【完結済】冷血公爵様の家で働くことになりまして~婚約破棄された侯爵令嬢ですが公爵様の侍女として働いています。なぜか溺愛され離してくれません~

北城らんまる

文字の大きさ
15 / 20
本編

15 元婚約者の破滅・後

しおりを挟む



「俺にドレスを売れない……? どういうことです?」
「申し上げました通り、ジャークス様にドレスは売れません。話は以上でございます。どうぞ他の商会をあたってくださいませ」

 そう言って立ち去ろうとする初老の商人を、ジャークスは慌てて呼び止めた。
 髪を掻きむしり、オルバートを睨みつける。オルバートは穏やかな笑みをたたえているが、決して話の主導権を渡してはこない。
 
「俺はこれでも、誠意をもってあなたに接しているつもりです。不当に安く売れと言っているわけでもない。なのになぜ──」
「まず、私どもの心情といたしましては、いいものは出来る限り長く使っていただきたいという思いがございましてね。失礼ながら、お二人が普段どのような生活を送られているのか確認させていただきました」
「俺もか!?」
「ええもちろん。そして残念ながら、お二人は私どもが最高の品を売るに値する方々ではなかった。申し訳ございませんが、どうぞお二人は肩を落とさず。ただの価値観の相違なのですから」
「価値観の相違だと? ふざけるな! 俺は金を出しておまえたちの品を買ってやるって言ってんだぞ!! なのになぜ俺が断られる!?」
「──さきほどは申し上げませんでしたが」

 オルバートの雰囲気が、鋭いものにかわった。ジャークスは喉の渇きを潤そうと、生唾を飲み込んむ。

「私どもは商人です、例えどのような相手でもお客様はお客様ですし、商品を売った方が商会のためにもなりましょう。儲けを不意にすることになりますから。けれど、私は元会長として今後ロー商会のためにならない人とは取引しないと決めているのです」
「ためにならないだと……!?」
「人を大切に扱うことが出来なければ、物も大事に扱えない。逆も然りです」
「その言い草、不敬に値するぞ! 俺はハルクフルグ公爵が長子、ジャークス・ハルクフルグである!」
「私は商人です。何代も前のロー商会の人間なら通用したでしょうが、そのような脅し文句、今の私には通用致しません」
「なっ……」

 オルバートは遠回しに、ジャークスの主張は時代錯誤であると指摘している。我が国は、特権階級よりも法を重視する傾向にある。ちょっとやそっとの失礼な言葉は、本人の機嫌は損ねるだろうが、不敬罪で捕縛するようなことはない。
 王族への不敬罪でないのなら、なおのこと。

 しかしただの商人なら、ハルクフルグ次期公爵を怒らせたとなれば、インパクトも大きいだろう。震え上がって謝罪をしてしまうに違いない。
 
(まさかこの男、最初からこの俺を牽制するつもりで俺との商談に臨んだのか……!!)

 ロー商会の背後にはルヴォンヒルテ公爵家がいる。
 ジャークスがオルバートに強く言えない理由が、まさにそれ。特にロー商会の元会長であるオルバートは当代公爵とも、その息子とも強い信頼関係にある。

 商談を持ちかけたのはジャークスだが、それに深い意味はない。ただ愛するイースチナへ美しいドレスを買ってあげたい、そんな感じだ。
 ロー商会は、最初から取引に応じるつもりなんてなかった。あえて商談の場に出てきて、向こうから取引を断る。ジャークスが強く言えないことを見越しているのだ。

 それは牽制以外のなにものでもない。

(でも、なぜだ? 俺も父上も、ルヴォンヒルテ公爵家に何かを言ったつもりはないぞ……)

 ルヴォンヒルテは格上の政争相手。まだ力を蓄えている段階で攻撃を仕掛けるほど、ハルクフルグ公爵家は愚かではない。
 牽制されるような謂れは……。

(レティシアか……!?)

 最近ジャークスが行った派手な振る舞いといえば、レティシアへの断罪以外ない。しかし、レティシアを断罪してなぜルヴォンヒルテ家がでしゃばってくるのかが理解できなかった。

「それでは、この辺りで失礼いたします」

 去っていくオルバートの背中を、ジャークスはただ見つめることしか出来なかった。


 ◇

 
 ドレスのことは諦め、別の商会に作ってもらうことにした。
 ただどこの商会も、ジャークスの名前を聞くと渋った顔をする。どういうわけだか、奇妙な噂が流れているのだ。

『魔女として断罪されたレティシア・ランドハルスは実は無実で、イースチナ・レイツェットこそが魔女である。実は蜂蜜色の髪の下に白髪を隠している』

 最初は商人の間だけだったこの噂も、社交界にまで流れ始めている。ただの噂だとジャークスとイースチナが否定しても、野次馬たちが次から次へと質問してきてキリがない。

 対応に疲れたイースチナが、ついに癇癪を起こした。怒鳴り散らすのは当たり前、ちょっと嫌なことがあればすぐに皿を割ってしまう。いくら愛する婚約者だからと言っても、限度というものがある。ジャークスがイースチナを叱ると、イースチナはヒステリックな声をあげて泣き始めた。

(レティシアなら、こんなことで泣きわめいたりしないぞ……)

 薄れつつある恋心を隠しつつも、今さらレティシアとよりを戻すことはできない。仕方ないのでイースチナの機嫌を取るために旅行に出掛けた。

 その最中、ジャークスとイースチナは魔物に襲われ、翌日の新聞の表紙を飾ったのだった。


しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完】嫁き遅れの伯爵令嬢は逃げられ公爵に熱愛される

えとう蜜夏
恋愛
 リリエラは母を亡くし弟の養育や領地の執務の手伝いをしていて貴族令嬢としての適齢期をやや逃してしまっていた。ところが弟の成人と婚約を機に家を追い出されることになり、住み込みの働き口を探していたところ教会のシスターから公爵との契約婚を勧められた。  お相手は公爵家当主となったばかりで、さらに彼は婚約者に立て続けに逃げられるといういわくつきの物件だったのだ。  少し辛辣なところがあるもののお人好しでお節介なリリエラに公爵も心惹かれていて……。  22.4.7女性向けホットランキングに入っておりました。ありがとうございます 22.4.9.9位,4.10.5位,4.11.3位,4.12.2位  Unauthorized duplication is a violation of applicable laws.  ⓒえとう蜜夏(無断転載等はご遠慮ください)

【完結】呪いのせいで無言になったら、冷たかった婚約者が溺愛モードになりました。

里海慧
恋愛
わたくしが愛してやまない婚約者ライオネル様は、どうやらわたくしを嫌っているようだ。 でもそんなクールなライオネル様も素敵ですわ——!! 超前向きすぎる伯爵令嬢ハーミリアには、ハイスペイケメンの婚約者ライオネルがいる。 しかしライオネルはいつもハーミリアにはそっけなく冷たい態度だった。 ところがある日、突然ハーミリアの歯が強烈に痛み口も聞けなくなってしまった。 いつもなら一方的に話しかけるのに、無言のまま過ごしていると婚約者の様子がおかしくなり——? 明るく楽しいラブコメ風です! 頭を空っぽにして、ゆるい感じで読んでいただけると嬉しいです★ ※激甘注意 お砂糖吐きたい人だけ呼んでください。 ※2022.12.13 女性向けHOTランキング1位になりました!! みなさまの応援のおかげです。本当にありがとうございます(*´꒳`*) ※タイトル変更しました。 旧タイトル『歯が痛すぎて無言になったら、冷たかった婚約者が溺愛モードになった件』

嫌われ黒領主の旦那様~侯爵家の三男に一途に愛されていました~

めもぐあい
恋愛
 イスティリア王国では忌み嫌われる黒髪黒目を持ったクローディアは、ハイド伯爵領の領主だった父が亡くなってから叔父一家に虐げられ生きてきた。  成人間近のある日、突然叔父夫妻が逮捕されたことで、なんとかハイド伯爵となったクローディア。  だが、今度は家令が横領していたことを知る。証拠を押さえ追及すると、逆上した家令はクローディアに襲いかかった。  そこに、天使の様な美しい男が現れ、クローディアは助けられる。   ユージーンと名乗った男は、そのまま伯爵家で雇ってほしいと願い出るが――

婚約破棄された令嬢は“図書館勤務”を満喫中

かしおり
恋愛
「君は退屈だ」と婚約を破棄された令嬢クラリス。社交界にも、実家にも居場所を失った彼女がたどり着いたのは、静かな田舎町アシュベリーの図書館でした。 本の声が聞こえるような不思議な感覚と、真面目で控えめな彼女の魅力は、少しずつ周囲の人々の心を癒していきます。 そんな中、図書館に通う謎めいた青年・リュカとの出会いが、クラリスの世界を大きく変えていく―― 身分も立場も異なるふたりの静かで知的な恋は、やがて王都をも巻き込む運命へ。 癒しと知性が紡ぐ、身分差ロマンス。図書館の窓辺から始まる、幸せな未来の物語。

ワザとダサくしてたら婚約破棄されたので隣国に行きます!

satomi
恋愛
ワザと瓶底メガネで三つ編みで、生活をしていたら、「自分の隣に相応しくない」という理由でこのフッラクション王国の王太子であられます、ダミアン殿下であらせられます、ダミアン殿下に婚約破棄をされました。  私はホウショウ公爵家の次女でコリーナと申します。  私の容姿で婚約破棄をされたことに対して私付きの侍女のルナは大激怒。  お父様は「結婚前に王太子が人を見てくれだけで判断していることが分かって良かった」と。  眼鏡をやめただけで、学園内での手の平返しが酷かったので、私は父の妹、叔母様を頼りに隣国のリーク帝国に留学することとしました!

ある日突然、醜いと有名な次期公爵様と結婚させられることになりました

八代奏多
恋愛
 クライシス伯爵令嬢のアレシアはアルバラン公爵令息のクラウスに嫁ぐことが決まった。  両家の友好のための婚姻と言えば聞こえはいいが、実際は義母や義妹そして実の父から追い出されただけだった。  おまけに、クラウスは性格までもが醜いと噂されている。  でもいいんです。義母や義妹たちからいじめられる地獄のような日々から解放されるのだから!  そう思っていたけれど、噂は事実ではなくて……

公爵家の赤髪の美姫は隣国王子に溺愛される

佐倉ミズキ
恋愛
レスカルト公爵家の愛人だった母が亡くなり、ミアは二年前にこの家に引き取られて令嬢として過ごすことに。 異母姉、サラサには毎日のように嫌味を言われ、義母には存在などしないかのように無視され過ごしていた。 誰にも愛されず、独りぼっちだったミアは学校の敷地にある湖で過ごすことが唯一の癒しだった。 ある日、その湖に一人の男性クラウが現れる。 隣にある男子学校から生垣を抜けてきたというクラウは隣国からの留学生だった。 初めは警戒していたミアだが、いつしかクラウと意気投合する。クラウはミアの事情を知っても優しかった。ミアもそんなクラウにほのかに思いを寄せる。 しかし、クラウは国へ帰る事となり…。 「学校を卒業したら、隣国の俺を頼ってきてほしい」 「わかりました」 けれど卒業後、ミアが向かったのは……。 ※ベリーズカフェにも掲載中(こちらの加筆修正版)

宮廷外交官の天才令嬢、王子に愛想をつかれて婚約破棄されたあげく、実家まで追放されてケダモノ男爵に読み書きを教えることになりました

悠木真帆
恋愛
子爵令嬢のシャルティナ・ルーリックは宮廷外交官として日々忙しくはたらく毎日。 クールな見た目と頭の回転の速さからついたあだ名は氷の令嬢。 婚約者である王子カイル・ドルトラードを長らくほったらかしてしまうほど仕事に没頭していた。 そんなある日の夜会でシャルティナは王子から婚約破棄を宣言されてしまう。 そしてそのとなりには見知らぬ令嬢が⋯⋯ 王子の婚約者ではなくなった途端、シャルティナは宮廷外交官の立場まで失い、見かねた父の強引な勧めで冒険者あがりの男爵のところへ行くことになる。 シャルティナは宮廷外交官の実績を活かして辣腕を振るおうと張り切るが、男爵から命じられた任務は男爵に文字の読み書きを教えることだった⋯⋯

処理中です...