28 / 67
第一話 予定が狂った夏休み
28 隣り合うもなんとやら
しおりを挟む
由紀がそちらに視線をやると、20代後半か30代入口くらいだろう女性が座っている。足をちゃぷんと湯に浸したまま俯いていて、実に雰囲気が暗い。せっかくの開放的な空気が台無しだ。
――なるほど、だからこの人の隣だけ空いていたのか。
誰しも快適気分に水を差されたくはないだろう。近藤も気になるらしく、横目でチラチラ見ている。けれどある意味この人のおかげで場所が空くのを待たずにいれたわけで、他人のことなど気にしない人ならば単なるラッキーだろう。
――どうしたんだろうね?
ほんのちょっと気になった由紀は、眼鏡をずらして隣の女性を見てみた。すると全体的に黄色い中にピンク色が混じっていた。さらに中心部からキラキラがじわっと広がっているかと思いきや、外から薄黒いのが内側をちょっとだけ浸食している。
なんとも複雑な色模様に由紀が微かに首を捻っていると、あちらもようやくじっと見られていることに気付いたらしく、顔を上げてこちらに向いた。
「あ、どうも」
あまりにガン見していた由紀は、多少バツが悪くてとりあえずペコリと頭を下げる。
「……どうも」
すると女性の方もペコリとして、由紀とその隣の近藤を見た。
「ふふ、デート中?」
「「違います」」
しかし由紀たちを見てお約束のように聞かれたのに、思わず答える声が揃う。
「あら、違ったの? ならごめんなさいね」
この即答に照れや恥じらいではないと感じたのだろう、女性が謝ってきた。
「お気になさらず」
そう言う由紀はもはや慣れてしまって、もう虚無の域である。それは近藤も同様だったようで、あちらもスンとした顔になっている。
「二人は高校生?」
「はい、そうです」
「いいわね、一番楽しい時かも」
それは由紀たちに言っているようで、自分に言っているようでもある。この女性は今、楽しくはないのだろうか? それにしては、外側の薄黒いのを別にすれば、だいたい幸せそうな色合いなのだけれど。それにしても、キラキラは中心になるほど明るくて眩い。
――大人は複雑だなぁ。
由紀がそんな風に考えていると、
「ああ、いたいた」
そんな声が響いたかと思えば、背の高い男性がこちらに手を振りながら近づいてきた。
「お仕事の電話は終わった?」
女性も手を振りながら声をかけるので、どうやら女性の連れのようだ。その瞬間、中心からのキラキラが目映さを増す。
「あ、そっか」
そんな二人を見ていた由紀はようやくそのことを思い出して、思わず声が漏れる。キラキラの色は、単なる幸せの印ではない。
――キラキラはキミか。
色が複雑なのも道理で、彼女の色は「二人分」なのだ。
「私はもう出るんで、ココどうぞ」
由紀は男性のそう声をかけると、お湯から足を上げてタオルで拭い、靴と靴下を手に持って移動する。
「だな、行くか」
近藤も未練なく足湯から上がる。いくら足湯で温めとはいえ、やはり長湯したい気候ではない。裸足で歩ける歩道もあるので、靴と靴下はしばらくそこを歩いて足を冷ましてから履けばいいだろう。
「なんだか急かしたみたいね」
「お気になさらず」
すまなそうに言ってくる女性に由紀はそう返してから、ふと気を回して口を開く。
「赤ちゃん、元気に生まれるといいですね」
「……え?」
それを聞いた女性は真顔で驚いていたが、由紀は気にせずさっさと立ち去った。
「あの人、妊婦なのか?」
しばらくして女性たちが見えなくなってから、近藤が聞いてくる。
「そ~だね~」
「なんでわかった?」
頷くとさらに聞いてくるのに、由紀はなんと言うべきかと一瞬迷うが。
「勘」
由紀はあながち間違いではない答えを告げるけれど、続けて近藤が言った言葉には思わず固まる。
「ってかさ、あの二人が不倫旅行中だったらどうすんだよ? その情報マズくねぇか?」
その想定は全くしていなかった由紀である。というか、近藤の方こそドラマの見過ぎではないだろうか? いや、あの色合いはそういう雰囲気ではなかった、たぶん。
「……赤ちゃんを元気に産む分には、良くない?」
由紀の足掻きに、近藤は「知らねぇよ」と返す。まあ、近藤に不倫の人の気持ちがわかるはずもないだろう。もうこの件は忘れて、不倫旅行ではないことを祈るしかないと思う由紀である。
一方、近藤に不倫旅行疑惑を持たれてしまった二人はというと。
「子ども……いるのか?」
「ごめん」
「なんで謝るんだ?」
「だって前に、子どもが嫌いだって言ってたじゃない」
「は? いつ?」
「実家で、お兄さんの子どもが鬱陶しいって」
「あ~! あれは兄貴の所の悪ガキに正月早々に泥団子まみれにされて、風邪ひいたのをこじらせて肺炎起こしたっていう、あのガキ共絶対に許さんっていう話!」
「……そうだったっけ?」
「それとこれとは話が別! 自分の子どもなら、一緒に兄貴に泥団子ぶつけに行ってやるって!」
「なにそれ、もう」
どうやらすれ違いでの誤解があったようで、由紀のおかげで本音を話せたらしく、いい感じに話が落ち着いてイチャイチャし始めた。周囲の足湯客は先程までの気まずい雰囲気にげんなりしていたが、それとはまた違った意味で「もういいから早く出てどこかに行けよ」と思っていたのまでは、由紀や近藤にはわからないことであった。
――なるほど、だからこの人の隣だけ空いていたのか。
誰しも快適気分に水を差されたくはないだろう。近藤も気になるらしく、横目でチラチラ見ている。けれどある意味この人のおかげで場所が空くのを待たずにいれたわけで、他人のことなど気にしない人ならば単なるラッキーだろう。
――どうしたんだろうね?
ほんのちょっと気になった由紀は、眼鏡をずらして隣の女性を見てみた。すると全体的に黄色い中にピンク色が混じっていた。さらに中心部からキラキラがじわっと広がっているかと思いきや、外から薄黒いのが内側をちょっとだけ浸食している。
なんとも複雑な色模様に由紀が微かに首を捻っていると、あちらもようやくじっと見られていることに気付いたらしく、顔を上げてこちらに向いた。
「あ、どうも」
あまりにガン見していた由紀は、多少バツが悪くてとりあえずペコリと頭を下げる。
「……どうも」
すると女性の方もペコリとして、由紀とその隣の近藤を見た。
「ふふ、デート中?」
「「違います」」
しかし由紀たちを見てお約束のように聞かれたのに、思わず答える声が揃う。
「あら、違ったの? ならごめんなさいね」
この即答に照れや恥じらいではないと感じたのだろう、女性が謝ってきた。
「お気になさらず」
そう言う由紀はもはや慣れてしまって、もう虚無の域である。それは近藤も同様だったようで、あちらもスンとした顔になっている。
「二人は高校生?」
「はい、そうです」
「いいわね、一番楽しい時かも」
それは由紀たちに言っているようで、自分に言っているようでもある。この女性は今、楽しくはないのだろうか? それにしては、外側の薄黒いのを別にすれば、だいたい幸せそうな色合いなのだけれど。それにしても、キラキラは中心になるほど明るくて眩い。
――大人は複雑だなぁ。
由紀がそんな風に考えていると、
「ああ、いたいた」
そんな声が響いたかと思えば、背の高い男性がこちらに手を振りながら近づいてきた。
「お仕事の電話は終わった?」
女性も手を振りながら声をかけるので、どうやら女性の連れのようだ。その瞬間、中心からのキラキラが目映さを増す。
「あ、そっか」
そんな二人を見ていた由紀はようやくそのことを思い出して、思わず声が漏れる。キラキラの色は、単なる幸せの印ではない。
――キラキラはキミか。
色が複雑なのも道理で、彼女の色は「二人分」なのだ。
「私はもう出るんで、ココどうぞ」
由紀は男性のそう声をかけると、お湯から足を上げてタオルで拭い、靴と靴下を手に持って移動する。
「だな、行くか」
近藤も未練なく足湯から上がる。いくら足湯で温めとはいえ、やはり長湯したい気候ではない。裸足で歩ける歩道もあるので、靴と靴下はしばらくそこを歩いて足を冷ましてから履けばいいだろう。
「なんだか急かしたみたいね」
「お気になさらず」
すまなそうに言ってくる女性に由紀はそう返してから、ふと気を回して口を開く。
「赤ちゃん、元気に生まれるといいですね」
「……え?」
それを聞いた女性は真顔で驚いていたが、由紀は気にせずさっさと立ち去った。
「あの人、妊婦なのか?」
しばらくして女性たちが見えなくなってから、近藤が聞いてくる。
「そ~だね~」
「なんでわかった?」
頷くとさらに聞いてくるのに、由紀はなんと言うべきかと一瞬迷うが。
「勘」
由紀はあながち間違いではない答えを告げるけれど、続けて近藤が言った言葉には思わず固まる。
「ってかさ、あの二人が不倫旅行中だったらどうすんだよ? その情報マズくねぇか?」
その想定は全くしていなかった由紀である。というか、近藤の方こそドラマの見過ぎではないだろうか? いや、あの色合いはそういう雰囲気ではなかった、たぶん。
「……赤ちゃんを元気に産む分には、良くない?」
由紀の足掻きに、近藤は「知らねぇよ」と返す。まあ、近藤に不倫の人の気持ちがわかるはずもないだろう。もうこの件は忘れて、不倫旅行ではないことを祈るしかないと思う由紀である。
一方、近藤に不倫旅行疑惑を持たれてしまった二人はというと。
「子ども……いるのか?」
「ごめん」
「なんで謝るんだ?」
「だって前に、子どもが嫌いだって言ってたじゃない」
「は? いつ?」
「実家で、お兄さんの子どもが鬱陶しいって」
「あ~! あれは兄貴の所の悪ガキに正月早々に泥団子まみれにされて、風邪ひいたのをこじらせて肺炎起こしたっていう、あのガキ共絶対に許さんっていう話!」
「……そうだったっけ?」
「それとこれとは話が別! 自分の子どもなら、一緒に兄貴に泥団子ぶつけに行ってやるって!」
「なにそれ、もう」
どうやらすれ違いでの誤解があったようで、由紀のおかげで本音を話せたらしく、いい感じに話が落ち着いてイチャイチャし始めた。周囲の足湯客は先程までの気まずい雰囲気にげんなりしていたが、それとはまた違った意味で「もういいから早く出てどこかに行けよ」と思っていたのまでは、由紀や近藤にはわからないことであった。
3
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
S級ハッカーの俺がSNSで炎上する完璧ヒロインを助けたら、俺にだけめちゃくちゃ甘えてくる秘密の関係になったんだが…
senko
恋愛
「一緒に、しよ?」完璧ヒロインが俺にだけベタ甘えしてくる。
地味高校生の俺は裏ではS級ハッカー。炎上するクラスの完璧ヒロインを救ったら、秘密のイチャラブ共闘関係が始まってしまった!リアルではただのモブなのに…。
クラスの隅でPCを触るだけが生きがいの陰キャプログラマー、黒瀬和人。
彼にとってクラスの中心で太陽のように笑う完璧ヒロイン・天野光は決して交わることのない別世界の住人だった。
しかしある日、和人は光を襲う匿名の「裏アカウント」を発見してしまう。
悪意に満ちた誹謗中傷で完璧な彼女がひとり涙を流していることを知り彼は決意する。
――正体を隠したまま彼女を救い出す、と。
謎の天才ハッカー『null』として光に接触した和人。
ネットでは唯一頼れる相棒として彼女に甘えられる一方、現実では目も合わせられないただのクラスメイト。
この秘密の二重生活はもどかしくて、だけど最高に甘い。
陰キャ男子と完璧ヒロインの秘密の二重生活ラブコメ、ここに開幕!
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。
true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。
それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。
これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。
日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。
彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。
※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。
※内部進行完結済みです。毎日連載です。
隣に住んでいる後輩の『彼女』面がガチすぎて、オレの知ってるラブコメとはかなり違う気がする
夕姫
青春
【『白石夏帆』こいつには何を言っても無駄なようだ……】
主人公の神原秋人は、高校二年生。特別なことなど何もない、静かな一人暮らしを愛する少年だった。東京の私立高校に通い、誰とも深く関わらずただ平凡に過ごす日々。
そんな彼の日常は、ある春の日、突如現れた隣人によって塗り替えられる。後輩の白石夏帆。そしてとんでもないことを言い出したのだ。
「え?私たち、付き合ってますよね?」
なぜ?どうして?全く身に覚えのない主張に秋人は混乱し激しく否定する。だが、夏帆はまるで聞いていないかのように、秋人に猛烈に迫ってくる。何を言っても、どんな態度をとっても、その鋼のような意思は揺るがない。
「付き合っている」という謎の確信を持つ夏帆と、彼女に振り回されながらも憎めない(?)と思ってしまう秋人。これは、一人の後輩による一方的な「好き」が、平凡な先輩の日常を侵略する、予測不能な押しかけラブコメディ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる