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第一話 予定が狂った夏休み
28 隣り合うもなんとやら
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由紀がそちらに視線をやると、20代後半か30代入口くらいだろう女性が座っている。足をちゃぷんと湯に浸したまま俯いていて、実に雰囲気が暗い。せっかくの開放的な空気が台無しだ。
――なるほど、だからこの人の隣だけ空いていたのか。
誰しも快適気分に水を差されたくはないだろう。近藤も気になるらしく、横目でチラチラ見ている。けれどある意味この人のおかげで場所が空くのを待たずにいれたわけで、他人のことなど気にしない人ならば単なるラッキーだろう。
――どうしたんだろうね?
ほんのちょっと気になった由紀は、眼鏡をずらして隣の女性を見てみた。すると全体的に黄色い中にピンク色が混じっていた。さらに中心部からキラキラがじわっと広がっているかと思いきや、外から薄黒いのが内側をちょっとだけ浸食している。
なんとも複雑な色模様に由紀が微かに首を捻っていると、あちらもようやくじっと見られていることに気付いたらしく、顔を上げてこちらに向いた。
「あ、どうも」
あまりにガン見していた由紀は、多少バツが悪くてとりあえずペコリと頭を下げる。
「……どうも」
すると女性の方もペコリとして、由紀とその隣の近藤を見た。
「ふふ、デート中?」
「「違います」」
しかし由紀たちを見てお約束のように聞かれたのに、思わず答える声が揃う。
「あら、違ったの? ならごめんなさいね」
この即答に照れや恥じらいではないと感じたのだろう、女性が謝ってきた。
「お気になさらず」
そう言う由紀はもはや慣れてしまって、もう虚無の域である。それは近藤も同様だったようで、あちらもスンとした顔になっている。
「二人は高校生?」
「はい、そうです」
「いいわね、一番楽しい時かも」
それは由紀たちに言っているようで、自分に言っているようでもある。この女性は今、楽しくはないのだろうか? それにしては、外側の薄黒いのを別にすれば、だいたい幸せそうな色合いなのだけれど。それにしても、キラキラは中心になるほど明るくて眩い。
――大人は複雑だなぁ。
由紀がそんな風に考えていると、
「ああ、いたいた」
そんな声が響いたかと思えば、背の高い男性がこちらに手を振りながら近づいてきた。
「お仕事の電話は終わった?」
女性も手を振りながら声をかけるので、どうやら女性の連れのようだ。その瞬間、中心からのキラキラが目映さを増す。
「あ、そっか」
そんな二人を見ていた由紀はようやくそのことを思い出して、思わず声が漏れる。キラキラの色は、単なる幸せの印ではない。
――キラキラはキミか。
色が複雑なのも道理で、彼女の色は「二人分」なのだ。
「私はもう出るんで、ココどうぞ」
由紀は男性のそう声をかけると、お湯から足を上げてタオルで拭い、靴と靴下を手に持って移動する。
「だな、行くか」
近藤も未練なく足湯から上がる。いくら足湯で温めとはいえ、やはり長湯したい気候ではない。裸足で歩ける歩道もあるので、靴と靴下はしばらくそこを歩いて足を冷ましてから履けばいいだろう。
「なんだか急かしたみたいね」
「お気になさらず」
すまなそうに言ってくる女性に由紀はそう返してから、ふと気を回して口を開く。
「赤ちゃん、元気に生まれるといいですね」
「……え?」
それを聞いた女性は真顔で驚いていたが、由紀は気にせずさっさと立ち去った。
「あの人、妊婦なのか?」
しばらくして女性たちが見えなくなってから、近藤が聞いてくる。
「そ~だね~」
「なんでわかった?」
頷くとさらに聞いてくるのに、由紀はなんと言うべきかと一瞬迷うが。
「勘」
由紀はあながち間違いではない答えを告げるけれど、続けて近藤が言った言葉には思わず固まる。
「ってかさ、あの二人が不倫旅行中だったらどうすんだよ? その情報マズくねぇか?」
その想定は全くしていなかった由紀である。というか、近藤の方こそドラマの見過ぎではないだろうか? いや、あの色合いはそういう雰囲気ではなかった、たぶん。
「……赤ちゃんを元気に産む分には、良くない?」
由紀の足掻きに、近藤は「知らねぇよ」と返す。まあ、近藤に不倫の人の気持ちがわかるはずもないだろう。もうこの件は忘れて、不倫旅行ではないことを祈るしかないと思う由紀である。
一方、近藤に不倫旅行疑惑を持たれてしまった二人はというと。
「子ども……いるのか?」
「ごめん」
「なんで謝るんだ?」
「だって前に、子どもが嫌いだって言ってたじゃない」
「は? いつ?」
「実家で、お兄さんの子どもが鬱陶しいって」
「あ~! あれは兄貴の所の悪ガキに正月早々に泥団子まみれにされて、風邪ひいたのをこじらせて肺炎起こしたっていう、あのガキ共絶対に許さんっていう話!」
「……そうだったっけ?」
「それとこれとは話が別! 自分の子どもなら、一緒に兄貴に泥団子ぶつけに行ってやるって!」
「なにそれ、もう」
どうやらすれ違いでの誤解があったようで、由紀のおかげで本音を話せたらしく、いい感じに話が落ち着いてイチャイチャし始めた。周囲の足湯客は先程までの気まずい雰囲気にげんなりしていたが、それとはまた違った意味で「もういいから早く出てどこかに行けよ」と思っていたのまでは、由紀や近藤にはわからないことであった。
――なるほど、だからこの人の隣だけ空いていたのか。
誰しも快適気分に水を差されたくはないだろう。近藤も気になるらしく、横目でチラチラ見ている。けれどある意味この人のおかげで場所が空くのを待たずにいれたわけで、他人のことなど気にしない人ならば単なるラッキーだろう。
――どうしたんだろうね?
ほんのちょっと気になった由紀は、眼鏡をずらして隣の女性を見てみた。すると全体的に黄色い中にピンク色が混じっていた。さらに中心部からキラキラがじわっと広がっているかと思いきや、外から薄黒いのが内側をちょっとだけ浸食している。
なんとも複雑な色模様に由紀が微かに首を捻っていると、あちらもようやくじっと見られていることに気付いたらしく、顔を上げてこちらに向いた。
「あ、どうも」
あまりにガン見していた由紀は、多少バツが悪くてとりあえずペコリと頭を下げる。
「……どうも」
すると女性の方もペコリとして、由紀とその隣の近藤を見た。
「ふふ、デート中?」
「「違います」」
しかし由紀たちを見てお約束のように聞かれたのに、思わず答える声が揃う。
「あら、違ったの? ならごめんなさいね」
この即答に照れや恥じらいではないと感じたのだろう、女性が謝ってきた。
「お気になさらず」
そう言う由紀はもはや慣れてしまって、もう虚無の域である。それは近藤も同様だったようで、あちらもスンとした顔になっている。
「二人は高校生?」
「はい、そうです」
「いいわね、一番楽しい時かも」
それは由紀たちに言っているようで、自分に言っているようでもある。この女性は今、楽しくはないのだろうか? それにしては、外側の薄黒いのを別にすれば、だいたい幸せそうな色合いなのだけれど。それにしても、キラキラは中心になるほど明るくて眩い。
――大人は複雑だなぁ。
由紀がそんな風に考えていると、
「ああ、いたいた」
そんな声が響いたかと思えば、背の高い男性がこちらに手を振りながら近づいてきた。
「お仕事の電話は終わった?」
女性も手を振りながら声をかけるので、どうやら女性の連れのようだ。その瞬間、中心からのキラキラが目映さを増す。
「あ、そっか」
そんな二人を見ていた由紀はようやくそのことを思い出して、思わず声が漏れる。キラキラの色は、単なる幸せの印ではない。
――キラキラはキミか。
色が複雑なのも道理で、彼女の色は「二人分」なのだ。
「私はもう出るんで、ココどうぞ」
由紀は男性のそう声をかけると、お湯から足を上げてタオルで拭い、靴と靴下を手に持って移動する。
「だな、行くか」
近藤も未練なく足湯から上がる。いくら足湯で温めとはいえ、やはり長湯したい気候ではない。裸足で歩ける歩道もあるので、靴と靴下はしばらくそこを歩いて足を冷ましてから履けばいいだろう。
「なんだか急かしたみたいね」
「お気になさらず」
すまなそうに言ってくる女性に由紀はそう返してから、ふと気を回して口を開く。
「赤ちゃん、元気に生まれるといいですね」
「……え?」
それを聞いた女性は真顔で驚いていたが、由紀は気にせずさっさと立ち去った。
「あの人、妊婦なのか?」
しばらくして女性たちが見えなくなってから、近藤が聞いてくる。
「そ~だね~」
「なんでわかった?」
頷くとさらに聞いてくるのに、由紀はなんと言うべきかと一瞬迷うが。
「勘」
由紀はあながち間違いではない答えを告げるけれど、続けて近藤が言った言葉には思わず固まる。
「ってかさ、あの二人が不倫旅行中だったらどうすんだよ? その情報マズくねぇか?」
その想定は全くしていなかった由紀である。というか、近藤の方こそドラマの見過ぎではないだろうか? いや、あの色合いはそういう雰囲気ではなかった、たぶん。
「……赤ちゃんを元気に産む分には、良くない?」
由紀の足掻きに、近藤は「知らねぇよ」と返す。まあ、近藤に不倫の人の気持ちがわかるはずもないだろう。もうこの件は忘れて、不倫旅行ではないことを祈るしかないと思う由紀である。
一方、近藤に不倫旅行疑惑を持たれてしまった二人はというと。
「子ども……いるのか?」
「ごめん」
「なんで謝るんだ?」
「だって前に、子どもが嫌いだって言ってたじゃない」
「は? いつ?」
「実家で、お兄さんの子どもが鬱陶しいって」
「あ~! あれは兄貴の所の悪ガキに正月早々に泥団子まみれにされて、風邪ひいたのをこじらせて肺炎起こしたっていう、あのガキ共絶対に許さんっていう話!」
「……そうだったっけ?」
「それとこれとは話が別! 自分の子どもなら、一緒に兄貴に泥団子ぶつけに行ってやるって!」
「なにそれ、もう」
どうやらすれ違いでの誤解があったようで、由紀のおかげで本音を話せたらしく、いい感じに話が落ち着いてイチャイチャし始めた。周囲の足湯客は先程までの気まずい雰囲気にげんなりしていたが、それとはまた違った意味で「もういいから早く出てどこかに行けよ」と思っていたのまでは、由紀や近藤にはわからないことであった。
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