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六章 王子様の誕生パーティー
71話 第三の騎士様
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パレットはダンスの特訓に明け暮れる日々の合間に、再び王妃様に呼び出された。
ドレスの仮縫いの試着をしたいのだそうだ。
パレットにとって完全オーダーメイドの服など初めてで、しかもそれがドレスである。
試着するのも緊張するというものだ。
その日も朝一番に王妃様の部屋に行くと、前回と同じ騎士がいた。
「どうも、あの、王妃様に呼ばれて来たのですが……」
「聞いている」
パレットが皆まで言う前に、騎士から返事が返ってきた。
すぐに通してくれるのかと思いきや、相手はじっとパレットを見つめてくる。
「あの……?」
困惑するパレットに、騎士は口を開く。
「君は、あのジーンの婚約者だと聞いた」
そして、こんなことを尋ねられた。
「う、……はい、ソウデスネ」
婚約者と言われ、顔が引きつりそうになりながら頷く。
結果的に求婚を受け入れたのだから、婚約者で間違いはない。
けれど、猛烈に恥ずかしい。
ソルディング領への旅で、新婚夫婦と言われた時よりもずっと。
それはきっと、あの時は嘘の身分で、今回は真実だからだろう。
――私に婚約者だなんて、無縁だと思っていたわ。
パレットは、自身が可愛くもなければ愛想もなく、男性に好かれる性質ではないという自覚がある。
そんな自分の婚約者が、あの見目麗しいジーンであるのだから、人生とはわからないものだ。
「どうかしたのか?」
遠い目をするパレットの様子に、騎士は訝し気に眉をひそめる。
「いいえ、なんでも!」
なんとかパレットが気持ちを持ち直すも、騎士はまだパレットを見ている。
「なにか?」
パレットが眉をひそめると、騎士がボソリと呟いた。
「あのジーンの婚約者が、これほど地味……いや、奥ゆかしい女性だとは」
騎士が地味と言いかけたことは、聞こえなかったことにしてあげるべきだろうか。
己が少なくとも派手な女ではなく、ジーンと並べば釣り合わないことくらい、百も承知だ。
でもそれを口にしては駄目だと思うのだが。
「女性は内面も大切ですよ、騎士様」
パレットがチクリとやり返せば、騎士は真面目な顔で頷いた。
「ガーランドだ。
それもそうだな」
この騎士の名はガーランドというらしい。
少なくとも彼が、王妃様の護衛を任せられる人物なのは確かだろう。
――でもジーンやラリーボルト様と比べて、口が上手くない人なんでしょうね。
騎士とそんなやり取りをした後、パレットは王妃様の部屋に入った。
室内は、ずらりとお針子さんが並んで立っていた。
彼女らの側にドレスがある。
「あの、お呼びだと伺ったのですが……」
準備万端といった様子のお針子さんたちに圧倒されているパレットの前に、ウキウキとした様子を隠せない王妃様が進み出る。
「待っていたのよ! さぁさ、早くいらっしゃい!」
王妃様に手招きされて、パレットはお針子さんたちに近付く。
そうすると、あれよあれよという間にお針子さんたちに服を剥ぎ取られ、下着のみの姿になる。
ドレスの試着をするのだから、服を脱ぐのはわかる。
――でも、一言欲しい! 恥ずかしいよりも怖い!
もしかすると、貴族の女性はこうした着替えが日常なのかもしれないが、パレットには痴漢と紙一重な行為に思えた。
下着姿のパレットに、今度はドレスが着せ付けられていく。
まずはインナーを着せ付けられ、胸元を少々足された。
パニエはあまり布でかさばらないようになっている。
恐らくは、ダンスに苦戦しているパレットを気遣ってくれたのだろう。
これでダンス中にスカートの裾を踏むことは、なんとか回避できそうだ。
その上から着せられたドレスは、生地の色は淡い水色で、あまりゴテゴテとした飾りつけのされていない、すっきりとしたデザインとなっていた。
「まあ、いいわ、いいわね!」
ドレスのことなどパレットにはさっぱりわからないが、王妃様は満足なようだ。
「でも、あの、庶民の私には立派過ぎる気がするのですが……」
生地も恐らく最高級品であろうと思われる手触りの良さだ。
こんなものをパレットが来ていたら、他の貴族になんと言われるか。
「まあ、なにを言うのかと思えば」
パレットの心配を、王妃様はそう言って笑い飛ばした。
王妃様が言うには、貴族女性のドレスというものは勝負服なのだそうだ。
裕福な貴族はドレスの数が多くなるが、あまり裕福でない貴族は数を抑えて、その代わり豪奢な一点を作るのだとか。
あまり質素なドレスを着て行くと、招待した側から侮られたと思われる。
それを避けねばならないらしい。
「そう考えると、パレットさんはこれが唯一のドレスなのでしょう?
これしか持っていないと言えば、他と釣り合いがとれるというものですよ」
お茶会などの気安い集まりに着るための簡素なドレスを数着、王城や高位貴族が主催する催しに着るためのドレスを数着、それらを流行に合わせて手を入れながら上手に着まわすのが、出来る貴族女性なのだとか。
――なるほど、良くも悪くも浮かないことが大事なのか。
貴族に生まれなくてよかった、と何度目かの安堵を覚えたパレットであった。
補正などの細々とした調整をした後、パレットはドレスを脱いだ。
着るのも脱ぐのも、一人では到底無理である。
パーティー当日は王妃様の手配で、着せ付けの人員を屋敷に向かわせてもらえるらしい。
「きっとジーンもあなたに惚れ直すわ! 当日が楽しみね!」
楽しそうな王妃様だが、パレットは胃が痛くなる思いだった。
その日の夜、パレットは隣の居間でジーンと二人、酒を飲みながら話をした。
――結局忙しさのせいで、部屋替えに苦情を言う機会を失くしたわね。
パーティーに向けて仕事を免除されている分、出勤する日は仕事が積みあがっている。
朝早くから遅い時間まで仕事をこなし、休みもダンスの練習に費やし、部屋に帰っても疲れて寝るばかりだ。
そんな風に毎日が過ぎると、室内もパレットが使いやすいように整っていく。
この期に及んで文句を言っても、今更感は拭えない。
今も風呂に入った後で、ミィと戯れながらまったりと過ごしていると、ジーンの部屋側のドアがノックと同時に開いた。
「おい、飲むぞ」
酒とつまみを持ったジーンの誘いに、パレットが答えるよりも先に、ミィがつられていく。
「みゃん!」
「はいはい」
催促するように振り向くミィに、パレットは苦笑する。
ジーンに酒に誘われる回数が増えたのは、部屋替えをした影響だ。
お互い酒を酔ったらすぐに寝れるので、誘いやすくなったのだろう。
「今日はドレスの試着だったそうだな」
パレットがちびちびと酒を味わっていると、ジーンに話を振られた。
――うぅ、それを聞くのね。
ジーンにこの話をされるのではないかと思っていた。
わかっていても、パレットとしては気鬱である。
「王妃様は満足されたようですけど、着るのは私ですから。
過度な期待はしないでください」
しかめっ面で、パレットは告げた。
「女は着飾るのは好きだろう?
アンタはなんでそんな顔をしてるんだ。
まあ、アンタが着飾っている姿は、確かに見たことないが」
ジーンが不思議そうにパレットを見る。
パレットとて女であるので、着飾ることを嫌うわけではない。
ドレスだって、眺めているのは好きだと思う。
けれど、である。
「ドレスを自分が身に着けて男性の前に立つのは、とても勇気がいるんです!」
パレットは頬を微かに赤らめて、ジトリとした目でジーンを見た。
我ながら、乙女な考え方をしていると思う。
しかし、気恥ずかしいのはどうしようもない。
パレットは王妃様の称賛を真に受けるつもりはないし、見た目が華やかなジーンの隣に立つということが、どれほどの苦行か、今から考えてげっそりとする。
「可愛いことを言うんだな、パレット」
ククッ、と喉の奥で笑うジーンを、パレットは睨みつける。
――これ以上はドレスの話題を避けたい。
パレットは他の話題を探した。
「そう言えば王妃様の部屋の前で、今日も短い黒髪の逞しい騎士様を見たわ」
パレットが思い出した、寡黙そうな騎士のことを伝える。
「ああ、ガーランドね。
あいつは副団長の親族だ」
すると、ジーンからそのような情報がもたらされた。
そう言われれば納得だ。
鍛えた身体つきといい、あの騎士の雰囲気はアレイヤードに似ている。
頷くパレットの前で、ジーンは酒を飲みながら続けた。
「あいつは口下手でな。
そのせいで家柄はいいのに女にモテないと、ラリーが言っていたな」
「……まあ、女性におべっか使うのは、苦手そうだという印象はありますね」
女に面と向かって地味だと言ってしまうようでは駄目だろう。
彼は結婚したくば、その正直さを好ましく思う女性を見つけるしかない。
こうしてパレットはほろ酔い気分で、その日は就寝した。
ドレスの仮縫いの試着をしたいのだそうだ。
パレットにとって完全オーダーメイドの服など初めてで、しかもそれがドレスである。
試着するのも緊張するというものだ。
その日も朝一番に王妃様の部屋に行くと、前回と同じ騎士がいた。
「どうも、あの、王妃様に呼ばれて来たのですが……」
「聞いている」
パレットが皆まで言う前に、騎士から返事が返ってきた。
すぐに通してくれるのかと思いきや、相手はじっとパレットを見つめてくる。
「あの……?」
困惑するパレットに、騎士は口を開く。
「君は、あのジーンの婚約者だと聞いた」
そして、こんなことを尋ねられた。
「う、……はい、ソウデスネ」
婚約者と言われ、顔が引きつりそうになりながら頷く。
結果的に求婚を受け入れたのだから、婚約者で間違いはない。
けれど、猛烈に恥ずかしい。
ソルディング領への旅で、新婚夫婦と言われた時よりもずっと。
それはきっと、あの時は嘘の身分で、今回は真実だからだろう。
――私に婚約者だなんて、無縁だと思っていたわ。
パレットは、自身が可愛くもなければ愛想もなく、男性に好かれる性質ではないという自覚がある。
そんな自分の婚約者が、あの見目麗しいジーンであるのだから、人生とはわからないものだ。
「どうかしたのか?」
遠い目をするパレットの様子に、騎士は訝し気に眉をひそめる。
「いいえ、なんでも!」
なんとかパレットが気持ちを持ち直すも、騎士はまだパレットを見ている。
「なにか?」
パレットが眉をひそめると、騎士がボソリと呟いた。
「あのジーンの婚約者が、これほど地味……いや、奥ゆかしい女性だとは」
騎士が地味と言いかけたことは、聞こえなかったことにしてあげるべきだろうか。
己が少なくとも派手な女ではなく、ジーンと並べば釣り合わないことくらい、百も承知だ。
でもそれを口にしては駄目だと思うのだが。
「女性は内面も大切ですよ、騎士様」
パレットがチクリとやり返せば、騎士は真面目な顔で頷いた。
「ガーランドだ。
それもそうだな」
この騎士の名はガーランドというらしい。
少なくとも彼が、王妃様の護衛を任せられる人物なのは確かだろう。
――でもジーンやラリーボルト様と比べて、口が上手くない人なんでしょうね。
騎士とそんなやり取りをした後、パレットは王妃様の部屋に入った。
室内は、ずらりとお針子さんが並んで立っていた。
彼女らの側にドレスがある。
「あの、お呼びだと伺ったのですが……」
準備万端といった様子のお針子さんたちに圧倒されているパレットの前に、ウキウキとした様子を隠せない王妃様が進み出る。
「待っていたのよ! さぁさ、早くいらっしゃい!」
王妃様に手招きされて、パレットはお針子さんたちに近付く。
そうすると、あれよあれよという間にお針子さんたちに服を剥ぎ取られ、下着のみの姿になる。
ドレスの試着をするのだから、服を脱ぐのはわかる。
――でも、一言欲しい! 恥ずかしいよりも怖い!
もしかすると、貴族の女性はこうした着替えが日常なのかもしれないが、パレットには痴漢と紙一重な行為に思えた。
下着姿のパレットに、今度はドレスが着せ付けられていく。
まずはインナーを着せ付けられ、胸元を少々足された。
パニエはあまり布でかさばらないようになっている。
恐らくは、ダンスに苦戦しているパレットを気遣ってくれたのだろう。
これでダンス中にスカートの裾を踏むことは、なんとか回避できそうだ。
その上から着せられたドレスは、生地の色は淡い水色で、あまりゴテゴテとした飾りつけのされていない、すっきりとしたデザインとなっていた。
「まあ、いいわ、いいわね!」
ドレスのことなどパレットにはさっぱりわからないが、王妃様は満足なようだ。
「でも、あの、庶民の私には立派過ぎる気がするのですが……」
生地も恐らく最高級品であろうと思われる手触りの良さだ。
こんなものをパレットが来ていたら、他の貴族になんと言われるか。
「まあ、なにを言うのかと思えば」
パレットの心配を、王妃様はそう言って笑い飛ばした。
王妃様が言うには、貴族女性のドレスというものは勝負服なのだそうだ。
裕福な貴族はドレスの数が多くなるが、あまり裕福でない貴族は数を抑えて、その代わり豪奢な一点を作るのだとか。
あまり質素なドレスを着て行くと、招待した側から侮られたと思われる。
それを避けねばならないらしい。
「そう考えると、パレットさんはこれが唯一のドレスなのでしょう?
これしか持っていないと言えば、他と釣り合いがとれるというものですよ」
お茶会などの気安い集まりに着るための簡素なドレスを数着、王城や高位貴族が主催する催しに着るためのドレスを数着、それらを流行に合わせて手を入れながら上手に着まわすのが、出来る貴族女性なのだとか。
――なるほど、良くも悪くも浮かないことが大事なのか。
貴族に生まれなくてよかった、と何度目かの安堵を覚えたパレットであった。
補正などの細々とした調整をした後、パレットはドレスを脱いだ。
着るのも脱ぐのも、一人では到底無理である。
パーティー当日は王妃様の手配で、着せ付けの人員を屋敷に向かわせてもらえるらしい。
「きっとジーンもあなたに惚れ直すわ! 当日が楽しみね!」
楽しそうな王妃様だが、パレットは胃が痛くなる思いだった。
その日の夜、パレットは隣の居間でジーンと二人、酒を飲みながら話をした。
――結局忙しさのせいで、部屋替えに苦情を言う機会を失くしたわね。
パーティーに向けて仕事を免除されている分、出勤する日は仕事が積みあがっている。
朝早くから遅い時間まで仕事をこなし、休みもダンスの練習に費やし、部屋に帰っても疲れて寝るばかりだ。
そんな風に毎日が過ぎると、室内もパレットが使いやすいように整っていく。
この期に及んで文句を言っても、今更感は拭えない。
今も風呂に入った後で、ミィと戯れながらまったりと過ごしていると、ジーンの部屋側のドアがノックと同時に開いた。
「おい、飲むぞ」
酒とつまみを持ったジーンの誘いに、パレットが答えるよりも先に、ミィがつられていく。
「みゃん!」
「はいはい」
催促するように振り向くミィに、パレットは苦笑する。
ジーンに酒に誘われる回数が増えたのは、部屋替えをした影響だ。
お互い酒を酔ったらすぐに寝れるので、誘いやすくなったのだろう。
「今日はドレスの試着だったそうだな」
パレットがちびちびと酒を味わっていると、ジーンに話を振られた。
――うぅ、それを聞くのね。
ジーンにこの話をされるのではないかと思っていた。
わかっていても、パレットとしては気鬱である。
「王妃様は満足されたようですけど、着るのは私ですから。
過度な期待はしないでください」
しかめっ面で、パレットは告げた。
「女は着飾るのは好きだろう?
アンタはなんでそんな顔をしてるんだ。
まあ、アンタが着飾っている姿は、確かに見たことないが」
ジーンが不思議そうにパレットを見る。
パレットとて女であるので、着飾ることを嫌うわけではない。
ドレスだって、眺めているのは好きだと思う。
けれど、である。
「ドレスを自分が身に着けて男性の前に立つのは、とても勇気がいるんです!」
パレットは頬を微かに赤らめて、ジトリとした目でジーンを見た。
我ながら、乙女な考え方をしていると思う。
しかし、気恥ずかしいのはどうしようもない。
パレットは王妃様の称賛を真に受けるつもりはないし、見た目が華やかなジーンの隣に立つということが、どれほどの苦行か、今から考えてげっそりとする。
「可愛いことを言うんだな、パレット」
ククッ、と喉の奥で笑うジーンを、パレットは睨みつける。
――これ以上はドレスの話題を避けたい。
パレットは他の話題を探した。
「そう言えば王妃様の部屋の前で、今日も短い黒髪の逞しい騎士様を見たわ」
パレットが思い出した、寡黙そうな騎士のことを伝える。
「ああ、ガーランドね。
あいつは副団長の親族だ」
すると、ジーンからそのような情報がもたらされた。
そう言われれば納得だ。
鍛えた身体つきといい、あの騎士の雰囲気はアレイヤードに似ている。
頷くパレットの前で、ジーンは酒を飲みながら続けた。
「あいつは口下手でな。
そのせいで家柄はいいのに女にモテないと、ラリーが言っていたな」
「……まあ、女性におべっか使うのは、苦手そうだという印象はありますね」
女に面と向かって地味だと言ってしまうようでは駄目だろう。
彼は結婚したくば、その正直さを好ましく思う女性を見つけるしかない。
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