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第二部 魔獣襲来イベント

Episode18.下っ端から精進いたします

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 帝都、銀白翼シルバー・ウィング騎士団本部。
 城を思わせる荘厳な建物には、騎士や要人達が頻繁に出入りしている。
 理由は頻繁に町に降りてくるようになった魔獣のせいだ。
 おかげで、暇な部署として知られていた騎士団の事務部も大忙し。一か月前に優秀な女性事務員が体調不良を理由に辞めてしまったせいもあって、一人当たりの業務量が激増したという。

「はい、みんな注目―」
「シェルアリノ卿?」
「シェルアリノ卿だわ。こんな偏屈な部署になぜ……」

 事務部の人数は二十数名。
 男性と女性の数は半々。
 ざっと見たところ二十代が多そうで、上は五十代、下はロサミリスと同じ歳くらいの少女もいる。

 シェルアリノ騎士公爵家の意向で、騎士団はもっぱら実力主義の体裁をとっている。
学のある者なら貴族庶民を問わない。
また、基本的に身分を明かすかどうかは個人に委ねられているので、誰が貴族で誰が庶民かは分からないはずだけれど。

(有名な上流貴族や爵位持ちならば明かさなくても分かるわよ)

 少なくとも半分は貴族だ。
 夜会などで一度は顔を見たことがある。
 なかでも、一番注意が必要なのが若干一名──

(エルダ・オーダイン様。オーダイン男爵家の娘ね。年齢は二十三歳、事務部のなかでは若年層のはずなのに爵位持ちってことを公言していて、部署の覇権を握ってるとか……)

 オルフェンと一緒に入室してきたロサミリスを、真っ先に睨みつけてきた女性。
 年齢のわりに背が低く、顔が童顔のため十代といわれても違和感がない。
 淡い桃色ピーチブロンドの髪は長く、髪型は男性受けしそうな可愛らしいお団子型。
 今日は夜会ですかと聞きたくなるほど化粧は派手目で、質素な給仕服やズボンが多い面子の中で唯一ドレスを着ている。
『彼女は自分の事を事務部の華だと思ってる。実際に実力はあるし仕事も早いんだけれど、部下の使い方が少々乱雑なんだ。ロサミリス嬢は僕が推薦したとある貴族の女の子って設定って事にしてあるから、たぶん手は出してこないと思うけど……何かあったら僕に言ってね?』

 そうオルフェンには言われたけれど、入って早々目をつけられた気がしないでもない。
 ロサミリスは、ラティアーノ伯爵家の娘だと公言したほうが抑制力になるのでは、と進言したのだけれど、オルフェンに止められた。

 どうにも、エルダは自分より身分が上の者には大人しくなるが、相手がロサミリスのような十も年の離れた少女だと逆効果らしい。エルダの父親が騎士団上層部と仲が良いらしく、刺激し過ぎると面倒な事になりそうなのだ。

(自分からやりますって言ったからには後には引かないし引けないけれど、もう少し環境の良い職場はなかったのかしら……っ!?)
 
 これでも一番マシな部類だというのだから、社交界と似た雰囲気を感じて戦慄を覚える。
 まぁ、なんとかやっていくしかない。
 期間は一か月。
 その間に、町におりてくる魔獣の情報を片っ端から調べまくって、婚約者ジークに振りかかる魔獣襲来イベントを回避しなければ。
 じゃないと、この職場に来るために兄サヌーンと繰り広げた説得劇が水の泡になってしまう。

(お兄様を説得するのに丸一日かかったのよ! これくらい、切り抜けてみせるわ!)

「──というわけで、今日からリサがこの事務部の仲間になります。みんな仲良くしてあげてね」

 じゃないと僕、何するか分からないよ?
 目線で圧を込めたオルフェンに、事務職員達は顔を強張らせた。
 騎士団を根本から支える騎士公爵家に真っ向から逆らおうとする人間はここにはいないだろう。
 残念ながら考え事をしていたロサミリスは、オルフェンが発した威圧に気付かなかったけれど。

「みなさん、どうぞよろしくお願い致します。リサ・アースヴァインです」

 予め用意していた偽名を使い、ロサミリスは華麗なお辞儀をしてみせた。



 ◇



 セロースという女性がロサミリスの上司。
 職場ではロサミリスは「一か月のお試し試用期間。仕事ぶりがよければ雇用を継続するらしい新米少女」という体になっている。ロサミリスとしては情報を集めてさっさと辞める算段なのだが、勤めるからには本気で仕事と向き合うつもりだ。

「今までは、私が一番年下だったんです。仲良くしましょうね、リサさん」
「はい。若輩者ですが、よろしくお願いします、セロース様」

 いつもの癖で様付けをすると、セロースの顔がぽっと赤く染まった。
 十五歳くらいだと思われる彼女は、顔にそばかすがあるものの中々に美人だ。身長も高いのでスタイルも良い。照れるとさらに可愛く見えるのだから、金髪美人は得だなと思う。

「リサさんって、本当に良いとこのお嬢様って感じがしますね。言葉の節々に丁寧さを感じるし、お辞儀もとても素敵でした。……でも、ここは職場だから『様』はつけなくていいんですよ? 先輩って呼んでいただけたら……」
「失礼しました。それでは……セロース先輩」
「あぁ、嬉しい。……ついに私にも後輩が出来たのね。嬉しくて涙が出ます」
「え」

 おろおろと目元にハンカチを当てるセロース。
 
(なんだか……とても可愛いらしい先輩だわ)

 正直な感想だ。

「リサさんの机はここで……──」

 その瞬間、セロースの顔が硬直した。
 どうしたのかと思ったら、ロサミリスも納得する。

(さっそく洗礼が来たわね。社交界ならたいてい家名でどうにかなるけど、ここじゃそうもいかないから面倒だわ)

 ロサミリスが使うはずだった机は水でびちょ濡れになっていた。
 大事な白紙や職場規則が書かれていると思われる重要書類も同じありさま。
 
「あらー、誰がやったのかしら。可哀想にリサさん、初日にこんな目に遭うなんて大変ねぇ」
「エルダさん……」

 にやにや笑いながら近づいてきたエルダに、セロースが怯えて肩を震わせる。

「でも、誰がやったかは分からないし、犯人捜しをやってるほどうちの部署は暇ではないの。さっさと片づけて、セロースさんに教えてもらいなさい。あなた達のせいで私の仕事が増えたら、ただじゃおかないわよ」
 セロースが拳を握り締めている。
 
(なるほどね。こうやって新米にエルダっていう存在を見せつけて、自分の配下に置いてるのね)

 確かにこんなことをされたら、普通の新米は震え上がって言う事を聞かざるを得ないだろう。
 
「そうですね、エルダ先輩の言う通りですわね」
「え?」
「すぐに片づけてしまいますわ。ご心配なさらず、エルダ先輩のご迷惑にはならないように、この若輩者のリサ、精進いたしますので」

 いさぎよく机を片付け始めたロサミリスに、エルダが素っ頓狂な声をあげた。
 ただ、それ以上は何か言葉が出てくる訳ではなく「じゃ、じゃあせいぜい励むことね」と自分の持ち場に戻っていった。


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