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第三部 お腐れ令嬢

Episode77.誓いの口づけは甘く優しく

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「セロース先輩!」

 再会したのは一年ぶり。
 手紙のやり取りはしていたけれど、こうやって顔を合わせると、ロサミリスの中で込み上げてくるものがある。

「ロサミリスさん、本当に綺麗……」
「うん。ロサ姉ちゃん、前会った時よりずっと綺麗になってるぞ」
「ありがとう二人とも、うちの自慢のニーナが張り切ってくれたからですわ」

 ふふっと笑うと、セロースがごそごそと何かを取り出した。
 可愛らしい小包みだった。
 
「私からのお祝いの品です」
「まあ。開けてもいいかしら……?」
「どうぞ」

 中には、蝶の装飾が施されたバレッタが入っていた。

「とっても綺麗……」
「良かったじゃん。親友のロサに喜んでもらえて」
「しん、ゆう……?」
「る、ルークス!?」

 セロースが顔を真っ赤にしている。
 ルークは何故怒られたのか分かっていない様子だった。

「え? 手紙のやりとりも何回もして、こうやって結婚式の招待状も貰っている仲なら、もう親友じゃないの?」
「ろ、ロサミリスさんと私は天と地ほどの身分差があって、友人と言ってもらえるだけでおこがましいのに、そんな親友だなんて……!」
「親友と、呼んでくださいますか?」
「ロサミリスさん……?」

 きょとんとするセロースに、ロサミリスは手を伸ばした。

「わたくしでよければ、先輩の親友になってもよろしいですか?」
「い、いいんですか?」
「むしろ願い出たいのはわたくしのほうです。先輩さえよければ」
「はい!」

 セロースと手を握る。
 今世の親友セロースは、手を握っても溶けて死んでしまう事はなかった。

「あれ、そういえばオルフェンの兄ちゃんどこ行った?」

 そういえば、とロサミリスも辺りを見渡す。
 披露宴には出席すると返信があったので、どこかにはいるはずだ。
 オルフェンと会うのは、実は三年ぶりだ。彼は夜会に滅多に出席しなくなり、遠目に様子を見る事すら叶わなかった。

「オルフェンのやつ、向こうにいるぞ」
「え、どこですか?」
「犬を二匹抱えている」
「犬……?」
「いや、犬じゃないな。あれは……」

 赤銅色の髪を揺らしながら、より逞しく成長したオルフェンがやって来る。
 その腕には、もふっとした黒い毛並みが特徴的な二匹の動物を抱えていた。
 狼に似た二匹は瘴気を持たない魔獣で、この子たちのおかげでテオドラの気を引くことに成功したのだ。ロサミリスにとっては、とても大切な二匹である。

「コルとロンじゃない!」
「ルークス、あなた会場に連れて来たの!?」
「だってこいつらもロサの晴れ姿を祝いたいかなって……」
「だからってオルフェン様も巻き込んだらダメでしょ!?」
「まあまあ、セロース嬢もそんなにカリカリしないで。僕は率先してルークス君の手伝いをしたんだから」

 笑うオルフェンは、改めてロサミリスとジークに向き直った。

「結婚おめでとう」
「ありがとうございます、オルフェン様」
「まさかオルフェンから素直に祝福を受けるとは思っていなかったな」
「あのねえジーク君、僕だってもう立派な大人の男だよ? それくらい弁えてるよ」

 オルフェンがまだロサミリスへの恋慕を引きずっていると思っていたジークは、「そうか」とくすりと笑う。オルフェンは、一人の友人として結婚式に参加してくれた。ロサミリスにとっては、こんなに嬉しい事はない。

 和やかに話していると、オルフェンが抱いている二匹の魔獣のうち、ロンだけがじたばたと暴れ始めた。

「うわっ。こらっ、暴れるな!」
「あー。たぶんロサに抱っこしてほしいんじゃない?」
「花嫁衣裳を汚しちゃうから後じゃないとダメだよ」
「すごい暴れてる……」
「よっぽどロサのことが好きなんだな」

 大人たちに囲まれて、ぷぎゅう、と、恨めしそうなロンの鳴き声が響いた。

「ずっと寂しがっていたんだ。ロンもかなり大きくなったよ」
「大きくなったって?」
「サイズを自在に変えられるみたいなんだ」

 どうりで一年前見た時よりも小さくなったと感じたわけだ。
 テオドラにコルとロンを見せた時は、大型犬くらいのサイズになっていたから。

 ということは、今はどれくらいの大きさになっているのだろう。

「熊よりも大きくなってるんですよ」
「おかげで肉を用意するのが大変で大変で……」

(それは凄そう……)

 小さかった時も、それなりに食欲旺盛だった。

「で、ものは相談なんだけど。どう? そろそろロンを引き取ってみる?」

 大きくなってもロンが懐いてくれているのなら、一緒に住むか検討すると、ロサミリスはルークスに話していた。もう三年も前の話だから、ロンがコルやルークスの傍を離れるのを嫌がるかもしれない。
だけれどロンはそういう様子を見せずに、尻尾をぶんぶんと振りながら目をキラキラと輝かせていた。

 正直、ロサミリスは両手を広げて迎えたいのだ。
 あのもふもふを一生さわさわできるチャンスなんて、これから先いつ巡って来るか分からない。
 ゆえにロサミリスは、ジークの顔をじーっと見つめた。

「俺は構わない」
「本当ですか!?」
「珍しいロサのおねだりだからな。新しく屋敷を建てるつもりだから、そこが完成したら俺とロサとロンの二人一匹で暮らせばいいんじゃないか?」

(し、新居でジーク様と………)


 本当にこれからこの人と一緒に暮らせるんだと実感が湧いてきて、頭がぽわわんとしてしまう。

 そのあと、三年前にお世話になった事務部の方々も祝福してくれて、ロサミリスはとても嬉しかった。披露宴会場に遅れてやって来たテオドラは、綺麗に髭も剃って髪も整えている。「ちゃんとした服がなくて」と苦笑いしたテオドラに、ロサミリスも小さく笑った。

「お綺麗ですよ」
「ふふっ。テオドラ先生に言われると照れますわね」
「幸せそうなロサミリス嬢を見ることが出来て、本当に良かったです」
「感謝しておりますわ」

 今のロサミリスの手には、テオドラが施した黒い封印の魔法印は描かれていない。
 少しだけ手に『封印術がここにあった痕』が残ってしまったけれど、ロサミリスは気にしていなかった。だって痕跡コレは、自分の身に呪いが存在していて、一生懸命乗り越えたという証なのだから。
 
 そして結婚披露宴がつづかなく進行し、そのあともう一度お色直しを挟んで、結婚式が始まった。
 牧師のまえで誓約と指輪の交換をして、いよいよベールアップからの誓いの口づけとなったときに。

(あれ…………キスってどうやるんだったかしら)

 口づけを引き金に情事を行ってしまう男女の例があるため、婚前交渉を未然に防ぐ目的で口づけを行わないのが両家の約束事項だった。
 だから、実はこれがファーストキスなのである。

(ど、ど、どうしよう。分からないわ……!)

 視線を左右にさまよわせていると、ジークがベールを上げて、目が合った。

「世界で一番綺麗だ」
「え………」
「大丈夫だ。身を預けてくれ」
「ジークさ………んっ!」

 優しく触れるだけの甘いキスだった。
 ぽーっとした頭のまま、結婚式は終了した。

(ああ…………どうしよう。もう一回してほしいとか言ったら、破廉恥な女だと思われるかしら……)

 母リーシェンの「甘えてきなさい」という言葉が思い起こされる。

(でも、やっぱり……)

 ロサミリスの気丈な理性と、先ほどの柔らかく甘い感覚がせめぎ合っている。
 己の唇に指先を当てると、熱が蘇ってくるようだった。

 半年以上、呪いのせいで触れ合えていなかったせいだろうか。
 今はただ、彼が欲しい。
 
(ジーク様…………)

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