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第二部 魔獣襲来イベント
Episode20.まだ諦めてないから
しおりを挟む「言ってくれれば直接文句を言ったのに。どうして今まで黙ってたのさ」
「ああいう方は文句を言われると逆上してしまいます。直接的な被害はないですし、放っておけばいいのですわ」
「初日に机を水浸しにされたり、わざと報告書を読まずに放置してたり、仕事が終わってるのに帰らせなかったりしてるのに?」
「御心配には及びません。気にしておりませんので」
騎士団の事務部に入って早五日。
オルフェンの言う通り、確かにエルダという性格に難がある上司もいる。けれど部署長は無口な人だけど優しいし、先輩は教え方も上手だし可愛らしい人だし、魔獣の生態という今まで知りえなかった情報に触れられる。ありがとうと言われると、誰かの役に立つことが実感できて本当に楽しい。
けれども、オルフェンはそうは思わないらしい。
「僕、今から言ってくるよ。ちょっと頭にきた」
今にもエルダに殴りかかりそうな勢いのオルフェンに、ロサミリスは小さく笑った。するとオルフェンが目を真ん丸に見開いてきたので、ロサミリスは静かに頭を下げる。
「これはとんだ失礼を。ジーク様とオルフェン様って本当に仲が良いんだなと思っただけです」
「なに? どういうこと?」
「似たような事を、昨日ジーク様にも言われましたので」
「ジーク君が?」
昨日の早朝、ちょうど出勤前にジークと会った。
なんとロサミリスが出てくるまで門の前で待っていたのだ。なぜ玄関まで来なかったのかと尋ねれば、突然の訪問だと迷惑だからと言われた。どれだけ居たかは分からないけれど、早朝は冷え込んでいたから寒かっただろうに。毛布を持ってこようとしたら「心配ない」と断られた。
──肩が震えていたので説得力は無かったけれども。
話を聞いてみると、エルダに嫌がらせをされたと聞いて飛んで来たという。心配し過ぎと言うか、過保護と言うか。ただジークの予定とロサミリスの予定からすれ違いになる可能性が高かったので、待ってさえいれば必ず会える早朝に出張っていたという。
まるで忠犬みたいだとロサミリスが笑うと、「笑い事じゃない」とジークに怒られた。どうやら彼は嫌がらせをしてきたエルダに相当ご立腹なようで、エルダの父オーダイン男爵に抗議の文を送りつけると言い始めた。
直接被害を受けたわけでもなく、証拠もないのにそんなことをすれば、ロンディニア家の品位が疑われる。そう説得することで何とか抗議文を送りつけるのは思い留まってくれたが、止めてなかったら文を送るどころか、直接殴り込みに行っていたかもしれない。
「あの仏頂面男がそこまでしようとするとはねぇ」
「あら、行くのはおやめになりましたの?」
今にも走り出しそうだったオルフェンがロサミリスの隣に戻ってきて、片目を瞑ってみせる。
「冷静になって考えてみるとエルダ対策のために偽名を使わせたのに、直接文句を言ったら余計に嫌がらせに拍車がかかって最終手段を取らざるを得なくなりそうだなって思ったからね」
「最終手段って……」
「誰が騎士団を牛耳ってるのか、ってこと。……これを言ったら分かるかな?」
「え。まさか打ち首……」
「いつの時代の話それ!? そんな絶対君主みたいなあくどい事僕は好まないからね!? 家の権力を振りかざすのも好きじゃないし!?」
「オルフェン様に逆らったらわたくしもいずれそうなる運命ですのね」
「君ってクールに見えて結構人の心を弄ぶの好きだよねえ!?」
「バレてしまいましたか」
てへっと舌を出してみる。
盛大なツッコミを入れたオルフェンは、次の瞬間、真面目な顔になる。
「ジーク君に魔法武術を教えてもらう約束をしてたよね」
「そうですが、それが何か?」
「そのメンバーに、僕を加えてくれないかな」
「現役騎士のオルフェン様にご教授いただけるなんて大変名誉なことですけれど、ご無理をなさらないでくださいませ。魔獣討伐の最前線、第七師団に抜擢されたんですもの。きっとお忙しいはず。貴重なお暇をわたくしなどに使われるなんてもったいない」
「そんなことない。むしろ、僕が教えたいんだ…………ダメ、かな?」
赤銅色の髪が風で揺れる。
炎のように燃える赤い瞳が、焦がれるかのようにロサミリスをじっと見つめた。
ロサミリスは、それを──
「オルフェン様」
受け止めることはせず、そっと視線を外した。
「お気持ちはありがたく頂戴致します。オルフェン様から教えたいと申し出てくれるなんて、他の令嬢から嫉妬されますわね。知ってますよ、オルフェン様は大変おモテになっている事くらい。何通もの恋文を貰われているのでしょう?」
「…………」
「ではオルフェン様、今日はこれにて。お話が出来てようございました」
俯いているオルフェンに軽い会釈をして、足早に立ち去る。
彼の隣に、あれ以上長くいてはいけない気がした。
(わたくしがしっかりしなくては……)
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