不機嫌な乙女と王都の騎士

黒辺あゆみ

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番外編 ルドルファン王国訪問記

その7

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ルドルファン王国に来た主目的を達すれば、パレットたちも後は帰るだけだ。
 帰国前日、パレットは最後に聖獣の温もりを堪能しようと、朝から宰相の屋敷の庭で聖獣たちを撫でている。
 ちなみにジーンは朝から王城に出かけ、今頃は騎士団との懇談会だ。

「はぁ、可愛い……」

幸せそうにするパレットの横で、ミィが聖獣達と一緒に木登りをして遊んでいた。
ミィは不器用な聖獣を木の上に押し上げてやり、お兄さんぶりを発揮している。

「カッコいいなぁ、魔獣」

聖獣と団子状態になりながら遊ぶミィを見て、羨まし気な顔をしているハルキに、パレットはクスリと笑う。

「他人の持つものはより良く思えるものです。
私は聖獣様に囲まれる生活に憧れますよ」

ミィとの生活だって楽しいが、それとこれとは別なのだ。

「あ、それは母上にも言われました。
『隣の芝生は青い』んだって」
「なるほど、うまい言い方ですね」

パレットはハルキと笑い合う。
 思い思いに過ごしているとやがて日が暮れ、ジーンも王城から戻って来た。
 そしてルドルファン王国での最後の夕食の席となる。

「客人の滞在は、私にとっても実に有意義な時間だった」

屋敷の主である宰相が、そう挨拶で述べた。
忙しいであろう宰相が、夕食は毎回同席していたのも、パレットたちを持て成すためだったのだろう。
パレットとしても、隣国の宰相と世間話をできたことは、色々とためになった。

「もっと長くいてくれていいのに……」

続いてアヤが残念そうに零す。
 パレットたちは、妊娠中で行動に制限がかかっているアヤとは、一緒にいる時間が少なかった。
本当ならアヤ自ら王都を案内したかったのだそうだ。

「彼らを早く帰さねば、マトワール国王が困るだろう。
また遊びに来てもらえるように、働きかけてみるが」

しょんぼり顔のアヤを宰相が宥める。

「僕はいつか、オルディア兄上にマトワール王国に連れて行って貰う約束なんです!」

その隣で、ハルキがキラキラした笑顔で告げた。
ハルキには訪れる際、上司達のストレス軽減のためにも、お忍びではなくて正規のやり方で訪問してもらいたいものだ。

 ――なんというか、この国の王族って押しが強いわよね。

 マトワール王国の王族もそう言った面はあるが、根回しなどの人間関係を気にするあまり、自由にできないことが多々ある。
だからこそ、一度王妃様あたりに捕まったら逃げられないということにも繋がるのだが。
 なんにせよ、貴族や他国に付け入らせないためには、この押しの強さを見習わなければならないのかもしれない。

「ジーン殿は、騎士団を見学は役立ちそうかな?」
「そうですね、身分を尊重しながら共に働くには、相応の苦労が必要だと学びました」

ジーンは宰相に話をふられ、真面目に答える。
 上層部の命令だけでは、身分の壁は越えられない。
互いを理解し合い、得意分野で棲み分けする工夫を学んだと、ジーンは告げた。

「パレット殿も、色々と見学したそうだが」
「そうですね、効率よく仕事をする環境を学びました」

他国の王城を見学して気付いたのは、マトワール王国の王城の部署が細かく分かれすぎていることだ。
 恐らく役職を増やす目的だろうが、そのせいで忙しい部署とほとんど仕事のない部署ができており、人員の無駄が発生していた。
このことは、帰って上司に報告するべき最重要案件だろう。
 二人共に得るものがあったと告げた中、宰相は笑みを浮かべた。

「我が国も、過去には多くの難民を生み出し貴国に迷惑をかけた。
それを顧みれば、国の崩壊前に踏みとどまることができたのは偉業だ。
マトワール国王は素晴らしい方だと、私は思う」
「……嬉しいお言葉、ありがとうございます」

周囲に味方の少ない中、なんとか国を正常な状態にしようと奮闘してきた王様にとって、身に染みる賛辞であろう。
パレットはジーンと視線を交わして微笑みあった。

 ――頑張っている姿は、誰かが見ているものなのね。

 駄目な王様だったなら、マトワール王国はとっくに崩壊していた。
地方領主が王城を見捨てなかったのも、王様に期待していた故であろう。
国外に出て、パレットはそのことを実感したのだった。
 翌日、屋敷を発つパレットたちを、アヤとハルキが見送ってくれた。
宰相は一足先に王城へ向かっている。

「お土産に、お好み焼きセットをたくさん準備したわ!」

アヤはパレットたちがソースを土産に買おうと思っていたことを、セシリアから聞きつけたらしい。
お好み焼きのレシピや調味料をたくさん用意して、パレット達に持たせてくれた。

「ありがとうございます!」
「……留守番でむくれていた殿下が喜ぶな」

笑顔でアヤに礼を言うパレットの横で、ジーンが小声で呟く。

「おソバの領地の人にも、すっごく美味しいよって伝えておいてね!」

オルディアが持ち帰った新ソバを早速堪能したアヤが、最後にそう言った。
伝えればキールヴィスが喜ぶだろう。

「僕も、絶対に遊びに行きます!」
「その時は、我が国の殿下と仲良くしてください」

両手を握りしめて宣言するハルキに、ジーンが苦笑した。
その際に護衛するのは、恐らくジーンになるだろう。
 アヤとハルキと別れて王城に向かえば、オルレイン導師らと一緒に陛下に帰国の挨拶をする。
 こうしてたくさんの土産物や話と共に、パレットたちのルドルファン王国訪問は無事終了したのだった。


帰国後、パレットとジーンは休日を合わせて取り、子供たちを屋敷に招待した。
アヤに貰ったお好み焼きセットで、パーティーを開くためだ。
 この日は庭に大きな鉄板を運び入れて、屋外パーティーの様相である。

「わぁ!」
「いい匂い!」

鉄板を囲んで、子供たちがソースの香りに歓声を上げる。
 まずは事前に練習していたアニタやモーリンが、子供たちの前でお好み焼きを焼いて見せる。
その様子を見た子供たちが、各自お好み焼きに挑戦する。

「ふんっ!」

群がる子供たちが火傷しないようにパレットが気を配る中、王子様は上手にお好み焼きを返してみせる。

「うわぁ、上手!」
「私、上手くできない……」

王子様は褒められて得意げになるも、すぐに落ち込んでいる女の子のところに行くと、コツを教えて一緒に返してあげている。

 ――なかなかの紳士ぶりじゃないの。

 パレットは王子様の気配りに微笑ましく思う。

「家に帰っても食べられないかなぁ?」

みんなで焼くという行為が真新しかった子供が、ポツリと呟く。
これに、パレットは笑って答える。

「レシピを教えてもらっていますから、お供の方にもそれを教えておきますね」
「本当か⁉」

この言葉に喜んだのは王子様だ。
王族の食事がどのようなものかは知る由もないが、きっと毒見などの検査が厳しいのだろうことは予想できる。
 王子様がこの屋敷で出される食事に文句を言ったことがないことを考えると、もしかすると温かい食事はあまり食べないのかもしれない。
だとすると、自分の手で料理したのは、まさしくこれが初めてということだ。

 ――そりゃあ、喜ぶわね。

 きっと両親に自慢して、褒めてもらいたいのだ。
王子様の小さなわがままが、叶うといいなとパレットも願った。
 王子様のみならず、他の子供たちも一緒に喜ぶ。
ここにいる子供たちは両親が忙しいため、なかなか一緒に食事をとれない場合が多い。
一家団欒を盛り上げるのに、お好み焼きはもってこいだろう。
 子供たちがワイワイ騒いでいる横で、子供についてきた大人たちも、お好み焼きを楽しんでいた。
こちらは、ジーンが外面モードで持て成している。

「これは癖になる味ですね」

上品な手つきでお好み焼きを食べるラリーボルトの隣で、ジーンも同じくお好み焼きを食べる。

「ルドルファン王国では、最初に騎士の間で流行ったとか。
その後、貴族の気楽な集まりにも利用されたそうです」
「確かに、料理法に難しい工程はないですね」

ジーンの説明に、ラリーボルトも納得する。
お好み焼きは、料理などする機会のない貴族でも、頑張ればできる料理だ。

「ここのところの王城の取り調べで、貴族への視線が厳しいものになってきてますから。
これはそのせいで冷え切った関係を修復するのに、いい助けになるやもしれません」

ラリーボルトの隣の者も、食べながらしみじみと述べる。

「しばらく王城の周辺では、暗い話題ばかりでしたからね。
息抜きのためにもこのあたりで、ぱあっと明るい話題も必要でしょう」

他からもそんな話が聞こえてくる。
ここに来る子供に付けられているのは、誰もが主の信頼が厚い人物ばかりだ。
きっとすぐに主の耳に入り、瞬く間にお好み焼きが流行することだろう。

「ひょっとしたら、今回のルドルファン王国行きの成果で、お好み焼きは一番のお手柄かもしれませんよ?」
「……かもな」

ラリーボルトの冗談めかした言葉に、ジーンも思わず素で返す。
 パレットの必死の王城見学やジーンの騎士団視察よりも、食べ物の方が喜ばれるとは。
この国もずいぶん平和になったものだと笑ってしまう。

「ジーン、ちゃんと食べてる?」

大人たちの集団に、パレットがやって来た。
子供たちはそろそろお腹いっぱいになったようなので、アニタとモーリンに任せてたのだ。

「食べてるさ。
ミィはどうしてる?」
「ちゃっかり子供たちに焼いてもらっているわ」

ジーンの問いに答えたパレットの視線の先に、きゃっきゃとはしゃぐ子供たちの中に、ミィの姿が見える。

「子供の笑い声って、いいものね」

そう言って微笑むパレットに、ジーンが囁く。

「俺らも、近いうちに作るか?」
「……馬鹿!」

パッと頬を赤くしたパレットは、ジーンの頭を軽く叩く。

「おぅい、ジーン、パレット!」

あちらで王子様が二人を呼んでいる。

「はぁい!」
「今行きます」

二人はそれに応えながら、並んで歩いて行くのだった。


fin
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