ってすぐはさすがに良くない。
パレットにもそれくらいの分別は残っていたので、ジーンが食事と風呂を済ませて私室に入った頃合いを見計らい、突撃することにした。
 パレットはミィを一撫ですると、足取り荒くジーンの部屋に向かう。
パレットの普通じゃない空気を察したのか、その後をミィが付いてくる気配はない。
 そして、パレットはノックもせずにジーンの部屋のドアを開けた。

「ジーンのせいで、えらい目にあったんですからね!」

ドアを開けた先では、立ち尽くすジーンが驚いて目を見開いていた。
風呂上がりのせいで髪は未だ水が滴っており、上気したした肌が妙に色っぽい。

 ――ああもう、色気にあてられている場合じゃないのよ!

 パレットは強引に視線を動かし、ジーンの目を睨みつける。

「なんだ、藪から棒に」

ジーンがパレットの剣幕に、思わず一歩下がる。
その一歩を詰めて、パレットは文句を繰り出す。

「私は今日朝からずっと、王妃様の前で着せ替え人形させられたんですよ!」
「ああ、あんた王妃殿下に呼ばれてたのか。
だから朝食にいなかったんだな」

順序としては逆なのだが、ジーンはそのように納得したようだ。
文句を言われても落ち着いた様子のジーンに、パレットの怒りはさらに増す。

「ジーンが王族のみなさんにどう言ったのか知りませんけどね、冗談を言う相手は見極めてください!
 おかげで王妃様相手に、恥ずかしい思いをしたんですから!」

このパレットの言い分に、ジーンのこめかみがピクリと動いた。

「……なにが、冗談だって?」

ジーンの声が若干低くなるが、それに気付かないパレットは、怒りのままに思いの丈を叫んだ。

「伴侶だとかなんだとか、私をからかうのは金輪際やめてください!」

パレットがそう言い切ると、ジーンの表情が急に凪いだ。

「ほぉう?」

ジーンが腹に響く声でそう言うと、ゆっくりとパレットに近寄って来る。

 ――え、なに?

 急に態度を変えたジーンに、今度はパレットが後ずさる。
パレットの予想と違う態度を取られ、パレットは眉をひそめる。
てっきりジーンから、からかい交じりの謝罪が来ると思っていた。
それなのに、どうしてジーンが怒っているように見えるのだろうか。

「えと、ジーン?」

ジーンの雰囲気のせいで、パレットの先程までの怒りが急激に萎む。
弱気になったパレットと対照的に、ジーンの怒りは増しているようだ。
その視線に気迫がこもっていた。

 ――ねえ、なんなの!?

 怒るべきは自分であるはずが、どうしてジーンが怒っているのだろう。
パレットにはさっぱりわからない。
混乱するパレットに向かって、ジーンが口を開いた。

「俺は女に冗談を真に受けられたことはあっても、真剣な告白を冗談だと流されたのは初めてだ」
「……は?」

ジーンが言った内容が、パレットの耳を右から左に流れて行く。
相手がわかっていないことを悟ったのが、ジーンは再び言った。

「俺は昨日、この上なく真剣に告白したんだがな。
それを冗談で流されるのは心外だ」
「こっ、告白!?」

パレットは脳にようやく理解が追い付き、顔を真っ赤にする。

 ――え、あれって本気の話だったの!?

「それを冗談だと? それこそ冗談じゃない」

ジーンの静かな怒りに、パレットは慌てて反論する。

「だって、ジーンだって最後は茶化すような言い方したじゃない!
 だからああ、からかわれたんだって……!」
「恥ずかしいんだよ、俺だって!
 貴族式の正式な求婚の作法なんざ!
 ラリーのごり押しがなけりゃしねぇよ!」

ジーンも負けじと大きな声で応戦してきた。
その顔色は若干赤い。
それは怒りのためか、はたまた恥ずかしいからかは、パレットには判断がつかない。
おかしい、不満を言いに来たのはパレットの方であるはずなのに。
この展開は一体どうしたことだろうか。
 そんなジーンが説明するには、ラリーボルトから「王妃様を納得させる申し込みの仕方」とやらを教わったのだそうだ。

『君が適当なことを言って王妃様から責められるのは、パレット嬢だからね』

そのラリーボルトからの脅し文句を聞いて、ジーンは渋々実行したのだとか。

「女をからかうためだけに、俺があんなこっ恥ずかしい真似をすると思われてたのか。
そうか、俺をそんな軟派な奴だと思っていたんだな、あんたは」
「や、それは、その……」

ジーンが意外と真面目だとは、パレットだって気付いていた。
けれどジーンはどこにいっても女性に人気がある男で、一方のパレットは、美人だとはお世辞にも言えない堅物女で。
釣り合わないのは一目瞭然ではないか。
そんな言い訳が頭の中をぐるぐるするが、ジーンが怖くて口に出して言えずにいる。

 ――ミィ、助けて!

 ミィを連れて来ればよかった、と今になって後悔しても遅い。
もうどうすればいいのかわからず、この場から逃げ出したいパレットの手を、ジーンが取った。
昨夜と同じシチュエーションに、パレットの胸がドキリと鳴った。

「あの、手、はなして……」
「今度は庶民的に言うぞ。
パレット、俺と結婚しろ」

パレットの抗議を聞き流したジーンが、ズバリと言った。
昨日とは違い、直接的な言い方をされたパレットは、衝撃のあまり口をパクパクさせる。

「け、結婚って、なにもそんな大事なこと、身近で適当に済ませなくても……」

なんとかしどろもどろに抵抗するパレットを、ジーンが視線で威圧してくる。

「そいつは心外だ。
俺はこの話を昨日の朝一番に副団長から聞いてから、仕事の間もずっと考えてたんだがな」

パレットは目を見開いた。
ジーンも、悩んでいたというのか。
こんな状況でなければ、パレットもときめいていたかもしれない。
だが今現在、パレットの心の中を占めるのは、ときめきよりも反発心だ。
ここで流されて頷いては、後々後悔しそうな気がする。
そう構えるパレットに、ジーンがなおも言い募る。

「言ったろう、そこいらの奴には頼めないと。
なにしろ、自分の結婚相手を、王族他の貴族にお披露目することになる。
ある意味晒しものだぞ?
 男にだって、それなりの覚悟がいるんだ」

そんなジーンの覚悟を、パレットはどうせ冗談だと流していたのだと知る。
だがパレットは、なおも抵抗する。

「だって、ジーンが私を好きだなんて……」

あるはずがない、と続けようとしたパレットは、ジーンに睨まれて声が尻すぼみになる。

「そうか、あんまりおしゃべりだと軽薄だと思われるかと思っていたんだが。
どこが好きかを敢えて言わせたいとは、あんたも悪い女だな」

ジーンがニヤリとした笑みを浮かべる。

「え、いや、そういうことじゃ……」
「あんたは基本真面目で善良な女だ。
それに堅物に見せようとしているが、子供に弱いところがある。
それに困っている弱者を見捨てることができない。
そういうところが好きだな。
あと、寝起きが意外と色っぽい」
「色っぽ……!?」

パレットの抵抗を無視してジーンから告げられた、今まで言われたことのない表現に、パレットは顔をさらに真っ赤にした。

「そうやって、すぐに赤くなる純情なところも好きだ」

胸の鼓動が激しすぎて、そのうち心臓が破裂して死んでしまうのではないだろうか。
そう思えるほどに、パレットの全身がバクバクと脈打っている。

「アンタは、俺が嫌いか?」

ジーンが直球で聞いてきた。

「嫌いとか好きとか、そういう問題じゃなくて……」
「男と女の間で、それ以上になんの問題があるんだよ」

パレットの言い逃れも、ジーンにバッサリと切られた。

「一緒に生活して不自由がないことは、ソルディング領への旅の間で確認済みだ」
「うぅ……」

こうなるのであれば、旅の間に盛大に喧嘩でもしておけばよかった。
パレットがそう思ったところで後の祭りだ。
流されまいとするパレットの心を、ジーンに先読みされている気がする。

「今までアンタは、自分の人生を自分で決めてきたんだろう。
けど、ここは俺に流されてもらおうか。
俺はもう、アンタに決めたんだ」

ジーンの強い眼差しと言葉から、パレットは逃げる術はなかった。
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