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第二部 魔獣襲来イベント
Episode30.間違ってもこれはデートではありません、ただの領地視察です①
しおりを挟む「まさかあのエルダ嬢に改心を迫っただけじゃなくて、腕を掴んで投げ飛ばすなんて……あっはは。いやーほんと、そういう物怖じしないところ昔と変わらないねぇ君は」
まんべんなく香辛料がかけられた一口大の肉は、食べ歩きできるように串に刺されている。けらけらと笑いながら、肉汁たっぷりの肉を頬張ったオルフェンに、ロサミリスはジト目を返した。
「投げたのではありません。倒したのです。お兄様からみっちり仕込まれた護身術ですわ」
「あれ以来、エルダ嬢も別人になったくらいに真面目に働いているんでしょ?」
「ええ。文句を言いつつも真面目にやってますわ、もうやるしかないっていう状況に追い込みましたし」
男爵令嬢として面目を保つため、エルダは今まで仕事を押し付けてきたセロースと、職場仲間への謝罪した。部署長補佐の任も解かれ、仕事をサボった罰として数か月分の給金返還給金の返還も求められている。
けれど。
これだけで、エルダの心が清らかになったわけではない事くらい、ロサミリスは分かっていた。
なので、真面目に働くように仕向けた。
感じの悪さ、仕事への姿勢を徹底的に叩き直す。
なんてことはない。人には優しく笑顔で指導しましょうという方針のもと、満面の笑みを浮かべて、仕事をしているエルダの隣に立つ。そうすると、エルダは顔をひきつらせながら「ねえ、ずっと隣で見張らなくてもいいんじゃないの」と文句を言うのだけれど、ロサミリスはひたすら笑顔。なにを言われても笑顔。顔面の圧だけをひたすら与え続けると、エルダは「ヒィィイ!」と叫びながら顔面を青くして仕事に取り掛かる。
エルダが職場仲間に「ちょっとあんたこれ手伝って」と言おうものなら、どこからともなくロサミリスの笑顔が現れ「それって本当に必要ですか」と問い続ける。まるでストーカーのようにねっとりしつこく。そうやって付きまとい続けて三日目の夜、ロサミリスはエルダの実家にまで足を運んだ。「いつもエルダ先輩には大変お世話になっております、後輩のロサミリスです」と言ってエルダの父オーダイン男爵に挨拶していた時には、エルダはあんぐりと口を開けて呆然としていた。
『なんですの……この女…………本当に13歳? 20や30、いや40、50とかではなくて?』
『エルダ先輩。わたくし、もっとオーダイン男爵とエルダ先輩についてお話がしとうございますわ。きっと楽しいと思いますの』
『そ、それだけはやめて!! もうお父様から怒られるのはまっぴらごめんだわ。本当に、本当の本当の本当に真面目に働く!! いえ、働かせていただきますっ!!』
『あら、そうなのですね』
『どうしてそんなに寂しそうなの!?!?』
そんなこんなで、エルダは(ロサミリスの笑顔にびくびくしながら)真面目に働くようになった。
(今は頑張り時でしょうね……)
仕事を始めたのは良いものの、彼女はサボっていたせいで仕事の流れや効率的な動きを忘れていた。
なので、セロースがエルダに仕事を教え始めた。
怠け癖が完全に抜けたわけではないので、時折「こんなの私がやることなの?」と文句を言うのだけれど、そこはロサミリスの迫力ある笑顔でどうにかなる。
可愛い人だ。
事務部はお昼休みにもなると「今日はエルダさんがどれだけ涙目で仕事をこなしていたか」、「何回ロサミリスさんに脅されたか」という話題で持ちきりだ。
周りから怖がられ嫌われる女性から、ネタにされまくって面白がられる女性へと変化している。誰もエルダの事を怖がらなくなった。エルダが仕事がうまく出来ず嫌そうな顔をしても、「エルダさんまた言っているよ」と笑いを取れるような職場に変化したのだ。
「僕が君と同じ立場なら、すぐ上に報告して解雇してもらうだろうね。それか心がズタボロになるまで追い詰めて、自分から辞めさせるように仕向ける」
「人は環境で良くも悪くもなりえます。エルダ先輩の場合は、貴族という特権を濫用しやすい雰囲気、周りに監視の目がないことが原因で暴走してしまったのでしょう」
「事務部の雰囲気を変えるために、それであんな提案を?」
「ご尽力いただきまして感謝申し上げますわ」
事務部の貴族出自の職員と平民出自の職員で、深い溝があることに気付いていた。ロサミリスの上司であるセロースは壁を感じさせない柔らかな女性だったが、それ以外の職員はよそよそしい。
しかし、ローズウェイズ部署長が仕事を手伝いたいと申してから、貴族側にも平民への壁を感じていると知った。平民貴族が手を取り合って仲良く、までは望めないとしても、きっかけがあれば職場の雰囲気改善が出来るとふんだのだ。
それが、ロサミリスがセロースの仕事を一緒にやったように二人一組になること。事務部にはとにかく仕事に熱心な人が多いので、一つの目標に向かって互いに切磋琢磨すれば、自然と打ち解けるだろう。もちろん三人一組でも構わない。ようは貴族と平民が一緒に仕事をすればいい。
平民の代表と言えるローズウェイズ部署長がロサミリスを信頼していることもあり、オルフェン越しに話はすんなり進んだ。
「この話にはまだ課題もあると思う。でもエルダ嬢を始め、これをきっかけに事務部が変わったのは事実だ。もしかして、狙ってやった?」
「狙って出来るような賢者ではありませんわ。ただ……死に物狂いなだけです。飢えを凌ぐためにパンを探し回るのと一緒、幸せを手にしたいだけですわ」
オルフェンには前世に何度も悲惨な死に方をしたことは伝えている。その原因が〈呪い〉であることは知らないにしろ、言葉に含む意味に気付いているようだった。
オルフェンの提案で事務部に入ったのだって、自分の幸せのためだ。
「十分に立派だよ」
オルフェンは手に持っていたお肉を数口で食べきった。
雰囲気を変えようとしてくれているのは明白。
次のご飯を求めて目を光らせる彼に、ロサミリスは小さな笑みを返す。
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