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第三部 お腐れ令嬢

Episode58.皇宮書庫室①

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 第四皇女リリアナの話し相手として皇宮に召し上げられて、期限となる一か月の当日。
 皇帝陛下からお褒めの言葉と褒美の品を受け取った直後のタイミングで、ロサミリスは衝撃の事実を知らされた。

 リリアナの専属侍女ベルベリーナが横領の容疑で貴人牢に投獄された、と。
 投獄したのはカルロス皇弟。
 この事実はまだ公になっていないけれど、噂話が好きな侍女の間では話題になっている。

 ロサミリスが気になったのはリリアナのショックを受けてまた塞ぎ込むのではないかと思ったけれど、もう一人の専属侍女イゼッタがケアをしてくれている。夜は泣いていたらしい。でも今は落ち着いているということなので安心した。

(わたくしはやることを為すだけ──)

 ロサミリスは今、豪奢な装丁が施された扉の前に立っていた。
 皇宮書庫室──
 帝国一の蔵書数を誇る書庫室には、歴史、文学、芸術、娯楽、生物史、魔導史、魔導科学史など、ありとあらゆるジャンルの本が集められている。

 褒美の品は何もいらない、代わりに皇宮書庫室に入る許可をくださいと進言したとき、フェルベッド陛下は驚いていた。
 
『いいのかい? 金品でも、領地でも、他にも与えられるものはたくさんある。私も妹もロサミリス嬢に感謝しているんだよ』
『本を読み、内容を写す許可を与えてくだされば、それ以上に望むものはございません。また、わたくしが要求した際は、禁忌棚を閲覧できる権限をお貸しくださいませ。もちろん監視付きで構いません』
『妹はあなたのおかげで、皇族として生きる決心が出来た。特例として、禁忌棚を閲覧する許可も出そう。写本も構わない』

(………それで監視役が、まさかのこの人なのね)

「ふわぁ……」

 ロサミリスの隣で欠伸をかみ殺しているのは、カルロス皇弟である。
 フェルベッド陛下の命を受けて、というより、自ら監視役に名乗り出た人物。ロサミリスが書庫室にいるあいだは、近くで見ているつもりらしい。

(暇なのかしら…………。いや、そんなわけないわよね)

 会うのはこれで二度目だ。

「あの……皇弟殿下……」
「ん?」
「開けてくださらないと……。皇宮書庫室に入る許可はいただきましたが、わたくしでは扉を開けることが出来ません……」
「あ。忘れてたわ。なんで開けないのかなーって思ってたよ」

(相変わらずマイペースすぎる…………)

 カルロス皇弟が鍵穴に鍵を差し込んで回せば、音を立てて解錠。
 扉が一瞬青色に輝いたのは、扉に仕込まれた魔導認証が働いたから。
 許可のある者が扉を開ければ青色に光り、許可なき者ならば赤く光って警報音が鳴る。

 重々しい音を立てて開いてく扉を呆然と眺めていると、カルロス皇弟が一足早く中に入った。

「すごい数の本……」

 入って最初に驚いたのは、見上げるような高さにまで積み上げられた本の数々だ。
 紙とインクの匂いが充満している。

「こっちだよ」

 身長が高いぶん、カルロス皇弟の足が速い。
 置いて行かれないように、軽く小走りする。

「あの、どこへ」
「どこへって言ったって、《黒蝶の姫君》が見たい本は一般棚ここにはない。禁忌棚あっちだよ。邪神ミラに関する本は、たとえ素人が書いた創作物でもあっちでね、ここにはないんだ」
「!」
「そんな警戒しなくても大丈夫さ。あの男みたいな変な理由で、《黒蝶の姫君》に興味があるわけじゃないし? 恋だの愛だのちっとも興味ないから安心していいよ?」

 あの男。
 ロサミリスが思い当たったのは、歪な雰囲気を放っていた銀髪の麗人・ソニバーツ侯爵だ。でもなぜ。あのとき近くにカルロス皇弟はいなかったはずだ。

「殿下。あの、わたくしがソニバーツ侯爵と会っていた時、近くにいらしたのですか?」
「え、なに。会ってたの?」
「はい。昨日、皇宮内で……」
「………………ああ、そういうこと。インテリ眼鏡のストーカーから逃げて皇宮から離れてるときに、あの『気味悪ロン毛男』は皇宮の執務室から私物を取って姿をくらました。そのあと、あの侍女が泣きながら俺に罪の告白をしたっていう流れね。ふぅん」
「インテリ眼鏡? ストーカー? 『気味悪ロン毛男』???」

 早口な独り言に不穏な単語がいくつも散らばっていたような気がしたけれど、その中でもインパクトの大きなものに、思わず反応してしまう。

「ん? ああ、ソニバーツ侯爵のことだよ。銀髪のロン毛で、思考が理解できないから、気味悪ロン毛男」
「インテリ眼鏡はスルーしましたわね殿下」
「会っちゃったもんは仕方ないから説明しておくと、気味悪ロン毛男が専属侍女交代事件と帝都の宗教集会の開催、ベルベリーナを陰から操って皇宮の金を着服していた首謀者。つまり黒幕だね」
「侯爵が……?」

 確かに、ソニバーツ侯爵から歪んだ雰囲気を感じたのは事実だ。
 だからといって、そんな極悪人とまでは想像していなかった。

「……リリアナ様は」
「まだ言ってない。まだ公になってない情報だし、時が来れば俺から伝える」

 ソニバーツ侯爵は、リリアナの唯一の後ろ盾。
 その彼が罪人となってしまえば、リリアナの信用は再び地に落ちるかもしれない。

「ま、ものは言い様だ。最初からソニバーツ侯爵に利用されていた哀れな第四皇女リリアナ。真の友を得て彼の悪事を暴き、本当の姿を取り戻す────俺が喧伝けんでんするからロサミリス嬢は心配しなくてもいい」
「妹思いなのですね」
「チッチッ。勘違いしちゃいけないよ、別に好きじゃないし」
「嫌いでもないということですよね」
「……。勝手にそう思っとけば?」
「そうさせていただきますわ」

 皇宮書庫室の最奥に到着した。
 古い扉の鍵穴に、先ほど使った物とは違う鍵を差し込むカルロス皇弟。
 年季の入った小さな木の扉を押して入る。

 禁忌棚と呼ばれるエリアだ。

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